シリウスの次に明るい1等星カノープスはラッキースター
立春を過ぎて、まだまだ寒いこの季節、南の空に注目してみてはいかがでしょうか。
まず、全天で2番目に明るい恒星、カノープスを探してみましょう。りゅうこつ座の1等星です。
天の南極寄りにあるため北半球では見づらく、残念ながら東北や北海道では見ることができません。が、新潟や福島以南では、全天で一番明るい1等星、おおいぬ座のシリウスと、二番目に明るいりゅうこつ座のカノープス、両方がギリギリ同時に見えています。シリウスからずーっと南に下りていったところに、もうひとつ明るい星があるのです。
地平線上ギリギリでやっと見えるために有り難みもひとしお。古代中国では「南極老人星」と呼ばれていました。一度でも見られると長生きできるといわれるラッキーアイテムのような星です。この季節、南の地平線が開けた場所に行ったときは、忘れずに探してみてください。
ところで、カノープスを擁する星座りゅうこつ座の「りゅうこつ」とは? 漢字では「竜骨」と書きます。船の屋台柱です。りゅうこつ座は、以前「アルゴ座」という名の大きな星座の一部が分離して、作られた星座です。
アルゴ座はギリシア神話に出てくる大きな「アルゴ船」に由来します。「りゅうこつ座」の生みの親はラカイユという、18世紀に活躍したフランスの天文学者です。ラカイユは、アルゴ座があまりに大きいので便宜上、竜骨、艫(とも)、帆の部分に分けて観察し、記録をつけていました。その部分名が、ラカイユの死後160年ほど後の1920年代、国際的な天文会議で現在使われている「全天88星座」に採用されました。その代わり、巨船アルゴ座は解体されてしまったというわけです。
解体されてもアルゴ船全体の図に変わりはありません。日本からだとわかりにくいですが、南の空を航海する雄大な船です。
南半球を飾る「科学の時代」到来を告げる星座たち
ふだん見ることのできない南天の空には、北半球の空とは異次元の星座がたくさんあります。
北半球から見える星座は、紀元前何千年も前の古代メソポタミアやギリシア神話に由来して作られたものが主役を飾っているのに対し、南半球から見える星座には18世紀以降に作られたものがたくさんあります。
りゅうこつ座の生みの親ラカイユは、旧アルゴ座が解体されるきっかけを作っただけでなく、らしんばん座、けんびきょう座、コンパス座、じょうぎ(定規)座、はちぶんぎ(八分儀)座、ろ(炉)座など14星座を作っています。
どれも何となく無機質で地味な印象ですが、これほど科学道具の名のつく星座が作られた背景には、ラカイユが生きた18世紀の科学の時代があります。
ニュートンが万有引力を発見したのは17世紀のことです。18世紀、フランス革命前夜は、科学がめざましい進化を遂げていきました。不可解なものを迷信ではなく、科学で解明できると考えられ始めた、科学が明るく輝いていた時代です。
当時のフランスの哲学者や科学者は、そうした科学的な考え方を市民も学び、理解するべきだという、いわゆる啓蒙意識が強かったようです。天文学者のラカイユも同様。そこで、科学の象徴ともいえる顕微鏡やコンパス、定規などの道具を次々と星座にして星空に上げたのでしょう。
18世紀には、すでにめぼしい星は星座になって成立していたため、暗い星しか残っていませんでした。そのため、ラカイユが作った星座はどれも暗い星ばかりで目立ちません。それでもこうした時代背景を知って見上げてみれば、そこに科学の明るい光が感じられる…かもしれませんね。
ラカイユが作った星座に、もうひとつ注目すべき星座があります。テーブルさん(山)座という、南アフリカに実在する山をモチーフにした星座です。ケープタウンの南に位置し、山頂がテーブルのようにフラットなところからテーブル山と名づけられたようです。全天88星座あるなかで、実在する地形を扱った唯一の星座です。
18世紀、南アフリカのケープタウンは天文学の観測地のメッカであり、ラカイユもここで観測を続けていました。そんな時代をうかがい知れるテーブルさん座ですが、星座の中で一番明るい星が5等級と、全天でいちばん暗い星座でもあります。日本では知る人も少ないと思いますが、テーブルさん座、ぜひお知りおきください。
馬の脚の一部だった「みなみじゅうじ座」が「ケンタウルス座」から独立したわけ
南半球には、北極星(こぐま座のアルファ星)にあたる、「南極星」がありません。正確には2017年に、ポラリス・アウストラリス(南極星)と命名された星があります。先ほどから活躍中のラカイユ作成の星座「はちぶんぎ座」の星です。ただ、それが5.5等級とかなり暗い上に、北極星ほど天の極に近くもない…ということで実用性としてははなはだ心もとない星です。
では、南半球では方角を知るのに何を目印にしたらいいのでしょうか?みなみじゅうじ座の十字形です。十字形の南北2つの星を結んだ距離を4.5倍、伸ばすとほぼ天の南極になります。
みなみじゅうじ座は1等星を2つもつ、南半球を代表する美しい星座ですが、以前はそのお隣で弓を引く、半身半馬のケンタウルスの脚の一部分でした。それがみなみじゅうじ座として独立したのには、ケンタウルス座が大きすぎるという理由もあったかもしれませんが、天の南極を指し示す重要な役目を持っていたからと考えられます。
それにしても、みなみじゅうじ座が分離する前のケンタウルス座は1等星を4つも従えた実に豪華な星座でした。しかも、その西側には、はじめにご紹介したカノープスが属するりゅうこつ座などが構成する、旧アルゴ船が航海中です。このように旧アルゴ座と旧ケンタウルス座を並べてみると、こんな感じ。星空のかなりの部分を占有していますね。
南半球で見るカノープスは「老人星」とは呼ばれていません。シリウスのようにギラギラ輝いています。まだまだ寒い日が続きますが、はるか南の空のアルゴ船とケンタウルス、南十字星を想像しながら、カノープスを探してみるのも一興です。グッドラック!
構成/佐藤恵菜