地域とともに生きるクラフトビールが増えている。まちの持続性を考えるブルワリーが注目されている。旅先でそんなブルワリーに出逢いたい。岐阜県瑞浪市の釜戸に、知る人ぞ知るブルワリーがある。名ブルワー丹羽智さんが醸造長を務めるカマドブリュワリーだ。
名ブルワーと若者の思いから生まれた「カマドブリュワリー」
JR東海・中央線の釜戸駅。筆者が訪ねたのは早春の日曜日の昼過ぎ。駅の事務所に駅員の姿が見えたが、ふだんは基本的に無人駅らしい。そこから歩いて3分ほどの住宅街に、白いプレハブが現れた。2020年にオープンしたカマドブリュワリーと、隣接するビアバーHAKOFUNE(ハコフネ)だ。
クラフトビールファンなら気になる存在に違いない。醸造長は日本のクラフトビール界を牽引してきた名ブルワーの丹羽智さん。1990年代からビールづくりの模索を重ね、アウトサイダーブルーイング(山梨県甲府市)、WEST CAOST BREWING(静岡県静岡市)などの醸造長を歴任。醸造技術を学ぶ場の少ない日本で、数多くのブルワーを育ててきた。
丹羽さんの故郷は岐阜県の中津川市。釜戸と同じく東濃エリアだ。「ゆくゆくはふるさとでビールづくりを」と考えていたそうだ。そのきっかけをつくったのは地元の若者だった。
カマドブリュワリーを運営する東美濃ビアワークスの代表、東恵理子さんと、醸造長の丹羽智さんに話を聞いた。
東さんはブルワリーに関わる前から、まちづくりの仕事をしてきた。JICAの海外協力隊でバングラデシュに赴任し、コミュニティ開発に取り組んできたという経歴の持ち主。日本に戻ってからは、各地で持続的に活動できるまちづくり会社を設立する仕事に就いた。
「いつかは地元で。まちづくり会社をつくって独立」と考えていたそうだ。東さんのふるさとは、カマドブリュワリーのある釜戸である。人口2,500人弱(2023年3月)。高齢化率は4割を超える。まず考えなければならないのは、何をまちづくりの核にするかであった。
2018年、地元の陶芸家たちと開いた交流会「ビールの会」に東さんが参加したときのこと。東濃活性化アイデアが飛び交った。東濃(岐阜県の土岐市、瑞浪市、多治見市、恵那市、中津川市の東部)は美濃焼の一大生産地だ。美濃焼と一口にいってもいろいろで、陶芸家も多様なら、その作品も多様である。美濃焼のタンブラーとビールを組み合わせたらどうか。ブルワリーと美濃焼の窯元を回るツアーができないか……。
丹羽智さんという著名なブルワーが中津川出身であることも話題に上った。東さんは当時、山梨甲府のアウトサイダーブルーイングで醸造長を務めていた丹羽さんを訪ねた。「いつか、東濃でビールづくりができたらいいですね」。そんなことを飲みながら話したという。もしも地元にブルワリーがあったら……その希望は案外、早く実現した。
地元の素材や観光名所を生かしたビールとは?
丹羽さんは2019年、静岡県静岡市の用宗にWEST CAOST BREWINGを立ち上げ、その名のとおり、本格的なアメリカン・ウエストコーストIPAで注目を集めていた。しかし2020年、丹羽さんは東濃へ戻る。“人生の集大成”のつもりでカマドブリュワリーの醸造長に就いた。ブルワリーの場所は、東さんの地元の釜戸で探した。
釜戸は甲府よりも静岡よりもはるかに田舎にある。人通りもまばらな町でブルワリーを開業することについて丹羽さんは、「お客さんは全国にいる。おいしいとわかれば、山奥のソバ屋さんまで人が来る時代。特別に心配はしていませんでした」と話す。実績と自信と。実際、カマドブリュワリーへは遠方からクラフトビールファンがやって来た。
鮎のだし、シイタケ、御神木の大杉、もみじの葉っぱが原料に
1990年代の、地ビール解禁時代からクラフトビールを造りつづけてきた丹羽さん。これまでもその土地の産物を活かしたビール造り(山梨では桃やぶどう)に取り組んできた。釜戸でも地元の素材を果敢に取り入れている。
土岐川の鮎、山のシイタケ、山椒、神明神社の御神木の大杉、もみじの葉っぱのエキスなど、それらは意外性にあふれている。
「鮎のだし、シイタケのだし。こうしたものが日本食と合うビールづくりにつながっていくと思います」
