11月、スウェーデンの王室御用達ブランド「モーラナイフ」のCEO、ヨハン・ バルタスさんとサプライチェーンヘッドであるマッツ・オスリングさんが来日した。
日本滞在中は、モーラナイフの日本総代理店であるアンプラージュインターナショナル直営店「UPI」3店舗や寒川一さんがナイフの先生を務める「うみとやまのおうちえんTelacoya921(テラコヤクニイ)」などを訪問。合間に運慶の技を受け継ぐ鎌倉彫の老舗工房で木工技術を見学したという。
「UPI表参道には驚きました。店内に森があり、小川が流れていて小さな生き物がいる素晴らしい環境です。スウェーデンでもこのような店が必要だと思ってスタッフにメールで報告しています」(ヨハンCEO)
「うみとやまのおうちえんTelacoya921」では寒川さんが子どもたちに「サルから人間へと進化する途中で石を使ってナイフを作った。石からこれ(モーラナイフ)になったんだ」と教えていたのも印象的だったとか。
■Nature Worksで抹茶体験
”モーラナイフを巡る日本ツアー”の途中で、日本・台湾アンバサダーである長野修平さんのアトリエ「Nature Works」を訪れると聞き、同行させてもらった。
東欧、北欧、中国でマーケティングや財務、ITの要職を歴任して昨年よりCEOに就任したヨハンさんはナイフメーカー勤務ははじめてだが、週末は森の中で自然の音に耳を傾けながら走るトレイルランナー。
そして長年モーラナイフで働いているマッツさんは湖畔に居を構え、週末ごとに釣りやカヌー、サウナを楽しむナチュラリスト。アウトドアで過ごすひとときを大切にしているふたりに、スウェーデンのナイフを取り巻く環境や日本文化との違いについて教えてもらうためだ。
長野さんのアトリエでは、離れで抹茶体験。茶人でもある長野さんがお茶を点て、ふたりをもてなした。
椅子も用意していたが床に直座りを選択。足を崩したままでいいと伝えてはいたが、お茶をいただくときは正座をする。日本のお茶文化を尊重している姿がうれしい。
お茶菓子は色とりどりの東京スカイツリーやアサガオ、金魚らを模した和三盆の干菓子たちで、かわいらしい形の干菓子を選ぶのも楽しそうだ。
ヨハンCEOもマッツさんも、ケーキなどに使われる抹茶味は知っていてもお茶は初めてで「強い苦みがあるけれど、健康的な味がする」とのこと。
アンプラージュインターナショナル社員が「お茶碗を回したりして道具を眺めるのもお茶の楽しみ方」と伝えたところ、興味深げにお茶碗に見入っていた。
お茶は日本の工芸、文化、マナーのすべてがそろった総合芸術と言われている。抹茶をおいしく味わうためにお菓子が添えられ、茶事では料理がふるまわれる。
抹茶とお菓子、料理だけではない。木工、陶芸、金工で生まれた道具、茶室という建築、そしてこの茶室に向かうまでのガーデニング、路地など雰囲気も含めて空間をまるごと楽しめるようもてなすのが茶の湯。
さらに本来の茶室は入り口がとても小さく、たとえ将軍でも刀を持っては入れない平和な場所だという説明に熱心に聞き入っていた。
離れから出るときに長野さんがマッツさんに手渡したのは、竹で作られた長野家の長女・朱里ちゃんの弓矢。
50代のマッツさんとヨハンCEOが小さいころは、ナイフを手にしてジュニパーベリーの木で弓を作ったりおもちゃを作ったりするのが当たり前だったという。
「自然享受権が価値観のベースです。とくにモーラナイフがあるダーラナ地方に暮らす人々の多くは自分の森を持っていて、家族といっしょに森をどう過ごすかということに関心が高い。そして小さな子がナイフを使う機会は多いんです」(マッツさん)
ところが国全体で見ると、だんだん小さい子がナイフを使う機会が減っている地域が増えているという。
その分析がおもしろい。
大人が子どもにナイフの技術を伝える時間はおもに家族といっしょの森歩きやボーイスカウト活動だが、スポーツが盛んなスウェーデンでは水泳やホッケーなどスポーツに多くの時間をとられる。これがナイフ離れの大きな理由とされているのだ。
「クロスカントリースキーをして、焚き火や木工も楽しむなんていう過ごし方もありますが、スポーツでナイフを扱う時間は少ないんです。もちろんゲーム時間も増えていますし」(マッツさん)
日本の子どもたちはゲームや動画、そして塾や習い事に時間をとられるが、スポーツと競合している印象はない。この違いは驚くばかり。
初めての木工、日本は箸でスウェーデンはおもちゃの小舟
われわれの会話を聞きながら竹を削っていた長野さんが「できた」と声をあげた。
手にしていたのは箸とスプーンを入れた2組の竹筒だ。
箸はシンプルな形で初めての木工に最適なテーマ。「日本の木工は箸にはじまり箸に終わるって言われていて、本当においしく食事ができる箸を作れるまで一生かかります」と説明すれば、「スウェーデンで最初に子どもが作るのはバークボート。木の皮と葉っぱで作るんです」(ヨハンCEO)と教えてくれる。
かわいいボートはどこか笹舟のようで懐かしい。森が多く調和を大切にするスウェーデンは、遠く離れた国だけれど案外共通点があるようだ。
アトリエの工具が新作開発に影響を与える!?
そばにあった長野さんがヨゲさんからいただいたナイフを見て、ヨハンCEOとマッツさんが何やら真剣に話し出す。
「モーラナイフのブレードにスタンプを押すか、レーザーでマークを入れるという案が出ていたけれど、研いでいるうちに消えてしまうから実現していないんです。このハンドルのマーク、いいヒントになります」(マッツさん)
アトリエにズラリと並ぶナイフや鉈、ノコギリに興味津々のマッツさんは、製造責任者だったのでモーラナイフは見るだけで何年に製造されたモデルかわかるそう。
その中から手にしたのがペグ生まれのナイフ。
手に取ったマッツさんに、長野さんは「質のいいスノーピークのペグだからできた」と説明する。ほかにもシルキーのノコギリやインド・チャカサン族の鉈などスウェーデンでは珍しい刃物も多かったようだ。
こちらは庭に置く丸太のシンクを作るために、ハンドルを付け替えたフックナイフ。長野さんによると、長い持ち手とカーブで力を入れやすいという。刃のすぐそばは、モーラナイフのハンドルをイメージしたデザイン。これが長野さん流のこだわりだ。
さて、これらをヒントに手軽にカスタムできるナイフのキットが生まれるか? また、長野さんにはいくつかのナイフのプロトタイプが渡されており、新しいプロダクトの開発が進んでいるようだ。
近い将来、日本からのアイデアが搭載されたナイフが登場するかも。モーラナイフへの期待が一段と高まる1日だった。
【問】アンプラージュインターナショナル https://morakniv.jp
フリーランスのライター、編集者。主なテーマはアウトドア、旅行で、ときどきキャンピングカーや料理の記事を書いています。https://twitter.com/utahiro7