「働きたい」「稼ぎたい」。旅暮らしからの一念発起
昨年、カヤックや自転車による約1年の海外放浪生活を経て、ある強い思いが心に芽生えました。
「いい加減、働きたい。稼ぎたい」
だけど恥ずかしながら、20代半ばにもなって、私にはこれといった職歴がありません。そうじゃなくても、履歴書を見た途端「今まであちこちフラフラ動き回ってるんだから、どうせすぐ辞めるだろう」と思われて、なかなか雇ってもらえないのです。
頭によぎるのは、学生時代のアルバイト先でのこと。
店長は新しいアルバイト希望者の履歴書を見比べながら、海外から帰国したばかりの人の履歴書をチラッと見て「この人はすぐにいなくなりそうだな」と冷たくつぶやいたのです。決められた仕事をこなすだけのアルバイトですら、「長く働けるかどうか」という点は、雇ううえでの絶対条件だったりするものね。
これでも、大学を出てちゃんと就活しようとした時期がありました。何社も何社も応募して、でも筆記試験でなかなか得点できず。それから面接だけで決まるような会社に応募して、ようやく漕ぎつけた二次面接。私は将来の目標を聞かれ、まったくその事業と関係ない「ライターになりたい。本を出したい」という極めて個人的な夢を一方的に語り、当然落ちました。
日本では、私はまったく使えない人材なんだ…。
だったらいっそ、海外で働いてみよう。
期限付きの短期労働でも、日本より時給が高い国へ行けば、いくらかお金が貯まるかもしれない。いちるの望みを託したのがニュージーランドでした。
ニュージーランドで仕事と住む場所み~つけた!
仕事はすぐに決まりました。剥製工房です。仕上げ作業でパテを調整したり、塗装をしたり、動物のハゲや傷跡をうまいこと誤魔化してきれいに見せる仕事です。
だけど困ったことに、この工房があるワナカという町は、近年、住宅需要が高まっていて、どうも家賃が高いらしいのです。
安いところでも、1週間で2万円から。普通の賃貸ではなく、こういう週ごとに賃料が発生する短期物件しかないのです。
だけど私はニュージーランドに来ることを決めたその時から、アパートを借りるつもりはありませんでした。長い放浪生活を経て、もはや屋根と壁のある生活に、一切の憧れを感じなくなっていたのです。
そこで私が住むことにしたのが、職場近くのキャンプ場「ラゲット・キャンプグラウンド」でした。
常に満員!?謎のラゲット・キャンプグラウンド
ホームページで地域最安値を謳うこのキャンプ場ですが、利用者のほとんどはキャンピングカーを置いて何年も住んでいる人たちです。オートキャンプ場は彼らによって埋まっていて、溢れた車、もとい家は、それぞれ敷地内の好きな場所に根をおろしています。洗濯機置き場の裏に住む人、プライバシーを求めて林の陰にぴったりくっつく人など、さまざまです。
しかし、いざキャンプ代金を支払いに行くと、管理小屋は無人。どうやら指定の封筒に入れて、郵便受けに投函するのだそう。そしてキャンプ場の諸々の決まりを記した張り紙に、衝撃的な一文を見つけました。
「町の条例により、キャンプ場に継続して滞在できるのは最大3ヶ月とします」
嘘でしょう。
だって、どのキャンピングカーも生活感があって、明らかにずっとここに住んでいる。
地元の人たちだって、「このキャンプ場のキャンピングカーは、もう何年もそのままの場所に停まってる」って言っていた。
実際にキャンピングカーから出てきた人に事情を伺ったところ、実はちょっとしたカラクリがあるそうで。どうやらここは、地元のクリケットクラブが競技用の広場として運営している土地の一部を、キャンプ場として整備し開放しているのだとか。だからキャンプ場としては最大3ヶ月というのが条例だけど、クリケットクラブの土地に住むパーマネントレジデンス(永住者)ということにして、みんな長く住んでいるのだそう。
なんだかよくわからないけれど、まさかそんなちょっとの裏技で解決するなんて。
私も、ニュージーランドで働く間はここに住もう。そう決めてテントを張ることに。
ここでの暮らしは、申し分ない毎日でした。
シャワーもいいけど、小川の水浴びも最高!
1NZドル硬貨で数分間お湯が使えるコインシャワーは水圧も温度もバッチリ。
すぐそばに小川が流れていて、暑い日にはホットシャワーより川で水浴びする方が気持ち良い。
Wi-Fiはなかったけれど、おかげで暗くなるころには自然と瞼が閉じて、毎日の生活に不満はありませんでした。
ニュージーランドには車中泊をしながら旅をする人がたくさんいて、ある晩、隣から聞こえてきたのは聞き覚えのあるヨーロッパ風の言語。これは、もしや、ドイツ語!?
ドイツ語といえば、去年ドナウ川下りの旅をしたときの始まりの国、ドイツです。話しかけてみると、なんと私がドナウ川下りで通過した小さな町が出身とのこと。
大陸から遠く離れた小さな島国ニュージーランドで、まさかこんな出会いがあるなんて。
交通が不便な田舎暮らしとはいえ、車を買うお金はないので、代わりに3,000円で中古自転車を買ったある日のこと。なんとその自転車は、ギアが壊れていました。すっかり足も疲れた帰り道、休憩がてらどこかおもしろい場所はないかと思ったころ、目の前に意外なものが現われました。
日本語で「ようこそ」と記されたウィンザー・ミアー・ファームとは?
そこにあったのは「ようこそ」の文字。フォントも自然なフォントです。気になって入ってみると、この農場のご主人のジョックさんが出てきました。だけど日本人は1人もいません。一体この場所は、何だろう。よくわからないままに、ジョックさんは私に尋ねました。
「君、ここに住まない?」
しかもなんと芝生の広場ではなく、「母屋に空いている部屋があるので、農場の手伝いをする代わりに無料で部屋を使っていい」と言うのです。
まさか、ニュージーランドで屋根と壁のある生活をするなんて。
もし買った自転車が壊れていなかったら、フラフラとこの場所を訪れることもなかったかもしれません。なんだか引き寄せられたような気がして、私はこの農場への引っ越しを即決しました。
仕事を見つけて働き始めても、こういう予期せぬ出来事に恵まれるのは、旅をしていたときとまったく同じ。旅するように暮らすことが、私の生活スタイルなのかもしれません。
東京で生まれ育った私にとって、農場で暮らすのは始めての体験です。自然と暮らす新生活で私は一体どれだけの学びを発見できるのか。ますます、ニュージーランドでの暮らしが楽しくなってきました。