横浜市泉区・戸塚区を拠点に生態調査や里山保全活動を行なっている“ご近所生きもの観察案内人”の相川健志さん。今回は、カマキリに寄生する針金のような昆虫の知られざる生態について案内します。
宿主の繁殖をコントロール
秋口に水辺をよ~く観察していると、ふらふらと歩いているカマキリに出会うことがあります。見つけたカマキリのお尻を、試しに水の中につけてみてください。場合によっては、「ハリガネムシ」という文字通り針金のような生きものを発見できるかもしれません。
このハリガネムシはカマキリに寄生し、なんとカマキリを水の中へ飛び込ませます。その一方、自分はカマキリのお尻から脱出するのです。
ハリガネムシを体外に出したオオカマキリは、何もなかったようにさっさと逃げていきました。でも、実は寄生された宿主は生殖能力がなくなり、子孫を残すことができなくなります。ハリガネムシは生態系の中で宿主の繁殖を抑制する役割も果たしているのです。
続いて、林縁部でよく見かけるハラビロカマキリを発見。今までの経験からすると、オオカマキリやコカマキリなどと比べ、このハラビロカマキリはハリガネムシの寄生率が高いように感じます。
ハリガネムシが果たす役割とは
さて、ハリガネムシの生態について、もう少し詳しく触れてみましょう。
ハリガネムシは水中で産卵します。孵化した幼虫は、カゲロウやトビケラの幼虫などに食べられて、それらの腸の中で「シスト」という休眠状態に入ります。その後、カゲロウやトビケラは成長、羽化し、カマキリや肉食性のバッタ類に食べられます。
すると、捕食者の腸内でハリガネムシの幼虫は休眠からさめて活動をスタート。そして、成長したハリガネムシたちは宿主が水を欲するタンパク質を出し、カマキリなどを水へと誘導するのです。
このハリガネムシ、宿主となった生きものたちをただ入水させるだけではありません。最近の研究で、森林生態系の中で重要な役割を担っていることが分かってきました。
渓流でハリガネムシに寄生されたカマキリや森林性のカマドウマは水中に飛び込んだ後、イワナやヤマメなどの餌となります。もし、この餌資源がないと、渓流魚は水中のトビケラやカゲロウの幼虫などを食べることになります。それによって、水中の生態系に大きな影響を与えるという研究結果が出ているそうです。
実際、同行させていただいた秋の渓流魚調査では、ヤマメやイワナの食性調査でカマドウマなどのバッタ類、そしてハリガネムシを確認することができました。
ハリガネムシの生態を不気味だと思う人もいるかもしれません。でも、どんな生きものにも、生態系の中での役割が必ずあります。つい見過ごしてしまいがちな身近な生きものたちも、実は生態系の中でとても重要な役割を果たしているのです。