日本各地でクラフトビールブルワリーが増え続けている。1995年から「地ビール」を提供し、今では100タップを有する東京・両国のビアバー「麦酒倶楽部ポパイ」は、いつからか「ビールファンの聖地」と呼ばれている。
2014年から自社のクラフトビールも造り始めた。そこに込められたクラフトビールへの夢を、2代目マスターの城戸弘隆さんに聞いた。
両国といえば……国技館じゃなくて「ポパイ」?
東京墨田区両国といえば、国技館。ではなく「ポパイ」と答える人がビールファンの中には少なからずいる。特に地ビール時代からクラフトビールを愛するファンの中では知られたビアバーだ。
1985年、居酒屋としてオープンした麦酒倶楽部ポパイ(以下ポパイ)。
1995年、酒税法改正後に日本で生まれた第一号地ビール「エチゴビール」(新潟県)の提供を開始。その後、スワンレイクビール、富士桜高原麦酒、志賀高原ビール、常陸野ネストビールなど、次々と誕生する地ビールの樽を揃えたのがポパイだ。
1998年には20本のタップ(樽直結のビールサーバー注ぎ口)を備え、その後も地ビールブームのフェイドアウトを横目に着々とタップを増設し、2008年には70本に。圧倒的なラインナップと、たしかなサービングの技術で、クラフトビールファンの厚い信頼を得た。
現在、タップ数は100本に達し、毎日70〜80本のビールがオンタップ!この充実ぶり。今も他の追随を許さない。
ちなみに店の大きさは変わっていない。なぜタップの数が5倍にも増やせるのか?素朴な疑問を向けると、「私がポパイに入った頃は、樽はセラーの中に木のラックで2段くらいでしたが、今は鉄のラックにして天井まで樽がギッシリという感じです」とのこと。
「ビールに旅をさせてはいけない」と先代は言った
2代目マスターの城戸さんは、20代の初めにポパイに入った。それから創業者の先代マスター青木辰男さんの右腕としてビールと向き合い、20年が経つ。
「ビールに旅をさせるな。というのが青木の教えです」と、城戸さんは話す。
先代の青木さんは、ビール王国ベルギーで飲んだビールが、あまりに素晴らしくおいしかったことから、逆にベルギーのビールをポパイで提供することを断念したという。たとえ、いい状態で樽を輸入できたとしても、ベルギーで飲んだのと同じ味を出せるのか……?
そのむずかしさを思い知ったからである。それほど“現地で飲む”ビールはうまい。
「本当においしいビールを飲みたいなら、ビールに旅をさせてはいけない。人間が旅をしろというのが青木の考えでした。そして、日本で本当においしいビールを飲みたければ、日本のおいしいクラフトビールを仕入れるのが一番だ、と」
ここに今、クラフトビールの聖地と呼ばれるポパイの原点があると思う。
城戸さんもベルギービールに魅せられてこの道に入った。約20年、ポパイで青木さんの薫陶を受けながら、うまいビールを追求してきた。
醸造所でどんなに素晴らしいビールが出来上がっても、流通経路を含めた樽の管理、店における管理、サービングの腕ひとつで味が変わってしまうことを叩きこまれた。ポパイでは、その日の天候、温度や湿度まで考慮しながらサービングを行う。ビールは温度はもとより、ガスの圧力や量で味が変わる。グラスの洗浄具合でも味が変わる。
その違いは、ポパイのような専門のビアバーでないと気づくことはできないほどわずかではあるが、明らかにある。ちなみに、現在のポパイではベルギービールも数種類飲めるようになっている。
フレッシュな自家培養酵母で造るポパイのビール
そんなポパイは2014年にオリジナルビールを造り始めた。
樽管理とサービング術を徹底して、最高にうまい一杯を追究していた青木氏には、自分で造りたいビールがあった。自家培養の酵母で造るビールだ。
当初は、青木氏のふるさとである新潟県南魚沼市の豪雪地帯、実家の1階にブルワリーを創設し、クラフトビールの醸造を始めた。2020年には両国のポパイから徒歩10分ほどの場所に「両国麦酒研究所」を開いている。
両国麦酒研究所のこだわりは、「ビールの仕込みごとに新しい自家培養酵母を使うこと」だ。
酵母とは、麦からできた麦汁の糖をバクバク食べてアルコールを生成する菌である。麦のジュースをビールにしてくれる発酵の母である。
