北アイルランドの男子小学校が舞台
北アイルランドのベルファストに、「哲学」を主要カリキュラムにしているユニークな学校があります。そのホーリークロス男子小学校を舞台に、ケヴィン・マカリーヴィー校長と子どもたちとの対話と学びの日々を追ったドキュメンタリー映画『ぼくたちの哲学教室』が、日本でも公開されます。
北アイルランドでは過去の歴史的な経緯から、プロテスタントとカトリックの宗教的対立、あるいはリパブリカン(アイルランド全島での独立派)とユニオニスト(現状のイギリスでの連合維持派)との政治的対立が根深く、幾度も流血の惨事を招いてきました。ベルファストの街には、プロテスタントの住民とカトリックの純民の居住区を隔てる分離壁「平和の壁」が、今も残っています。こうした社会の分断が招いた混迷と荒廃の影響で、この街の青少年の自殺率は、ヨーロッパでもっとも高い水準にまで達してしまっています。
ホーリークロス男子小学校に入学してくる子どもたちも、北アイルランドが抱える社会の分断の影響を、少なからず受けてしまっています。ケヴィン校長自身にも、若い時に怒りと暴力ですべての困難を解決しようとしてきた、苦い経験がありました。
子どもたちがこれからどんな困難に直面しても、負の感情を自らコントロールし、進むべき道を選ぶことができる力を身につけてもらいたい。ケヴィン校長はそう考え、小学校で「哲学」の授業を取り入れることにしたのです。
ある日の授業で、ケヴィン校長は「他人に嫌なことをされたら、相手に怒りをぶつけてもいいか?」という問いを提示しました。子どもたちは手を挙げてそれぞれの意見を述べ、コンセプトマップ係の生徒が書き留めたそれらの意見について、全員で議論をしていきます。
「ソクラテスの仲間」という役割を担当する生徒は、その議論で良かった点や改善すべき点を指摘します。こうした「対話」によって、子どもたちは自らの考えを深め、大人たちからの押し付けではない、彼らなりの「哲学」を見出していきます。
ホーリークロス男子小学校では、授業以外の学校生活の場で起こる子どもたち同士のトラブルや、一人ひとりの子供が抱えている悩みごとの緩和にも、「哲学」の考え方を用いています。
ケヴィン校長をはじめとする先生たちは、それぞれの子どもたちとさりげない「対話」をくりかえすことで、その子にとって何が問題なのか、どうすればその原因を取り除けるのかを、自ら見出していけるように、少しずつ促していきます。
北アイルランドでは、小学校を卒業する時期に実施される試験で、学力重視の中学校か、実践志向の中学校のどちらに進学できるのかが決められる制度があります。ホーリークロス男子小学校の子どもたちは、ベルファストでもとりわけ困窮している地域にある学校にもかかわらず、平均の倍以上の合格率を記録しているそうです。
もちろん、学力だけで人間のすべての価値が決まるわけではありませんが、ケヴィン校長と先生方による「哲学」と「対話」を重視したチャレンジは、子どもたちが自ら考え、判断し、行動するための力を、着実に引き出していると言えるでしょう。
北アイルランドだけでなく、世界各地で、あるいは日本でも、社会でさまざまな分断が生じてしまっている今の時代。私たちもまた、ケヴィン校長と子どもたちから、多くのことを学ぶべきなのかもしれません。
『ぼくたちの哲学教室』
監督:ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ
出演:ケヴィン・マカリーヴィーとホーリークロス男子小学校の子どもたち
日本語字幕:吉田ひなこ
字幕監修:⻄山渓
後援:駐日アイルランド大使館/ブリティッシュ・カウンシル
推薦:カトリック中央協議会広報
配給:doodler
配給宣伝協力:エスパース・サロウ
宣伝:リガード
2021/アイルランド・イギリス・ベルギー・フランス/英語/102分/カラー/16:9/5.1ch/ドキュメンタリー
原題:Young Plato
© Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin dʼoeil films, Zadig Productions,MMXXI
2023年5月27日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー
映画公式サイト
youngplato.jp
※文・山本高樹(著述家・編集者・写真家)