「リベルランド」って?
世界で一番新しい国家が、クロアチアとセルビアの間にあって、その名も「Liberland(リベルランド)」という。自由を意味するLiberty(リバティー)から命名されているので、「自由の国」ということになる。
それはクロアチアとセルビアを隔てる国境となっているドナウ川沿いにありながら、「とある事情」から両国とも現在正式に領土として主張していない土地。地球上にそういう、誰のものでもない空白地帯が未だ残されているということも驚きだが、さらにそこに新国家リベルランドを実現しようと建国活動を行なっている人たちがいる。彼らが目指すのは、経済的自由と思想的自由が保障された自給自足型の国家だ。
リベルランドを作ろうとしている人たちは一体何者なのか。リベルランドには、今、何があるのか。そして、誰も領土として主張しない空白地帯が生まれた「とある事情」とは。
謎だらけのリベルランドを紐解くべく、今回、実際にリベルランドに行ってみた。日本人初、カヤックによるリベルランド潜入調査である。
リベルランドってどこ?
クロアチアとセルビアを隔てている、自然が生み出した国境、ドナウ川。リベルランドが位置しているのは、ドナウ川の西側、つまりクロアチア側だが、後述する「とある事情」からクロアチア側は現在正式にはリベルランドを領土として主張していない。私がこのヘンテコな土地の存在を知ったのは、ドナウ川を源流地域ドイツからトルコを目指してカヤックで旅をしている途中だった。
この旅で私は、ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリーとドナウ川を下ってきて、次にクロアチア、セルビアの国境にあたる区間を漕ぐことになった。実はハンガリーまではすべてシュンゲン協定加盟国で、国境を越えるのにパスポートチェックが不要だったのだが、クロアチア、セルビアに入って以降シュンゲン協定外になった。そうなると、カヤックとはいえ船で国境を跨ぐときは、原則としてそれぞれの国で入管に寄って出入国のスタンプをもらわないといけない。川沿いすべての町に入管があるわけではないから、さて、どういう経路でチェックイン、チェックアウトをしようか…。と調べているうちに偶然、リベルランドが目に留まった。
リベルランドは、ドナウ川の西側、つまり国際的な認識では紛れもなくクロアチア側に位置している。しかし、Googleマップでは、上記地図の赤線がセルビアとクロアチアの国境として表示されていて、リベルランドはセルビア領土を示す線の内側に入っている。
果たして、リベルランドはクロアチアなのか、セルビアなのか、それとも本当に独立国家=リベルランドなのか。この謎は、行ってみないことには解決しない。
リベルランドでキャンプはできるのか?
リベルランドは、国際連合などから正式に国家として認められてはいないものの、そこに新国家を建国しようという、いわばリベルランド政府なる団体がある。メールで問い合わせたところ、リベルランドでキャンプをするのは自由で、実際にキャンプをした人もいるのだが、実質的にはクロアチアの管理下にあるため、国境警察に追い払われてしまうことがあるらしい。
セルビア人、およびリベルランド建国の関係者はもちろん、クロアチア領土ではないのでクロアチア人も、リベルランドに上陸すると追い払われるらしい。ただし、まったく関係がない外国籍の観光客に対しては事情だけ聞いて立退までは要求しないケースも過去にはあったという。
悪いことをしているわけではないけれど、国境警察にあれこれ聞かれるのも面倒くさい。そう思った私が選んだキャンプ地は、ここ。
対岸に見えるのは、リベルランド沖に浮かぶ大きな中洲。この立地が、大正解だった。夕方近く、勤務を終えて最寄りの町へ引き返すべく猛スピードで走っていた国境警察の船が、私のテントを見つけたのか、Uターンして向かってきた。中洲の近くは大抵浅いので、かなり大回りにUターンしたものの、それでもやっぱり浅かったらしく、座礁した。カヤックでは通れるけれど、モーターボートでは通れない程度に浅かったのだ。しばらくの間ブウォン、ブウォンと大きな音を立てて泥水を撒き散らし、後退、再びUターンして退散していった。
リベルランドで猛獣と遭遇
リベルランドで、クマを見た、かもしれない。それは、リベルランドに何があるのか探検しようと、草をかき分けて進み、やっと林道を見つけた帰りのこと。
「なーんだ、新しい国とはいっても、ほぼ何もない未開のジャングルだな」
と、すぐ脇で、グルルルル…といかにも獰猛そうな低い唸り声が聞こえた。目をやると、そこには、黒いモジャモジャの大きな4足歩行の動物。その影はかなり近くにありながら、木とも呼べないような細い木がひしめき合うように茂った林の中にいて、正確な形がわからなかった。けれど大きいから、咄嗟に、クマだと思った。それも、冬眠明けの、黒クマに違いないと。
