アメリカ西海岸カリフォルニア州。シエラネバダ山脈に沿って、日本でも人気のヨセミテ国立公園とセコイア・キングスキャニオン国立公園がある。周りにはシエラ国有林がありアメリカ屈指の一大森林地帯だ。
そんな中に自然湧出の温泉「モノ・ホットスプリングス・リゾート(以下モノ温泉)」がある。先住民の湯治場だった場所として知られ、水質が日本の温泉に似ていることもあり、第二次世界大戦前は日系人の避暑地としても人気の温泉だった。標高約2000m。冬場は雪に閉ざされるためオープンしているのは5月末〜11月初めまで。「冬が温泉シーズン」の常識を覆すような野味溢れる秘湯中の秘湯だ。
秘湯への山道32キロを1時間かけてドライブ
マップ検索で、なぜこの距離にこんなに時間がかかるのだろうか?と思ったことはないだろうか。果たしてモノ温泉への最後の20マイル(32km)がそんな道だ。急勾配とカーブの連続、ほとんど役目を果たしていない舗装道路、狭い車線を公園管理のトラックとすれ違う悪路を1時間ちょっと走る。多少の傾斜でも転がらない車両で向かってほしい。
そんなこんなでようやく「モノ温泉」に到着。車を駐車場に停めて、雑貨店を兼ねた受付に向かう。
広大な敷地に大小16もの露天風呂!
まずは受付で大人20ドル(約3000円)、11歳以下10ドル(1500円)の料金を払う(2歳以下無料。また後述のキャビン宿泊者は無料でキャンプ場利用者は半額)。温泉には細かな泥の粒子がまざり、またそれなりに泥道を歩く。そうした泥を洗い流すためのシャワー施設と個室室内風呂があり、そこの利用料も含まれる。
ここで手描きの「露天風呂温泉マップ」を受け取っていざ出発! マップに16ヵ所の温泉露天風呂が記されているが、敷地の広さはなんと約10エーカー(東京ドーム約1個分)。
これから先はすべて徒歩なのでどこまで回れるか不明だが、とにかく出発しよう。ちなみにここの露天風呂はすべて混浴だ。
まずは一番人気の「オールドペドロ」へ
最初に訪れたのは受付兼雑貨店から丸太橋を渡り、お湯でぬかるんだ泥の坂道を登ること約7〜8分で到着する「オールドペドロ」と名付けられた温泉だ。4〜5人くらいしか入れない露天風呂で、モノ温泉の中で最も湯温が高く温度40℃、斜面にあるため景色もよく、各宿泊施設からもアクセスが容易なこともあり人気だ。
人気の温泉なので少し待たなければならないが、ここでも日本同様温泉好き同士が譲り合う。10分ほど待てば入ることできるだろう。ススキのような背の高い草に囲まれたセメントの浴槽だ。藻が湯の中に浮遊しているため、緑がかった半透明な単純泉。
上空に広がる大空を眺めながらぼ~っとすること数分……極楽極楽。
好みの温度調整可能な「川湯」
次に訪れのはさきほどの「オールドペドロ」から川に沿そって5分ほど歩いて、地図に正式名称は記されていないが、利用者たちからは「リバースブリング(川湯)」と呼ばれている場所に到着。ここは石で囲まれただけで看板はなく、入ってみて熱かったらそこが川湯だ。やっていることは、まるで温泉探しの探検隊。川底から温泉が噴き出していて川の水と混ぜて温度調整するという野趣あふれるもの。温度は自分で調整可。
石で囲われた広さは3畳くらい、浅いので半身浴か適当な石を枕にして寝た状態。ここは川の水と同じく無色透明。先ほど体についた藻をちょっと洗っておこう。
川の流れを眺めながらのワイルドさがたまらない。
「底なし沼」風、その名も「マッドバス」
別の意味でワイルドなのが、川湯から草地を歩いて5分の「マッドバス」。そう「泥温泉」だ! 3畳ほどの広さだがその名の通り、ねずみ色の泥で濁り、底が見えない。風呂のまわりも岩と土に囲まれただけ。そろりそろりと足を踏み入れると……うわっ、足が底につかない! とかなり焦るが、ここは深さ約1メートルの「立ってはいる温泉」だ。
やや熱めの湯がポコポコと地下から湧きでている。この気泡が下に誰か潜っているんじゃないかと気味悪くなる。暖かいこんにゃくを踏んでいるようですべりやすく、濃い灰色の泥が足首にまとわりつく。泥パックもお肌に良さそうだが、洗い流すのも泥湯なので悪しからず。