醸造歴26年の大ベテランが、新しい素材を手にして、わくわくしながら新たなビール造りに取り組んでいる。「クラフトビールって終わりがない。ホップも酵母も、どんどん新しいのが出てくるし、新しい製法も生まれる。いつまで経っても完成というものがない。それが楽しい」と語る。
まるで観光ガイドのようなラベルやネーミング
変わっているのは素材だけではない。ラベルやネーミングにも注目だ。
たとえば、「竜吟の滝IPA」。釜戸駅から歩いて20分くらいの所に竜吟の滝という観光名所があるのだ。このあたり一帯は竜吟峡と呼ばれ、大小7つの滝があり、ハイキングコースとして人気だ。温泉もある。釜戸駅から徒歩30分ほどの白狐温泉にちなんで「白狐の泉ヴァイツェンボック」というビールもつくった。
クライミングスポットもある。ブルワリーの西の方に、ロッククライマーの聖地と呼ばれる「屏風岩」がある。そのクライマーの姿をラベルにしたWIPA「KK(きっつぅ)IPA」もつくった。
「ゆくゆくはRPGのように、ある場所に行ったらあるビールが飲める、みたいなゲームができたらいいなと思っているんです」(東さん)。実現したら日本初だろう。
屏風岩のロッククライマーたちが、帰りにビアバー・ハコフネに寄って飲んで帰る。彼らもビール好きなのだろう、新たにつくったクライミングルートを「カマドブリュワリー」と名づけたそうだ。夕陽に照らされた岩肌の様子がビールに似ているらしい。
さらに、化石ファンの間でも釜戸の名は知られている。昨年6月、パレオパラドキシアという約2000万年~1100万年前まで生きていた海洋哺乳類の全身骨格が発見された。ジュゴンに似た大きな生物と推測されている。
こんな本州のど真ん中も海だったのかと驚きつつ、カマドブリュワリーはさっそく「パレオパラドキシア」と名づけたIPAをつくった。他にもデスモスチルスという恐竜のような古代生物の化石が見つかっており、こちらもIPAになっている。ビール造りをおいしいだけでなく、まちの活性化につなげたい。それがストレートに伝わってくる。
「まだまだいろいろあるんですよね、おもしろいものが。私たちは一度、東濃を離れているので、それがわかるんです。ビールを通してそれらを再発見して、ラベルやネーミングにして伝えていきたい」と話す東さんから“地元の楽しさ”が伝わってくる。
ブルワリーがある町に住みたい!「ビール移住」が始まっている
3年前にカマドブリュワリーがオープンしてから、町にどんな変化があっただろうか。釜戸に戻った東さんは、思っていた以上に空き家が多いことに気づいた。
この空き家を何か利用できないか?
2022年、町の有志と空き家活用チームを組んで移住促進に乗り出したところ、東さんの東京時代の同僚がアシスタントブルワーとしてやってきた。ビアバー・ハコフネの常連客だった30代の夫婦が釜戸に移住してきた。なんと、1年で13人が移住してきた!
ここにはビールがある。空き家がある。滝があり、温泉があり、クライミングルートがあり、パレオパラドキシアの化石がある。鮎がいる。美濃焼タンブラーで飲める。
「ブルワリーにお客さんが来てくれる。移住者まで来てくれた。町の雰囲気が変わって来たと思います。やはり人の行き来があると、違いますね」と言う丹羽さんの言葉に実感がこもる。
昨年はブルワリーでビアフェスを開いた。丹羽さんの元弟子が6人も駆けつけてくれ、おかげで各地のビールが楽しめるフェスに。釜戸の町でビールファンとアウトドア系の人と町の人がいっしょにビールを飲むことなど、これまでなかった。今年も4月22日と10月21日に開催する予定だ。
そして今年は3月に、釜戸の駅前で初めてビア&フードフェスが開かれた。
10年以上を経て地元に戻ってきた名ブルワーと、まちづくりに本気で取り組む若者が、人口約2,500人の町にブルワリーをつくった。地元の名所名物を載せたラベルが釜戸をアピールしまくっている。
移住者が来た。釜戸の町で初のフェスが開かれた。おいしいビールは、まちを元気づける。今それを岐阜県の釜戸が実践して見せている。
「いまゲストハウスにできる物件を探しています」と、次なる計画に着手する東さん。実は今のところ、釜戸に泊まれる宿がない。ゲストハウスがあればビアバーで心置きなく飲める。きっと釜戸ファンから待たれている。
カマドブリュワリー
岐阜県瑞浪市釜戸町3154-3
https://camado.jp