ルーマニアあたりまで行くとクマが出るかもしれないとは聞いたけれど、セルビア、クロアチアのこの地域で出るなんて聞いていない。思い出したのは、アラスカでハイキングをしたときに聞いた話。グリズリーは人間を見たら大抵逃げてくれるけれど、黒クマは多分襲ってくるから、気をつけたほうが良い、と。私は銃もなければクマ撃退ペッパースプレーもない、完全に丸腰である。
「クマに齧られたら、痛いのかな」
私は静かに後退りして、そして幸いその黒い影も、林の向こうに消えていった。
あとで近くの町の人に聞いてみたところ、ここらへんでは昔、動物園のクマが脱走してそれっきりになったのを除けば野生のクマはいないらしい。私がみたのはおそらく巨大なイノシシだろうという結論にいたった。春の子連れのイノシシを刺激すると人を襲うこともあるらしく、あの大きさのイノシシが本気になれば軽自動車くらい簡単にひっくり返せるだろう。それにしても、クマでなくて本当に良かった。
リベルランドの廃墟
ところで、リベルランドの内陸部には何も建物は見当たらなかったものの、ドナウ川沿いにはいくつか、人が住んでいたことを思わせる遺物があった。
浜辺から伸びた木の階段の先にあった小屋の土台は、ドラム缶。川の水位が上がったときに浮かぶ仕様。林の方に進むと、壁の代わりに布を張って四角く囲んだ場所があって、地面に穴が掘ってあった。トイレだと思う。
さらに漕ぎ進めていくと、別の場所にほぼ倒壊状態の小屋が。中には古いストーブやベッドが残っていて、やっぱり誰かがここで少し生活をしていた気配がある。
あとでリベルランド建国の関係者に尋ねたところ、これらは一切関係がない建物で、誰が持ち主なのかもわからないという。
ただし、リベルランド関係者がリベルランドに何かを建築したり物を残置することをクロアチア国境警察は許していない。
ある年のクリスマス、リベルランド関係者がリベルランドにクリスマスツリーを植林したところ、すぐに引き抜かれてしまったという。ちなみにこのとき、ツリーのそばにワインやリキュール、雑貨類などのクリスマスプレゼントを詰めた箱を置いて、イタズラ心で携帯を残置してその様子を録画、仲間内にライブ配信したことがあるらしい。
「雑貨類に関しては無線で報告してたけど、お酒についてはダンマリだったなあ。上には内緒で飲んだんだろう(笑)」と、国境警察を相手に攻防戦を繰り広げている。
リベルランドを誰も欲しがらない「とある事情」とは?
現在は実質、クロアチアが管理し人払いをしているリベルランドだが、それでも正式にはクロアチアはリベルランドを領土としていない。ドナウ川を挟んで対岸のセルビアも同様なため、リベルランドが誰のものでもない土地というのは、本当のこと。
だけど、一体どうして、そんな場所が生まれたのか。その背景には「とある事情」が隠されているらしい。
ドナウ川を隔ててお隣同士であるクロアチアとセルビアは、それぞれ少し違った国境の解釈があるという。ドナウ川沿いにクロアチとセルビアが接している区間はその昔、今よりずっとクネクネと蛇行していた。これでは船が通りずらいということで、今の比較的まっすぐなドナウ川の形になったのは良いけれど、国境を現在のドナウ川に沿って引くか、それとも昔のドナウ川の形に沿って引くかで意見が割れているらしい。セルビアは、現在のドナウ川を国境にするのが自然であると主張し、クロアチアは昔のドナウ川の形こそが本当の国境だと主張している。
リベルランドは、ドナウ川の形が変わったことによって、もともとセルビア側にあったのにクロアチア側にいってしまった土地。現代のドナウ川こそ国境であると主張するセルビアは、リベルランドを領土から手放した。だが、クロアチアにも、「リベルランドはクロアチアの領土になりました」と宣言したくない事情があるらしい。
リベルランドに起きたことと反対に、ドナウ川の土地の一部には、もともとクロアチア側にあったのにセルビア側に移ってしまった部分がある。上記地図で黄色く示された箇所がそうで、それらは、緑色で示されたリベルランドよりずっと大きいのである。リベルランドをクロアチアの領土として宣言することは、現代のドナウ川の形を国境として受け入れることを意味し、結果的に損をしてしまうのがクロアチア。
そういう事情から、両国とも領土として名乗りを上げない空白の土地、リベルランドが生まれてしまったのだ。
リベルランド建国に向けての動き
そんなドナウ川に生まれた誰のものでもない土地に、新しい国家を建国する可能性を見出したのがチェコ人のヴィートさんらと、その同志たち。
「国民・領土・主権。国家に必要な条件は定められているけれど、新しい国を作ってはいけないという決まりは現在定められてない」として、本気で活動している。
とはいえ彼らは、クロアチア政府の厳重な管理により、実質リベルランドに上陸することすらままならない状態が続いている。代替案として、今度はリベルランド近くの町に、大規模な秘密基地を作る計画を練っているそうなのだが、果たしてその全貌やいかに…。
そのあまりの大胆さに、今後の動向に目が離せない。