イギリス・ロンドン自然史博物館が主催する、大自然をテーマにした世界最高峰の写真賞の一つ『Wildlife Photographer of the Year』。毎年世界の写真家たちが素晴らしい瞬間を切り取った作品を応募するのだが、2022年度は世界93か国から3万8000以上の応募があったという。
その自然芸術部門において日本人初となる最優秀賞を受賞したのが、自然写真家の高砂淳二さんである。受賞作は『Heavenly Flamingos』。まずは作品をご覧いただこう。
まるで絵で描いたように美しいが、これが高砂さんの目の前で、現実に起きた出来事なのだ。
「10年で6回ほどウユニ塩湖には撮影に訪れていますが、この瞬間が撮影できたのは様々な条件がぴたりと重なったからこそです。まず風が止まっていたことで湖面も非常に静かで、この天空の鏡のような景色になりました。またフラミンゴはとても敏感な生き物で、少しでも驚くと飛び立ってしまいますが、このときはそっと近づきカメラに収めることができました」と高砂さん。
『Wildlife Photographer of the Year』は、動物や生物の生態などにフォーカスされた作品が応募されることが多いそうだが、高砂さんがこの作品を応募したのには理由がある。
「生態へのフォーカスよりも、自然全体のつながり、地球を感じられるハーモニーのようなものを感じて欲しいと思いました。私たちが暮らしている地球はこんなにも美しいところなんだということも伝えたかったのです。この作品が受賞したことで、世界の人に見ていただけることのうれしさをかみしめています」(高砂さん)。
高砂淳二(たかさごじゅんじ)氏プロフィール
写真家。1962 年、宮城県石巻市生まれ。ダイビング専門誌の専属カメラマンを経て 1989 年に独立。世界中の国々を訪れ、海の中から生き物、虹、風景、星空まで、地球全体をフィールドに撮影活動を続けている。 記事で紹介したほか著書多数。写真展も多数開催。 2008 年、外務省主催・太平洋島サミット記念写真展「Pacific Islands」担当。 TBS「情熱大陸」、NHK「SWITCHインタビュー」をはじめ、テレビ、ラジオ、雑誌等のメディアや講演会などで、自然のこと、自然と人間の関係、人間の役割などを、幅広く伝え続けている。みやぎ絆大使で海の環境 NPO 法人“Oceanic Wildlife Society” 理事でもある。
海を夢中で撮影し、ハワイの夜の虹に出合い、世界の虹や星空、地球の生き物との出会いにつながって…
高砂淳二さんは海の生物をはじめ、世界の生き物たちの様々な表情、ハワイを始めとした世界の虹、その合間に出合った星空などを撮影し、息をのむような美しい光景を撮影し続けている写真家である。今までにのべ28冊もの写真集やエッセイ集を出版もしている。その作品を目にした人も多いだろう。
今回『Wildlife Photographer of the Year』を受賞した記念に、その中から数点の本をピックアップし、収められた写真とともに、出版当時のエピソードや作品への思い、伝えたいことなどを教えていただいた。
『AQUA』(1995年)自由に跳ね回るイルカと海のブルーの美しさ
まるで海の中でイルカと一緒に泳いでいるような気分になる作品が多数収められている写真集だ。
「ダイビング専門誌のカメラマンをしていた時、いつも“気持ちがいい海”の写真を撮影していたんですが、海中でのイルカとの出会いは衝撃的でした。とても自由な生き物で、気が向いたら人間に興味を持って近づいてきたり、かと思えば何頭かで楽しくもびのび泳いでいるイルカがいたり、それぞれが思い思いの生き方をしていて…。あんな自由な生き方ができたらなと思いますよね」(高砂さん)
また様々な海の色も収められているのが印象的だ。
「海にはいろんな色があります。深さや砂の色、透明度など…。イル
『night rainbow-祝福の虹』(2003年)夜にも虹が出るという衝撃的な出会い
高砂さんの人生を一変させたもの…それがハワイで出会った「Night Rainbow」だという。
「2001年頃、1か月ほどハワイに滞在していたとき、ハワイ先住民の方に“夜にも虹が出るんだ”と聞きました。そしてそれは最高の祝福を意味すると。すでに15年ほどプロカメラマンとして世界のあちらこちらにいっていましたが、まさか夜に虹が出るなんて全く知らなかった。でも実際に見るのは非常に難しいのですが、なんとその3日後に夜に虹が現れたんです…鳥肌がたちましたね」
