地域とともに生きるクラフトビールが増えている。まちの持続性を考えるクラフトビールブルワリーが注目されている。旅先でそんなブルワリーに出逢いたい。福岡県宗像市に団地の再生プロジェクトから生まれたブルワリーがある。ひのさとブリュワリーの醸造長、馬込賢太郎さんに話を聞いた。
九州最大規模の集合住宅「日の里団地」とは?
福岡県の西部に位置する宗像市に、九州で最大規模の集合住宅「日の里団地」がある。高度成長期の真っ最中、昭和40年代から開発され、約70棟の団地と約3000戸の戸建て住宅が建ち、「日の里」というひとつの町が誕生した。北九州市と福岡市の間にベッドタウンとして開発されたこのエリアに、最盛期には約2万人の住民が暮らしていた。内陸であるが、西に行けば玄界灘。農業も漁業も盛んな地域だ。
半世紀が経って2018年。住民の高齢化、建物の老朽化。全国で見られる課題は、この日の里団地でも顕著であった。高齢化率は35%に上る。
団地の元48号棟をコミュニティスペースに改造
日の里を次の時代に残せないか……。「住み続けたいと思えるまち」をめざして、宗像市は建設会社やインフラ事業会社など12社の共同企業体と「日の里地区まちづくりに関する連携協定」を結び、再生事業をスタートさせた。「さとづくり48」と呼ばれるプロジェクトだ。中心になったのは、九州のガス会社西部ガスと建築や緑化資材を扱うグリーンインフラ事業の東邦レオ。
住民減少を受けて団地10棟を解体することが決まった。が、そのうち1棟を住民のコミュニティ施設「ひのさと48」として残そうという話にまとまった。48という数字は、それが48号棟だったことに由来する。
101号室に入居した「ひのさとブリュワリー」
「ひのさと48」はコミュニティスペースである。どんな施設にするのかは、利用者である住民の意見が優先される。そして「ひのさと48」の101号室に入居したのが、ひのさとブリュワリーだ。2021年5月にオープンしている。
なぜブルワリーが選ばれたのだろうか?
プロジェクトの立ち上げメンバーかつ東邦レオの社員、現在ひのさとブリュワリーの醸造長でもある馬込賢太郎さんにたずねた。
「再生事業には、<ひのさと48>の拠点になるコンテンツが必要です。住民は高齢の方も多いので、いかに無理なくストレスなく足を運べるスペースにするか。当初は銭湯にする案もあったそうですよ。海外の町再生事業もいろいろ調べてみました。すると、ブルワリーが町の拠点になって住民にも溶け込んでいる事例がたくさんありました。チームメンバーといろんな案を検討した末、クラフトビールブルワリーがいけるんじゃないかと。ぼく自身、クラフトビールが大好きだったのでうれしかったですね」
団地再生計画にブルワリーを取り入れるという案は、当時の日本では例を見ない画期的なアイデアだった。「せっかく再生するのだから、どこもやっていない新しいコトをやろう」という気概に溢れ、住民にも受け入れられた。
3LDKのダイニングキッチンをブルワリーに
ひのさとブリュワリーが入る 101号室は約50㎡の3DK。昭和40年代の団地らしい間取り。ダイニングキッチンのスペースがブルワリーに、2部屋を販売所に、風呂場を倉庫に使っている。50㎡では狭かろうと思うが、102号室とつなげたくても、壁式構造という堅牢な工法で造られているため壁が抜けないそうだ。さすが団地である。
隣の102号室にはDIY工房、103号室は地産地消のカフェ。ひのさとブリュワリーのビールが飲める、タップルーム的なカフェになっている。このほか「ひのさと48」には保育所や社会福祉施設、料理室、音楽室などなどが“入居”している。
カフェを訪れる多くは団地の住民だそうだ。ビール製造量は年間約6,000リットルと少ないため、ほとんど地元で売り切れることに。日の里エリアでつくられる、日の里エリアのための、日の里のビールなのだ。
宗像産の二条麦100%で造るビール
宗像市がビールの原料である二条大麦の国内有数の生産地であることは、あまり知られていないと思う。福岡県の朝倉市にキリンビールの福岡工場があり、宗像市産の二条大麦を使ったビールを製造している。
ひのさとブリュワリーの準レギュラーともいえる「さとのBEER」(セゾン)の原料には、宗像産二条大麦が100%使われている。主原料の大麦が地元産というブルワリーは、現在約700を数えるクラフトブルワリーの中でも激レアである。二条大麦が通年で安定供給される保証はないため「定番」とは言い切れないが、ひのさとブリュワリーの第1号ビールであり、フラッグシップ的なビールである。
