どこの地域でも目立つようになってきた、広葉樹が赤く枯れてゆく「ナラ枯れ」問題。ネットニュースでは「トトロの森が危機!」「倒木の危険で公園封鎖も」といったセンセーショナルな見出しが躍る。どんな病気なのか。原因は何か。浮かび上がってきたのは、僕たちの森や木との付き合い方の変化だった。
ナラ枯れ問題から考える森と木との付き合い方
そもそもナラ枯れとは、どのような現象なのか。神戸大学名誉教授で森林病理学が専門の黒田慶子さんに尋ねてみた。
「カシノナガキクイムシ(以下、カシナガ)という小さな甲虫が木の中に持ち込む、ナラ菌(通称)という病原性のカビが原因です。カシナガは養菌性キクイムシというグループの昆虫で、この病原菌とは別の食糧用の菌を幹内で培養し、幼虫のエサにしています」
これがカシノナガキクイムシだ!
ナラ枯れはブナ科樹木のうち、ブナ属以外の樹種で発症するという。江戸時代にも虫害として記録があることから、在来の樹木伝染病と考えられている。
ナラ枯れが顕在化したのは’80年代末。まず福井県で発見され、日本海側の山形や新潟、さらに近畿でも報告された。’90年代初めまでは原因不明とされ、酸性雨や温暖化の影響という見方もあったが、黒田さんらの研究により、カシナガが持ち込むナラ菌が原因であることがわかった。
「広がり方が不思議でして。火の粉が飛ぶように隣の森に伝染したケースもあったとは思うのですが、この虫自体は飛翔力が弱く数十㎞以上の移動は難しい。イメージとしては同時多発的。もともとこの虫はどこにでも少数いたのだけれど、それまでは何らかの理由で枯死木が増えなかったのではと考えました」
ヒントとなったのが、散発的にあった1950年代までの発生記録だ。当時の資料には過熟薪炭林が虫害で枯れると書かれていた。薪炭林というのは普通15年から30年で伐採するが、枯れた林は何らかの理由により長期間伐っていなかった。
「過熟薪炭林とは育ちすぎた林という意味です。薪や炭は1955年頃からの高度経済成長期を機に使われなくなりました。それから60年以上が過ぎました。ナラ枯れが’90年代から多発するようになったのは、全国にあるかつての薪炭林が一斉に過熟したため、つまり里山の高齢化が背景として浮かび上がりました」
そう。ナラ枯れ問題の本質は、僕たちが木を燃料として使わなくなったことにあるのだ。
(構成/鹿熊 勤 写真/黒田慶子、矢島慎一、鹿熊 勤 BE-PAL 2023年2月号より)