この底が見えない温泉に最初に入った先住民は勇気があった。そして私のように焦っただろうな。そんな愉快な想像も膨らむ、他ではなかなか体験できないタイプの温泉だ。
大自然の中の「打たせ湯」
変わり種の温泉の一つが、大人二人がやっと入れるブリキの湯船の「打たせ湯」。原理的には日本の温泉リゾートホテルなどにあるものと同じだが、大自然を眺めながらは格別だ。
ちなみに「受付兼雑貨屋」で渡された手描きの「露天風呂マップ」には全部で16の風呂が記されているが、じつはすべてが今も存在しているわけではなく、枯れてしまったものもある。また、「名無し」の温泉が多いあたりも、とてもおおらかなアメリカらしい。
とはいえ利用者が楽しく過ごすためのルールはある。自然への配慮から石鹸の使用禁止。割れやすいグラスはケガの元で持ち込み禁止。飲食は限られた場所のみ。ゴミは必ず持ち帰る。乾燥した土地で、かつ人里離れた山間なので、山火事を避けるためにキャンドルを灯すことも禁止されている。
「なんにもない」を楽しむ場所
さてさてこの「モノ温泉」、先ほどお伝えしたように石造りのキャビンに宿泊することもできる。ただ快適だが、便利さを求める人には不向きかもしれない。
テレビはないし、wi-fiがあるのは「受付兼雑貨」周辺のみ。人里どころか俗世間からは隔離された大自然を楽しむための場所だ。
キャビンにはキッチンが付き、電気コンロや調理器具や食器は完備されていて、大体の料理は可能だ。
また、各キャビンには専用のバーベキューグリルも設置されている。石で囲って網だけの昔ながらのBBQグリルが逆にオツ。ちょっと原始的で何でも焼きたくなる。
何度も訪れている人によれば、7キロほどサンワキン川の上流あたりで不定期に鱒を放流しているとのこと。放流された翌日は入れ食い状態となるそうなので、その日の釣果を焼くのも楽しそうだ。
このバーベキューや焚火用の薪は毎日配布される。また滞在中、日常的に使うものはほとんど受付兼雑貨屋で入手できる。ちなみに受付兼雑貨屋にはカフェもあり、名物はバッファローのサンドイッチ、案外クセがなく食べやすい、話のタネにご賞味あれ。
狙い目はお盆!来年は流星観測には絶好の年
もし、あなたが流星観測マニアなら、2023年はモノ温泉を訪れる絶好のチャンスだとお伝えしたい。2022年は流星群観測には、かなり月明かりに邪魔された年だった。
「ペルセウス座流星群」は、夏休みに観察でき、にわかマニアも現れるが、毎年ピークは8月13日頃ちょうど日本のお盆にあたる。来年は月明かりに邪魔されることなく、満点の星空で一晩中観測できる年となる。
早起きは三文の徳、澄んだお湯で裸の交流
モノ温泉の湯には細かい泥の粒子が混ざっているので濁っていることがほとんど。クリアなお湯に入りたいという場合、ねらい目は早朝だ。一晩誰も入っていないお湯は泥が沈殿して、前日までが嘘のような透明感だ。
ここは思い切って生まれたままの姿で入浴もいい。欧米の温泉は水着着用が当たり前のようだが、モノ温泉はどちらでも構わない。日中は人がいるので着ているが朝風呂にやってくる人はほとんどが真っ裸。日米裸の交流もまた楽しからずや。
たどりつくまではかなり大変だが、それを凌駕する楽しみが満載の「モノ温泉」。アメリカらしいワイルドな温泉ライフをぜひお楽しみください。
カリフォルニア在住ライター(海外書き人クラブ)
出野本実奈(でのもとみんな)
2003年からアメリカ・カリフォルニア州在住。国内大手の旅行ガイドブックでWEBライターとして毎週アメリカ各地の最新情報を投稿。また、フードコーディネーターとしてローカルな旬の食材を使った簡単レシピを毎月紹介。クラフトビールとアメリカンアンティークをこよなく愛する。
世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員https://www.kaigaikakibito.com/