ビールを通した地産地消の取り組み
ひのさとブリュワリーは、地元の食材を積極的に取り入れる。たとえば、「塩レモンのゴーゼ」は、日の里エリアから西へ10キロほど先にある玄界灘に浮かぶ大島の塩とレモンを使っている。この塩は、大島が宗像市に合併する前の最後の村長だった河辺健治さんがつくっている。通称、“塩爺”だ。
宗像市では、甘夏、ネーブル、キンカンなど柑橘類のほか、桃やマンゴー、山椒やブラックペッパーなどスパイス類も収穫される。規格に合わないなど市場に出せない農産品を買い取ってビールの原料に使っている。さながらフルーツパークである。
「え?宗像で塩をつくっているの」「宗像でマンゴー、できるの?」。長年住んでいる地元の人も、地元で採れる食材を意外と知らなかったりする(市町村合併の影響はあるかもしれないが)。ビールを通してそんな地元の食材を知ってもらうことも、ひのさとブリュワリーは狙っている。ラベルを「塩爺の似顔絵」にしているのも、宗像大島で天然塩がつくられていることを伝えるためだ。
「マンゴーって摘果(間引き)が多いんですよ。農家さんも“もったいない”と嘆いておられるので、うちで使わせてもらっています。うちは小さなブルワリーです。大きな鍋で、大きなシャモジでかき回しながらつくるような手作りに近い製法なので、いろいろと融通が利くんです」と馬込さん。
この量のマンゴーならこのタイミングで入れようとか、この果物ならこのスタイルにしよう……とか、あるものに合わせて造り方を調整できる。マイクロブルワリーのいいところだ。
ブルワリーが新しい文化を育てる町
規格外品や余剰の農産品を利活用するブルワリーは全国的に増えている。ひのさとブリュワリーの場合、さらにもう一歩進み、その生産者にブルワリーへ入ってもらい、どんなビールにしようかね?と相談しながらビール造りを楽しんでいる。
団地でホップを栽培!?
さらに驚いたことに、ひのさとブリュワリーはホップを栽培している。ホップは寒い地域で栽培されることが多い。日本では北海道や東北、山梨県や長野県で生産されている。
しかし馬込さんは「団地のみんなで栽培できるなら」と、2022年の春にホップの苗を団地の壁沿いのスペースに植えた。ホップはつる性多年草の植物で、上へ上へとぐんぐんつるを伸ばす。ホップ畑なら5m以上の支柱を立ててつるを絡ませる。しかし、ひのさとは地の利を活かした。なんと、団地の壁につるを伸ばしたのだ!
住民らが集まって育て、収穫する。ホップ栽培は馬込さんが考案した団地イベントともいえる。昨年は鍋1杯のフレッシュホップのビールが仕込まれ、みんなでおいしくカンパイしたそうだ。自分たちで収穫したホップの、出来たてビールはさぞおいしいだろう。
めざすは“日本一ビールリテラシーの高い団地”
このように、ひのさとブリュワリーは、地域の住民のコミュニケーションツールとしてのビール造りに徹している。
もちろん、おいしいことが前提だ。だから馬込さんは、おいしさを追究するため、また地元の人にそれを知ってもらうためにビール品評会に出品している。2021年のインターナショナルビアカップでは「甘夏ベルジャンホワイト」と「アンバーエール」が入賞を果たした。
「ブルワリーがひのさとエリアの文化として根づいてくれれば」と馬込さんは期待している。
毎週日曜日、ゲートボールの帰りにカフェに寄ってくれるおばあちゃん。ビール好きの家族や友だちに贈るお土産にとビールを買って行く住民。「最近、ビールに詳しい人が増えてきました」と馬込さんはうれしそう。めざすは“日本一ビールリテラシーの高い団地”だとか。
今は日の里エリアの外に住んでいるが、上の写真のパンダやコアラ見たさにブルワリーを訪れる人もいるという。50年前に建てられた団地には、人々の記憶が宿っている。
「団地って記憶の集積地でもあるんですよね」
日本全国に建てられた団地。高度成長期の象徴のような住宅地。たしかに古い。人も減っている。しかしそこに残るのは懐かしさだけではないはずだ。
昔のものをメンテナンスしながら再構築し、今の生活に合わせて利用していく。「ひのさと48」の取り組みは、老朽化と高齢化に直面する団地の社会実験といえるだろう。ひのさとブリュワリーは団地再生プロジェクトの最前線ブルワリーである。
ひのさとブリュワリー
福岡県宗像市日の里5-3-98 48号棟 101号室
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