アウトドアファンのみならず、多くの人に愛されるようになったモンベル。日本人の心と体にフィットするモノ作りとは? アウトドアライターのホーボージュンが、大阪にあるモンベル本社を取材。開発現場の模様をレポートする!
まずは企画部へ突入して開発の秘密を探った
ウェアにギアに、膨大な数の自社製品を取りそろえるモンベル。毎年のように新製品を発表しているが、その中には「スパイダーバッフル」のような画期的な発明も数多い。いったいその開発力の秘密はどこにあるのだろう。それを探るべく、僕は大阪のモンベル本社に潜入し、まずは製品開発の本丸である「企画部フロア」に突撃した。
「いったいアイデアの源はどこにあるんですか?」と詰め寄る僕に、企画部の三枝弘士さんは「個別の製品開発担当者が提案することもありますが、ウチの場合は『アイデアリクエストフォーム』から生まれることも多いんですよ」と教えてくれた。
これは社員はもちろん、全国に125店舗あるモンベルストアのスタッフや野外イベントに携わるガイドまで、同社で働くすべての人からアイデアや提案を受け付けるシステム。まさに、現場を知る人の経験が商品企画につながっているわけだ。
「これを元に企画会議で検討や議論が行なわれるのですが、さまざまな立場や視点からアイデアが寄せられるのが強みです」
会議を経て正式にゴーサインが出るとまずはサンプルを製作するのだが、それをほとんど外部に出さず部内で行なってしまうのがすごいところ。フロアには「サンプルルーム」と呼ばれるスペースがあり、専門のパタンナーと縫製スタッフが常駐している。
ジュン’s check❶ サンプルルーム
「担当者から持ち込まれたアイデアやリクエストをCADシステムを使ってパターン(型紙)に落とし込み、棚にストックされている最新素材を裁断してすぐにその場で縫製します」
また、ここには工業用ミシンだけでなくゴアテックスの防水処理を行なう専用シーラーや積層式の3Dプリンターなどもあり、ウェアだけでなくザックなどの立体縫製品やハードウェアのモック製作もできちゃうのだ。
アイデアを速攻で具現化します!
サンプルルームには頼れる試作スペシャリストが大勢いた。
サンプルを作ったらテストも部内で行なう
さらにすごいのはサンプルの強度や耐久性を試す「テストラボ」が併設されていること!
ラボには引き裂き強度や耐水圧テストなど各種の試験機械がずらりと並び、客観的なデータがすぐに収集できる。中でも面白かったのが「ジャングルテスト」と呼ばれるものだ。この装置内部は気温70度C・湿度95%という苛酷な環境で、ここにサンプルを何週間も、ときには何か月間も閉じ込めておくそう。
この日も庫内では哀れなサンプルたちが拷問を受けていたが、そのなかに厳冬期用の雪山ギアがあったのでびっくり!
「なんでこんな熱帯ジャングルに××(秘密)がいるんですか!?」と聞いたら「使うのは雪山ですが、輸送中のコンテナや販売店さんの倉庫、ユーザーさんの保管場所や車内などでは高温多湿に晒される可能性もありますよね。なので、あらかじめ接着強度やコーティングの劣化を試しているんです」とのこと。新製品の開発ってほんとにタイヘンなんですね……。
にもかかわらず、モンベルでは企画の立ち上げから実際のローンチまでの期間は2年ほどしかかからないそうだ。
こういった企画開発の速さや怒濤のアイテム数が「社内で試作し、すぐテストできる」という環境にあるのは間違いない。僕が突き止めたモンベルの秘密はこの“現場力”なのであった!
社内で試作し、すぐテスト! その"現場力"が強みなのだ!
ジュン’s check❷ テストラボ
テストのための専用機械がいっぱい!
摩擦堅牢度テスト
耐揉みテスト
耐水圧テスト
圧縮・引っ張りテスト
商品開発はこうして行なわれている
※あくまで一例です。
アイデアリクエストフォーム
モンベルで働くすべての人から新製品アイデアを受け付ける。
↓
企画会議
アイデアを元に、各部署の担当者が集まって製品化の会議。
↓
試作
生地と工業用ミシンが多数あり、ここでサンプルを作る。
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テスト
テストラボとフィールドで、厳しいチェックにかける。
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製品化へ
企画から製品化まで2年ほど。現場の対応力がとにかく高い!
ホーボージュン、辰野岳史“社長室”も訪問
社長室はこちら。
社長室はアウトドア少年のおもちゃ箱だった!
いったいここはどこ?
