1986年、インド。やんちゃ盛りの5歳、サルー少年は大好きな兄の仕事にくっついて夜の駅へ。回送列車へ一人で忍び込んだあげくに眠りこみ、目を覚ましたときには故郷の駅は遥か彼方。「兄ちゃん、助けて!」――数日間ノンストップで走り続けた列車はやがて大きな駅に到着、誰も知らない大都市にひとり取り残されたサルーは、人込みで茫然と立ちすくむ。
2008年、オーストラリア。養父母の元を離れて、メルボルンの大学でホテル経営を学ぶサルー。懐かしいインドのお菓子を見た瞬間、あの日、別れ別れになった兄の姿が脳裏に浮かぶ。家族に会いたい! Google Earthを使った故郷探しが始まる……。
アカデミー賞6部門にノミネートされた現代版「母をたずねて三千里」ともいえる映画『LION/ライオン ~25年目のただいま~』は、これが実話!? と驚かされる人間ドラマ。迷子になったのは5歳だったため、サルーは住んでいた町も母の名前も自分の苗字さえ記憶が曖昧。手がかりは列車に乗り込んだ駅の近くに給水塔があったこと、列車に乗っていたのは2~3日間、うろ覚えの故郷の名前、母は近くの岩山で働いていたこと。具体性にかけた記憶の欠片をヒントにGoogle Earthを駆使し、25年間迷子だった男が故郷を探す。
そう聞いて、なるほどこれは実話を元にした感動の再会ものか! と思うのは早とちり。映画の前半、大都会でひとりぼっちになったサルーの気持ちを、観客はまず体感する。インドで突然にストリートチルドレンになった圧倒的な孤独と不安。それから20年ちょっと経ち、溌剌とした青年に成長したサルーが登場。
『キャロル』のルーニー・マーラ演じるルーシーと出会う。その出会いと互いに惹かれ合う瞬間、想いを確かめ合って至福のときを過ごす恋の悦びと愛する人と心がすれ違うことの厳しさ、それぞれのエピソードはとても気が利いていて、ラブストーリーとしても心惹かれる。
そうして物語のクライマックスである、サルーの故郷探しが始まる。そこからのミラクルは、ぜひ映画館で体感を。さすがなのはサルーの養母を演じるニコール・キッドマン。なぜ彼女がサルーの育ての親となったのか? その理由を語る数分の演技で一瞬にして場をさらう。25年間迷子だった男が故郷を探す物語――そのシンプルな構造と、それを構成する滋味深いエピソード。その化学反応の奥行きが深いからこそ、見る者の心を強く捉える。
『LION/ライオン ~25年目のただいま~』
(ギャガ)
http://gaga.ne.jp/lion/
●監督:ガース・デイヴィス ●出演:デヴ・パデル、ルーニー・マーラ、デヴィッド・ウェンハム、ニコール・キッドマンほか
●4月7日からTOHOシネマズみゆき座ほか
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◎文=浅見祥子