世界各地を飛び回る著述家・編集者・写真家の山本高樹氏。今年、ライフワークとするインド北部の山岳地帯を訪ねた。美しく、険しい秘境の旅をレポートする今回は、ザンスカールから近い、仏教僧院。長い伝統を誇る、年に一度の祭礼に立ち会うことができた。
年に一度の華やかな祭礼
ザンスカールの中心地パドゥムの町から6キロほど北に、カルシャ・ゴンパと呼ばれる仏教僧院があります。今の形の僧院が形作られたのは15世紀頃と言われていて、現在も100名ほどの僧侶が所属して、日々修行に励んでいます。
カルシャ・ゴンパでは毎年7月頃(チベット暦で5月28日と29日にあたる日)に、カルシャ・グストルという祭礼が催されます。僧侶たちが煌びやかな衣装と仮面を身につけて舞を披露する、チャム(仮面舞踊)の祭礼です。
楽師たちと僧侶たちの演奏が、祭礼の始まりの時を告げます。最初に行なわれたのは、ソルチェと呼ばれる儀式。地元の村から連れてこられたヤク(雄の毛長牛)、ヤギ、羊、犬といった動物に赤い染料を塗りつけ、僧院や村の守り神のような存在にする儀式です。守り神とされた動物たちは、この先もずっと大切に飼われるのだそうです。いきなり大勢の人の前でいろいろやられて、ちょっと面倒そうな顔をしてはいましたが。
舞い踊る仮面と黒帽の僧侶たち
いよいよ、チャム(仮面舞踊)の祭礼の本番です。僧侶たちは、着替え場所にしているお堂から姿を現すと、境内を時計回りに巡りながら、ゆったりとした演奏のリズムに乗って、クルリクルリと舞いを披露していきます。境内を何周かした後に着替え場所のお堂に戻り、準備の終わった別の僧侶たちと交替。仮面の種類は本当にたくさんあり、それらが登場する順序にもちゃんと意味があるのですが、地元の人たちですら、完全にはっきりとは理解できていないそうです。
終盤になると、黒帽を被ったシャナクと呼ばれる姿の僧侶たちがいっせいに現れ、演奏に合わせて、境内いっぱいに舞い踊りはじめました。おそらく数百年もの昔から受け継がれてきたであろう、祈りの儀式。その伝統がこれからも続いていくように、願わずにいられませんでした。