こ、これはJ37じゃん!
子供のころのスキーウェア発見!
まるで友人のガレージに遊びにきているみたいだ
社長室に入ったとたん、会議机の上に置いてあるジープのミニカーに目が釘づけになった。
ホーボー(以下、ホ)「こ、これってJ37ですよね?」
思わずそう口に出た。
辰野岳史社長(以下、岳)「えっ? よくご存じですね」
ホ「僕、昔乗ってたんですよ」岳「そうなんですか!」
これを聞いたとたん、岳史社長の瞳がキラッと輝いた。
岳「僕はJ58に乗ってるんですよ。父(辰野勇会長)が若いころに中谷三次さん(会長のアイガー北壁時代のザイルパートナー)から譲り受けた車両を、自分でレストアしたんです」
そういうとスマホに入っている古いジープの写真を見せてくれた。丁寧な板金やワンオフで作られたオールドスクールなパーツにちょっとビックリ。聞くと社長は2000年にモンベルに入社するまで、自動車カスタム業界にいたそうだ。どうりで仕様がマニアックなわけである。
これをきっかけに僕らはクルマ談義ですっかり盛り上がってしまい、なかなか本題の社長インタビューに進まない。ついにはそれを見かねた広報担当者が「こちらが最近社長が手がけた製品になります」とフォールディングファイヤーピットを持ってきて先を促すことに……。これは二次燃焼を利用した高効率な折りたたみ式焚き火台で、僕も普段から愛用している。
ホ「これ、エアインテークの設定が難しくなかったですか?」
岳「そうなんですよ~! こういった燃焼系ギアはやっぱり空燃比(空気と燃料の比率のこと)がキモですからね」
そこからまたもや話が脱線し、古いダットサントラックに空燃比メーターを取り付けてキャブレターセッティングに励んでいるとか、ハーレーにFCRキャブを入れてみたとかで大いに盛り上がる。社長室にいるというより、友達のガレージにでも遊びにきているみたいだった。
ふと閃いたアイデアをすぐに具現化できる環境
それにしても岳史社長はメカいじりが大好きだ。社長室の隅には工具箱と作業台が置かれていて、自分で試作ができるようになっている。発想や着眼点もユニークで、例えば社長が手がけた「マルチフォールディングテーブル」は、子供が足を差し込みやすいようにX型の脚にした結果、天板の高さが変えられるようになった。
さらにこのテーブルの天板には天然木ではなく樹脂にプリントを施した特殊素材を採用することで、裏返して取り付けると色味と雰囲気がガラリと変えられるようにもなっている。
岳「この天板はじつはハニカム構造で作られているんですよ」
ハニカムというのは蜂の巣の六角形構造を模した形状で、軽くて強度に優れるため航空機やレーシングカーに使われる。
ホ「なるほど! どうりで薄いのにトーション(ねじれ剛性)がやたらと高いわけですね」
岳「本来は壁や什器に使う建築資材なんですよ。僕はモンベルショップの店舗デザインをやっていた時期があり、そのときに使った材を思い出したんです」
思いつきやアイデアをすぐに試せるのがモンベルの強みである。そのときも社長室から内線で店舗担当者に連絡し、建材を手元に取り寄せ試作したという。開発現場取材でも紹介しているように、こういったプロトタイプの試作からテストまでを社内で行なえるから次々とアイデアを試してみることができる。
そして製品開発にあたっては企画開発チームだけでなく、社長みずからが自分の手を動かして試行錯誤してみる。それは“辰野家”の伝統でもあるのだ。
父は糸偏のモノ作りが、僕は金偏のモノ作りが得意
岳「僕のモノ作りの原点は子供たちが眠ってからひとりで自宅ガレージに籠もり、クルマいじりや工作をしている時間に今でもあるんだと思います」と笑う。
ホ「わかりますよ。その感じ」
岳「父はミシンが踏めるのでウェアやシュラフなどの“糸偏”のモノ作りが得意でしたが、僕はかつて自転車少年だったり仕事でスパナやペンチを手にしていたバックボーンがあるせいか、どちらかというとハードウェアを中心とした“金偏”のモノ作りが得意なんです。でも、エンジニアとしてのモノ作りはウェアにも入ってきていますね」
2025年にモンベルは創業50周年を迎える。半世紀をかけて培った糸偏と金偏のモノ作り。今後はこの両輪を駆使した新世代のアウトドアギアの創作に期待したい。
※構成/ホーボージュン 撮影/奥田高文
(BE-PAL 2023年4月号より)