大半のブルワリーは酵母メーカーから購入している。製造も管理も手間のかかる繊細な生き物だからだ。その大事で繊細な酵母をポパイは自家培養し、ブルワリー内に設けたラボで管理している。
酵母はビールの発酵後も生き残る。だからビールが完成したあと、タンクの底から酵母を取り出して再利用するマイクロブルワリーが多い。この点、両国麦酒研究所では、仕込みごとに新しい酵母を使う。
その理由について、醸造長の小林裕貴さんは、「フレッシュな酵母のほうがおいしいビールができるから」とシンプルでクリアだ。この考えはポパイ初代マスターの青木氏、そして現マスターの城戸氏と共有された両国麦酒研究所の土台である。
両国麦酒研究所のビールづくりの特性についてもうひとつ、城戸さんは水質へのこだわりを加えた。
「日本の水は軟水ですが、うちは一度、水の硬度をほぼゼロに落とします」と言う。「それからビールのスタイルに合わせて硬度調整をするのです」
たとえば、ペールエールはイギリスのイングランド内陸バートンという街で生まれたビールスタイルだが、ここの水の硬度はなんと900!ちなみに日本の水の多くは50以下の軟水だ。そのため両国麦酒研究所ではペールエールを醸造するとき、硬度を900に調整した水を使っている。
「そうしないとイングリッシュ・ペールエールの特徴が出せないんですよ。自社のビールなら水の硬度も管理できます」
ビールの原料は麦、ホップ、酵母、水の4つだが、両国麦酒研究所のビールづくりはそのうち酵母と水の2つを徹底して管理している。
「ぼくらが大事にしないといけないのは土台です。それが何かと言ったら酵母と水。ここさえしっかりしていれば、上に何が載ってきても大丈夫」
両国麦酒研究所のビールのラインナップはとても多いが、主体はペールエールやスタウト、ケルシュタイプなどのオーソドックスなスタイルだ。ビールづくりの土台。ここに厳しい目が向けられている。
さらにビールを詰めた樽の管理、ガス圧の調整。きれいなグラスにきれいに注げば、おいしいビールになる。本当においしいビールをいただくには、ビール本体だけでなく、ビアバーの腕も必要なのだ。
ポパイからおいしいビールを探して旅に出る
両国麦酒研究所から、ポパイに戻ってメニューを眺める。日本各地の定評のあるブルワリーのビールがズラリと並ぶ。ここで好きなビールを見つけたら、今度はそのブルワリーを訪ねて、タップルームでもっと出来たてを味わってみたい。
ビールに旅はさせてはいけない。日本国内とはいえ多少、旅してきたビールと、自分が旅した先で飲むビール。その味に違いが見つかったらおもしろい。
そんなクラフトビールを楽しむ旅が出来るようになったのも、ここ数年のことである。城戸さんに、現在のクラフトビールブームと今後について聞いてみた。
「ブームはいつか終わりが来るものだと思いますが、そうしたブームを何度も繰り返しながら成長していきたい。ぼくらはクラフトビールを文化にしなくちゃいけないと思っているんです」
クラフトビールの文化とは?
「ビールが日本に伝来して、たかだか150年くらいですか。文化として根づくのはまだまだ先のことでしょう。それでもぼくらがつないでいくことが大事。
日本に根づいた文化といえば居酒屋ですよね。ちょっと気の利いた料理が出てきて、ちょっと気の利いた日本酒が飲めて。それも、それほど高くない値段で。そんな店が街を歩けばそのへんにあって、気軽に入れる。イギリスのパブでおじいちゃんが昼からパイントグラスを傾けているように。日本でも、街を歩けばクラフトビールがそこらへんで飲めるようになるといいなあと思っています」
そんな街ができるとしたら、それはまず東京の両国かもしれない。
「両国と言ったら大相撲を見て、ちゃんこ食べて、ビアバーでクラフトビールを飲んで帰る……そんな文化ができるといいな」と城戸さんは話す。
ポパイの今後については、「もっとポパイのようなビアバーを増やしていきたいですね。ブルワリーも一か所にこだわらず増やしていきたい。うちの醸造長の小林はサワービールを造りたいと言っています。サワービールの酵母はちょっと特殊な菌なので、サワービール用のブルワリーがあってもいい。ブルワーの思いを込められるのがクラフトビールのいいところです」
日本のクラフトビールの将来には、まだまだ東京両国のポパイが必要だと思った。
麦酒倶楽部ポパイ
東京都墨田区両国2-18-7
https://www.70beersontap.com/