登山界のレジェンド、山野井泰史さんを主人公にした、ノンフィクション漫画が登場。じつは『ゴルゴ13』がきっかけとか!? その真実に迫ります!
ピオレドール賞受賞クライマー・山野井泰史さんの壮絶な半生を漫画化
長年にわたって登山界をリードし、次世代のクライマーたちに大きな影響を与えた人に贈られる「ピオレドール」賞生涯功労賞。クライミング界のアカデミー賞とも称される権威ある賞を、日本人ではじめてアルパインクライマー・山野井泰史さんが受賞した。そんな世界屈指の登山家である山野井さんの壮絶な半生を描いた『THE ALPINE CLIMBER 単独登攀者・山野井泰史の軌跡』の連載が漫画誌『ビッグコミック』で連載中。その単行本の発売を記念して、原作のよこみぞ邦彦さんと、作画の山地たくろうさんにお話を伺った。
──山野井さんを主人公にした連載をはじめたきっかけは?
よこみぞさん(以下よ):じつは、『ゴルゴ13』からスタートしているんですよ。’95年に同作で登山ものを書きたかった。8000m級の山という、極限のなかでのサバイバルを。いろんな資料を読み漁りましたが、なかなかそんな経験を積んでいる人はいない。諦めかけていたときに、新聞で山野井さんの名前を知りました。8000mを酸素ボンベも持たず、しかもフリークライミングで登っている。そんな登山をする人間が日本にいるのか、と思いました。
──ヒマラヤの高峰チョ・オユー(8188m)南西壁で、登頂に成功されていたころですね。
よ:はい。そのリアルなサバイバルの方法を知りたかった。新聞社から山野井さんが行く登山店を教えてもらい、そこから連絡をとることができました。
よ:8000mでビバークするにはどうするのか、雪崩を回避するにはどうするのか、僕の質問に、山野井さんは全部答えてくれました。“8000mで氷壁を登るときは、氷がすごく締まっているから、アイスアックスが跳ね返されてほとんど入らない。だけど、5㎜掛かればそこに命をかける”。信じられない話の連続に、圧倒されました。当初は、ゴルゴが極限のなかでサバイバルしながら敵と戦う、という構想でしたが、山野井さんの実体験のすごさに、それを全部入れ込んだ作品に変更(『ゴルゴ13』の「白龍昇り立つ」に掲載)。僕が会ったなかで、これほどインパクトのある人はいなかった。いつかこの人の話を描きたい、と心に決めました。
その後も一緒に釣りに行ったりと交流を深めていったよこみぞさん。いつか書く、という思いが27年かかって実現した。
物語は山野井さんの中学生時代からはじまる。あまりに独特で強烈、それでいて愛らしい山野井少年の話にどんどん引き込まれていく。それはひとえに、ウソを感じさせない、リアルな自然描写によるものも大きい。
──作画として抜擢されたときの感想は?
山地さん(以下 山):以前、マタギをテーマにした漫画を描き、自然を描くことに楽しさを感じていたので、うれしいお話でした。ボルダリングを少しかじったことはあったのですが、動きを思い出すために、新宿のボルダリングジムに通いましたよ。
よ:編集者を交え、3人で日和田山の男岩にも登りに行ったよね。そのあと、山野井さんと一緒に城ヶ崎海岸の岩場も登りました。
山:自然のなかでのクライミングはすごく面白かった。見ているのと自分の力で登るのはスケールが違いすぎて。途中で頭がパニックになるんです。
よ:そうすると、山野井さんに下から“いける、いける”ってはっぱをかけられるワケ(笑)。
山:体が硬いからいけないんですよ。でも、本能でなんとか登りきったときの達成感たるや。これは夢中になるなって思ったんですが、もう、手がプルプル。
よ:あの日の山野井さんは情け容赦なかったよね。〝体力と気力の限りを尽くして、それでもダメですってところまでやってください”。凄いでしょ。
──かなり厳しい人ですね
山:僕も厳しいイメージがあったんですが、すごく柔和で優しく、強い人。気遣いの人でもあるので、いい意味、緊張しない。
よ:僕が、’95年にはじめて会ったときは男前でびっくりした。もっとゴツい男だと思ってたから。すごいことやってるのに、全然自慢しない。わりとフランクだけど、自分の世界は決して譲ることはないだろうな、っていう雰囲気が滲み出ていましたね。
──今までのなかで、いちばん苦労したシーンは?
山:谷川岳のシーンは何度か描きましたが、写真を見て想像して描くのと(1度目)、実際に行ってみて描くのでは、説得力が違いました。山野井さんに“谷川のゾッとする感じが汲み取れた”といわれたときは、心のなかでガッツポーズをとってましたよ。ただ、滝のような雨のなかを登る、という表現ははじめてで、どう描こうか迷いました。
よ:ノンフィクションの漫画は、そのまま書いても面白くない。見せ方の工夫が必要なんですよ。読者に、事実だけど面白く読んでほしい。この世界に引き込まれてほしい。インタビューやTVにない、山野井像を見せつつ、彼の偉大な軌跡を届けられたらと思います。
“読んでいたらその当時のことを思い出したよ”そんな山野井さんの言葉が、この漫画の仕上がりを物語っている。
数々の前人未踏のルートを切り拓き、その名を世界の山岳史に刻む山野井泰史さん。小学生にして山に魅せられた山野井さんの、類い稀なるクライミング人生を描いた、真実の物語。
原作・よこみぞ邦彦さん
さいとう・プロダクションのスタッフを経て独立。『ゴルゴ13』の脚本では最多数を誇る。山好きで写真は20代で中腹まで登ったマッターホルン。無類の釣り好き。
高校生になり、初の本格的なロッククライミングに臨むシーン。お古のヘルメットにジャージ姿が印象的。
作画・山地たくろうさん
石塚真一氏に師事。小学館新人コミック大賞で『いつか見た青い空』が佳作に。『マタギ〜ある狩人の見た戦場〜』でデビュー。ジョギングと史跡巡りが趣味。
滝のような豪雨が降り注ぐなか、谷川岳・烏帽子岩奥壁にひとり挑む山野井少年。迫力満点のシーンだ。
現在山野井さんが暮らす、静岡県伊東市の城ヶ崎海岸で、よこみぞさんとともにクライミングした際の写真。
物語序盤、中学生の息子を想う母親の台詞にシビれる。
両親に背中を押され、高校卒業後、単身渡米。クライマーの聖地ヨセミテで山野井青年を待つものは……。
山野井泰史さんプロフィール
1965年東京都生まれ。小学生から登山をはじめ、10代のころから頭角を現わす。酸素ボンベを持たず、単独または少人数で、大岩壁やヒマラヤの高峰など数々の難ルートに挑み続けてきた世界的アルパインクライマー。著書に『垂直の記憶』(山と溪谷社刊)などがある。
※構成/大石裕美 撮影/横田紋子
(BE-PAL 2022年8月号より)