——その当時、石川さんは自らラプラックへの救援物資の調達も手がけられていたそうですね。
石川:そうです。ラプラック以前にも現地でお米を買って、幹線道路から外れた孤立した村に食料を運んだことがあります。ラプラックの場合、麓までさまざまな救援物資が届いていたので、現地の人を荷揚げ人として雇い、運んでもらいました。彼らの現金収入にもしてもらえました。その後、6月に村を再訪したときには、モンスーンの時期に雨水がテントの中の地面に流れ込んできても安心して眠れるように、ベッドを作るのに必要な材料を600台分、提供しました。FacebookなどのSNSや、帰国後に日本で行った報告会などで支援を募って実現させました。SNSはすごいですね。どんな支援をしたのかが、ほぼリアルタイムで支援してくれた人たちにフィードバックできましたから。
——取材と村への支援のために訪れたラプラックで、そこからドキュメンタリー映画を撮ろうと考えるようになったきっかけは、何だったんですか?
石川:最初にラプラックを訪れたとき、アシュバドルという少年と出会ったんです。目のくりくりしたかわいい子で、写真家にとっては最高の被写体で。「この村の状況を外の世界に伝える。そしてまたこの村に戻ってくる」という約束を彼としました。僕のような写真家が、今回のような大きな災害について世の中に伝える場合、どういうやり方がいいか、ずっと考えていたんです。大地震がネパールで起こったという情報をただ流すだけでは、受け取る側にとって遠い存在の情報になってしまう。だけど、一人の人間の悲しみの視点を通して、現地の人々の悲しみを伝えられれば、もっと近くなる。だから、アシュバドルの視点で伝えたら、より多くの人に共感してもらえるんじゃないか、と考えました。
——石川さんが長年にわたってキャリアを積み上げてきた写真ではなく、映画という手法を選んだ理由は?
石川:写真家として、最初に雑誌の記事で村の状況を伝えました。ただ、それ以上はちょっと難しい状況だったんです。でも、6月にラプラックを再訪した段階で、「これはひょっとしたら映画を撮れるかもしれないぞ」と思ったんですね。アシュバドルとすごく仲良くなって、彼の家族たちもとても魅力的で。この村というより、まずはこの一家を救いたい。もしかしたら、この一家を主人公にして映画を撮ったら、形になるかもしれない、と。
——石川さんにとって、今回が初めての映画への挑戦ですよね。
石川:実は僕、写真家になる前は、映画監督になりたいと思っていたんです。映画をいきなり作るのはもちろん難しいことですし、まずは現実の世界を見て学ぶことが必要だと思って、写真から勉強を始めました。それで、いつかは映画を作りたいと思っていたのに、いつのまにか、忘れちゃってて。でも、アシュバドルの一家と出会ったのをきっかけに、もしかすると、映画を通じて、ラプラックのことを世の中に伝えることができるかもしれない。救うというのは大げさな言い方ですけど、支援の一助にはなるかもしれない。たぶんそれは、僕にしかできないことだ、と思いました。
——実際にラプラックでの撮影を始めてみて、どんな苦労がありましたか?
石川:僕には映画を撮るノウハウが最初の頃はあまりなかったので、撮影機材のことなどでいろいろ苦労はしました。ただ、村の人たちはみんなとてもフレンドリーで、彼らとのやりとりでは、まったく苦労しませんでしたね。村に来た最初の頃に食糧などを支援させてもらっていたので、結果的に、撮影に入る前から彼らとすでに仲良くなっていたというのもありました。映像をご覧いただくとわかるんですが、彼らとの距離がね、どんどん縮まっていくんですよ。彼らも最初は僕やカメラを意識していたと思いますけど、それもいつのまにか、まったく消えてしまって。とても自然な、ドキュメンタリーではなく劇映画を観ているような錯覚に陥る映像になりました。
次回のインタビュー中編では、映画の撮影を通じて石川さんがともに体験した、ラプラックの人々の暮らしぶりの魅力について、引き続きお話を伺います。
石川梵 Bon Ishikawa
写真家・映画監督。AFP通信のカメラマンを経て、1990年よりフリーの写真家となる。1984年から伊勢神宮の神事をはじめとして「祈り」をテーマに世界各地で撮影を行う。また、近年ではヒマラヤなど世界各地で空撮映像を世界の主要な新聞・雑誌で発表。2015年に起きたネパール大震災の際に取材でラプラックを訪れたのを機に、自身初のドキュメンタリー映画を製作。
『世界でいちばん美しい村』
監督・撮影/石川梵 ナレーション/倍賞千恵子
エクゼクティブ・プロデューサー/広井王子
プロデューサー/石川梵
協力/松竹 Canon Cinema Sound Works
後援/ネパール大使館
配給/太秦
公式サイト/http://himalaya-laprak.com/
●3/25〜4/7 東劇にて公開
(C)Bon Ishikawa
◎聞き手=山本高樹 Takaki Yamamoto
著述家・編集者・写真家。インド北部のラダック地方の取材がライフワーク。著書『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』(雷鳥社)ほか多数。
http://ymtk.jp/ladakh/