気候変動の影響はビール界にも大きな影響を及ぼしている。暑い日が増えて売り上げアップ!! という話ではない。ビールの主原料である大麦の栽培に被害が出ているのだ。
気候変動に対応できる大麦の開発が急がれている。サッポロビールの原料開発研究所を取材した。
刈り取り前の大麦を襲う「穂発芽」とは?
ビールの原料は大麦、ホップ、酵母、水。中瓶1本(500ml)のビールをつくるのに約8本(72g)の大麦の穂が必要だ。
ビールの原料になる大麦は「二条大麦」という。麦茶の原料は「六条大麦」だ。一見、似ているが、よく見ると穂の列数が違う。
収穫した二条大麦(以下、大麦)を水につけて吸水させ、発芽させる。発芽によってアルコール発酵に必要な糖やアミノ酸が生成される。発芽後に乾燥させたものが「麦芽」だ。この工程を製麦という。麦芽の質、種類などがビールのおいしさを左右するのだ。
穂発芽した大麦からはおいしいビールができない
その大事な麦芽になる二条大麦に、近年の気候変動の影響で、「穂発芽」(ほはつが)という現象が起きるリスクが高まっている。収穫前に、種子が穂についたまま発芽してしまう現象だ。
発芽した大麦はいい麦芽にならない。つまり、おいしいビールができない。
世界的に増大する穂発芽のリスク
収穫の2〜3週間前に長雨にあたると、穂発芽が起きるリスクが高まるという。
2014年、栃木県では5月下旬の高温、6月初めの長雨などより、二条麦にも六条麦にも大量の穂発芽が発生し、被害総額は23億円に上った。栃木県は日本でも有数の二条大麦の生産量を誇る県であるが、この年、年間出荷量の6割にあたる作物に被害が生じている。
被害は日本だけでない。サッポロビールの原料輸入先であるオーストラリアでも生じている。
「世界的にリスクが増大しています」と、原料開発研究所の保木健宏所長は話す。「気候変動に対応した、穂発芽しにくく、製麦のしやすい大麦を開発する必要に迫られているのです」
1876年、北海道にサッポロビールの前身が創業。サッポロビールは創業当時からビールの原料である大麦とホップの品種改良(育種)を行ってきた。現在、大麦は群馬県で、ホップは北海道で育種が続けられている。
世界で求められる気候変動に強い新大麦
2022年9月、サッポロビールは「穂発芽しにくい品種」を発表した。「N68-411」と呼ばれる。なんだかロボットのようだが、商標登録前の品種はだいたいこんな名前だそうだ。
穂発芽しにくく、かつ、製麦しやすい。製麦しやすいというのは、大麦の中のデンプンが糖に、タンパク質がアミノ酸に分解されやすいことを指す。
発芽工程も短縮される「N68-411」の可能性
研究を進めるとさらにいいことがわかった。通常の大麦では約6日間かかる発芽工程が2日間に短縮できる可能性だ。
「発芽工程が短くなれば工場のCO2排出量削減につながります。また、麦に吸水させる時間も短縮できるとなると節水にもなります」(保木所長)
工程日数の短縮は環境負荷を下げると同時に、当然、労働時間の減少にもつながる。エコでローコスト。それでおいしい麦芽が出来て、おいしいビールができるなら、願ったりかなったりではないか。
「N68−411」をはじめ大麦の新種はオーストラリア西部のパースやカナダ中西部のサスカチュワン大学などと共同開発されている。日本のビールメーカーは麦芽の大半を輸入に頼る。2020年の実績では輸入量の27%がカナダ、17%がオーストラリア、その他イギリスやフランス、チェコなどEU圏が50%強を占める。これら海外の穂発芽被害も年々増加している。そのため海外の大麦栽培において気候変動対応大麦の実用化が急がれるのだ。
サッポロビールが掲げる持続的なビールのための目標
サッポロビールは大麦とホップの安定調達のために国内外の研究機関などと連携し、「2030 年までに気候変動に強い新品種の登録出願、2035年までに国内で実用化」を目指し、さらに「2050年までに、新たな環境適応性品種を開発し、国内外で実用化」することを目指すとしている。
ずいぶん先の話にも聞こえるが、大麦やホップの新種開発は急いでできるものではない。環境適性に加えて安全性が厳しく審査される。
とかく製法やレシピが注目されがちだが、ビールは農作物からできる農業製品である。丈夫でおいしい大麦やホップがあってこそつくられる。
気候は今後も私たちの予想外の変化をして、予想外の影響を生むだろう。そのために不断の原料開発が求められる。10年後も20年後も、おいしいビールを飲めることを心から願っている。