ドイツからやってきた自由なカヌ―イスト夫妻と一緒に、セルビアからブルガリアへの国境を越えてみた
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    2022.10.07

    ドイツからやってきた自由なカヌ―イスト夫妻と一緒に、セルビアからブルガリアへの国境を越えてみた

     

    ドナウ川で出会ったフリッツさんご夫妻

    ドナウ川で出会った、テント泊しないで大冒険しているフリッツさんご夫妻と。

    テント泊しないで大冒険

    川下りの旅、と聞いてほとんどの人は「なんだそれ?」と思うか、あの伝説の冒険家、野田知佑さんを連想するかの二択だと思う。

    野田知佑さんといえば、折り畳み式のカヤックやカナディアンカヌーに犬を載せて、キャンプしながら世界中を旅した男。だけど、川下りで野田知佑さんみたいな旅行をイメージしてしまうと、「私にはできないな」と、遠い世界の憧れのまま終わってしまう人も多いかもしれない。

    でも、現実には、テントでの野宿や自炊をまったくしないで、世界の大河を手漕ぎボートで旅してしまう人たちもいる。 

    BE-PAL.NETではいつも自分自身のカヤック旅行体験について投稿しているけれど、今回はほかの川下りの旅人がどんな旅をしているのか、紹介してみよう。

    偶然出会った、フリッツさんご夫妻

    後ろがフリッツさんのカヌー。手前は私のカヤック

    後ろがフリッツさんのカヌー。手前は私のカヤック。手にはフルート。

    ドナウ川を挟んで、片側がセルビア、片側がルーマニアというアイアンゲート渓谷を漕いでいたある日。

    アイアンゲート渓谷の名前の由来になった、ドナウ川最大のダムである「ジェルダップ」(これはセルビア語での名称で、ルーマニア語での名称を英訳すると鉄の扉という意味になる)を通過して、ブラザプランカという大きな砂浜がある公園で野宿したある日のこと。

    フリッツさんのカヌーと私のカヤック

    フリッツさんのカヌーは、私のカヤックと比べるとかなり大きいことがわかる。

    偶然、二人乗りのカヌーが浜に上陸してきた。大荷物で、明らかにドナウ川を旅する旅人だった。話しかけてみると、案の定、私と同じく黒海に向けてドナウ川下りの旅をしているという。ドイツ出身のフリッツさんご夫妻だ。

    二人のドナウ川下りの旅は少し特殊だった、というか、ドナウ川を下る人たちはみんなそれぞれ何かしら特殊な事情を抱えているものなのかもしれない。私の場合は、ドナウ川はもう少し、人生の進路だとか色々なことが落ち着いたら漕いでみたいなと平凡な25歳なりに考えていたハズが、当時、就労体験というか職人修行をしていたアメリカの剥製工房で、予定していたビザの延長がもろもろの事情によりできなくなり…。そのまま職を失い…。でも毎日通う職場がないならこれ幸いと、ドナウ川の旅に出た。

    フリッツさんご夫妻が旅を始めた理由とは?

    では、フリッツさんご夫妻の場合は何が特殊なのかというと、旅を始めたタイミングが特殊だった。

    毎年夏にヨーロッパのあちこちを漕ぎまわるのがご夫妻の恒例行事らしい。そして、このドナウ川下りを計画したのが2020年。そう、新型コロナウイルスが世界的に猛威をふるい始めた年。そんな事情から、2020年はドイツからオーストリアのウィーンまでの比較的短い区間を漕いだという。

    翌2021年も、まだ新型コロナウイルスの影響から東ヨーロッパ諸国の対応に不安があったため、ウィーンからセルビアのベオグラードまで漕ぐのに留めた。そして2022年、「いよいよ黒海へ」というつもりで漕ぎ出したが、ウクライナ情勢を考慮して、今年は黒海までは行かずにその手前のルーマニアの町をゴールに設定した。つまりフリッツさん夫妻はドナウ川を数年に分けて下っていることになる。

    それぞれの旅のスタイルの違いは?

    私とフリッツさん夫妻の旅のスタイルには、もう一つ決定的な違いがあった。

    フリッツさんご夫妻は、毎日ホテルに泊まって、レストランで食事をとる。

    もちろん、天候や何らかのトラブルでそれが叶わないケースを想定して、テント泊や自炊の装備は十分整えてカヌー旅をしているのだが、2022年のドナウ川下りに関しては、まだ一度もその備えを発揮していないという。

    ドナウ川は実際のところ、かなり短い感覚で川沿いに町が点在しているから、計画的に下ればホテルやレストランにはほとんど困らないで旅ができる。

    ホテルに泊まるのは必ずしも安くはないけれど、東ヨーロッパで贅沢をしないで、なるべく安いモーテルのようなところを探せば、日割り計算で考えるとドイツの大都市の一般的な家賃と大差はない。本当に嫌味ではなく、「ちょっとのお金」で、硬い地面の上に寝るテント生活と、火加減の調整が難しい野宿での自炊を回避して、快適な川下りの旅を楽しんでいた。