そんなハワイの自然と夜の虹を1冊に集めた。何かに優しく背中を押されるような、祝福されているような気持ちにもなる神秘的な写真たち出会える。
『虹の星』(2008年)世界中どこにでも出るのに、それぞれ見ている虹は違う
ハワイで夜の虹に出会った高砂さんは、その後虹に魅せられていく。この写真集は世界の虹の様々な形を収めている。虹を余すところなく見せるため、横長サイズとなっているのも印象的だ。
「ノーレイン、ノーレインボーという言葉があるのですが、虹は本当に自然現象で、いつどこで、どうやって出てくるのかがまったくわかりません。常にカメラを持って、雨が降れば虹が出るのではないかと追っかけていたら、自然の様々な表情と向き合う時間がありました」
高砂さん曰く、虹は見る人それぞれが虹の中心に正対して
『Children of the Rainbow』(2013年)一つ一つの命はみな虹の子どもなのだ
名前からすると「生まれたての虹」の写真集かと想像する人も多いのではないだろうか。実は中を見ると、虹の写真だけではなく、様々な生き物や風景などバリエーション豊かなラインアップだ。
「ハワイに伝わる“ホオポノポノ”という知恵がありまして。一言では説明できないのですが感謝、許すこと、尊重すること、愛することなどを通し
タイトルには「どの人もどの生き物も、光であり虹の子どもたちではないか」という意味を込めているそうだ。
『夜の虹の向こうへ』(2012)虹を追いかけて気づいた自然や人とのつながり
こちらの本、実はエッセイ集となっている。
「夜の虹を追いかけ始め、そして世界の虹を探す生活をしているうちに、先住民の方との出会いや自然界との出会い、人間と自然のつながりなど、様々なものが見えてきたんです。虹に出会う前は好き、気持ちいい、という気持ちで写真を撮っていましたが、虹と出会ってからは自分は自然とどう付き合っていくべきなのか…という考え方に変わりました。
ハ
そんな高砂さんの追体験ができるエッセイ集となっている。
『ASTRA』(2014)真っ暗闇の場所でないと見られない無数の星たち
宇宙にはこんなにもたくさんの星があるのか…。思わず絶句してしまうほどの星空がぎっしり詰まった写真集。
「ナイトレインボーを探し続けていて、夜の空ばかり見ていたんですが(笑)、そのとき夜ってきれいだな、と思うようになりました。たくさんの夜を撮影してきたので、この本は星空だけで作ってみようと」
どんなに小さな村でも20km以上は離れないと、本来の星空は見えないと高砂さん。真の闇の中でこれらの写真を撮り続けたそうだ。
最も好きな星空はと聞くと…。
「ウユニ塩湖で撮影した満点の星空ですね。この中にふっと立つと、透明なガラス一枚で宇宙の中に立っているかのような、そんな気持ちになります」
『yes』(2015年)この世の中のすべて、いろいろあるけど…yes!
詩人・覚和歌子さんとの共作となっている写真詩集。
「覚さんが生き物たちや自然の写真を見ているときにインスピレーションを経て“yes”とつけてくれました。自然に対しての肯定的な気持ち、前向きに捉えるというか。この世のものはすべて“yes”だよね!という思いが詰まっています」
部屋に飾っておき、悩んだり、力をもらいたい時に眺めると頑張れる!そんな1冊になっている。
『LIGHT on LIFE』(2017年)すべての命が輝いていて、すべての命が必要
生き物たちの仲睦まじい写真が並んでいる。「命の輝き」というタイトルの通り皆楽しそうに生きている、ということを伝えたいのかと思ったが、少し違っていた。
「多様性です。この世の物ってすべておなじ命ですよね。野菜だってお金を払えば自分のものになるけれど、それも一つの命。すべての命が輝いていて、すべての命が必要なんだということを伝えられたらと思いました。この写真集には動物も植物も微生物も鉱物も入れていて、すべてにリスペクトしながら見て欲しいな、と思っています」
SDGsの観点からも「多様性」という言葉はよく耳にするし、よく使うようになった。が、本当の意味での「多様性」を感じられる写真集だった。
写真集を眺めながら1時間ほどのインタビューをさせていただいたが、作品や写真集に込められた想いやエピソードなどを聞いてから改めて眺めると、まったく見え方が違ってくるから面白い。
高砂さんは今、小笠原や沖縄など、日本の自然も含めた地球のさまざまな姿を、ち
取材・文/町田玲子(BE-PAL編集部)