    そう、川下りの旅と苦行の旅は、イコールでは結びつかない関係性であることを、ハインツ夫妻は証明していた。

    一緒に国境を越えてみよう

    フリッツさんご夫妻のカヌーのラダーは木製

    フリッツさんご夫妻のカヌーのラダーは木製

    私がドナウ川を進むスピードはこの時時速7km。対するフリッツさんご夫妻のカヌーは時速10km。だけど、私たちが出会ったセルビアのブラザプランカから、ブルガリアの国境までは100km。

    フリッツさん夫妻でも1日で漕ぐには遠すぎるし、2日かければ私でも漕げる距離だった。「だったらいっそ2日間一緒に漕いで、セルビアからブルガリアへの国境越えを一緒にやろう」という話にまとまった。

    知らないと見逃してしまう入国管理局

    セルビアの出国スタンプをもらうプラホボの港

    セルビアの出国スタンプをもらうプラホボの港の風景。

    これまでBE-PAL.NETで紹介してきたように、ドナウ川の国境越えは2ステップで、まず、出国する国の入国管理局に立ち寄り、パスポートに出国のスタンプを押してもらって、それから次に入国する国の最寄りの入国管理局で入国スタンプを押してもらう。

    ドナウ川下りの旅で、セルビアからブルガリアに国境を越える場合は、セルビアのプラホボで出国スタンプを押してもらって、ブルガリアのティモール川もしくはヴィディンという町で入国スタンプを押してもらうことになる。

    ところが、このセルビアのプラホボの入国管理局が、かなり見つけにくい場所にあった。川沿いの工業地帯に混じって入国管理局があって、しかも金網に囲まれた敷地の中に一棟だけ小さな小屋がちょこんと建っているので、知らないとまず辿り着けない。

    プラホボの入国管理局入口

    これが、プラホボの入国管理局入口。

    上陸して、カヤックが流されないようにロープで結んで、長い階段を登って、金網と生垣の間の細くて狭い、通路とも呼べない通路を進んで行くと、入国管理局の建物に到着する。

    古いアメリカのドラマに出てきそうな、ブリーチとハイライトでバッチリ決めた盛り髪の係官が出てきて、「カヤックで通るだけ?だったらパスポートにスタンプなんかいらないよ」と言う。

    いやいや、それじゃあ困るんです。将来またセルビアにまた旅行に来るときに、観光ビザの期限を越えて不法滞在していたと勘違いされたら困ってしまう。出国の記録は、絶対につけてもらわないと。

    そう伝えると、本部の上司に電話で確認してくれて、やっと出国スタンプを押してもらえた。

    入国管理局内

    入国管理局内。殺風景というか、正直ボロ!?いというべきか。

    事務所内はブラウン管のテレビが今でも現役で、どこか時代遅れなドラマを映していた。高校の灰色のロッカーみたいなのがいくつも並んで、中には扉が半開きのまま、ギッチリ詰まった分厚いファイルが顔をのぞかせているものもあった。

    お姉さんの対応から察するに、ドナウ川の国境をカヤックで越える人は、あまり頻繁には現われない様子だった。ドナウ川を行き来する貨物船だって、乗組員がプラホボに上陸してその土を踏むのでなければ、入国審査を行なう必要はない。プラホボの港は貨物の載せ替えくらいで、普段から国境を越えて上陸する船は少ないのだろう。なんだか暇そうな職場だった。

    大ピンチ!町にホテルがない

    プラホボで出国スタンプを押してくれた入管のお姉さん曰く、プラホボには工場があるだけで、ホテルやレストランは一軒もないという。しかし基本的に今回の旅ではテント泊と自炊を避けているフリッツさんご夫妻。

    「ほ、本当に、たったの一軒もないんですか?」と食い下がると、

    「まず隣町まで行って、そこでタクシーを拾って、それから内陸の町で移動すればホテルとレストランがありますよ」と教えてくれた。

    そう、宿がない町に出てしまっても、必要に応じて車移動を活用すればテント泊は避けられる。柔軟かつスマートな問題解決法だった。

    私も一緒に宿に泊まってもよかったのだけど、毎日テント泊していると、もはや体がテントに慣れてしまって、ベッドより寝袋の方が落ち着いて眠れる体質になっていた。私は砂浜にテントを張って、タクシーを拾いに行くご夫妻を見送り、3人での川下り旅はここで解散となった。

    川下りの旅は、やってみないともったいないよ!

    カヌー・カヤックの旅だからって、野宿しなくて良い

    距離が長いなら、一度の旅で下りきらずに、計画的に何年かに分けて達成しても良い。

    そう考えてみると、川下りの旅って、ほとんどの人が想像しているよりずっと簡単に挑戦できるのかもしれない。まさに、現実的に手が届く冒険スタイル。やってみなくちゃもったいないような気もする。

    私が書きました!
    剥製師
    佐藤ジョアナ玲子
    フォールディングカヤックで世界を旅する剥製師。著書『ホームレス女子大生川を下る』(報知新聞社刊)。じつは山登りも好きで、アメリカのロッキー山脈にあるフォーティナーズ全58座(標高4,367m以上)をいつか制覇したいと思っている。

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