植物学者・牧野富太郎に学ぶ押し葉標本のつくりかたをご紹介。つくって楽しく、見て美しく、ちゃんと遺せば資料になる。植物学を支えてきた標本づくりの技術をマスター!
標本づくりは植物を知る一番の近道
「牧野富太郎さんみたいに植物と遊んでみたいんですけど、入門者には難しいでしょうか……?」
編集カジハラの相談に高知県立牧野植物園・植物研究課主任の田邉さんが提案したのは押し葉標本づくり。
「植物に親しむには植物の名前を知るのが大切。その一番の近道が標本づくりです。作法に則れば初心者がつくった標本も研究資料としての価値があるんです! 牧野先生も全国の愛好家から標本を送ってもらって研究に生かしたんですよ」
そういうと、田邉さんはカジハラを誘って裏山へ向かった。1本の花盛りのオンツツジを選び出し、真剣に見つめる。
「押し葉標本はA3サイズの台紙に貼るのでどんな枝でもいいわけではありません。花や実がついていて、かつ新聞紙1枚の半分に収まるものがいいんです」
オンツツジの採集後、ふたりが取り組んだのはサギゴケ。樹木は枝を採集するが、小さな草は根ごと標本にするという。数株掘って満足したカジハラが、新聞紙を閉じようとすると……。
「ちょっと待った! もうひと株掘りましょう。標本用の台紙に収まるなかで、情報量の最大化を目指しましょう」
採集物は、その日のうちに丁寧に形を整えて加圧しながら数日かけて乾燥させる。
「乾き切ったら台紙に貼りラベルを付けて完成。保存すれば、数百年保つ資料になりますよ!」
東京産のソメイヨシノ。
牧野富太郎氏はたくさん標本を遺した
牧野の遺した40万枚以上もの標本は、死後66年が過ぎた今もなお研究に役立てられている。上で紹介した標本2枚は牧野の作成だ。
用意する道具
右から、移植ゴテ、デジタルカメラ(標本には残らない情報を記録)、剪定バサミ、腰袋(小物を収納)、GPS(標本の採集地の正確な緯度と経度を記録)、マーカー(新聞紙への書き込みに)、フィールドノート。
胴乱(植物採集用の容器)。
野冊(採集した標本をはさむ)。
新聞紙とビニール袋(採集した標本を収納する)。
押し葉標本のつくりかた
1 標準的な枝を採集する
株のなかから標準的な枝ぶりの部位を選ぶ。枝の分かれ方や葉の付き方がよくわかり、花や実が付いたものがいい。しかし、あまりに立体的な枝では標本にしにくい。A3サイズに収まる大きさで採集し、ビニール袋や胴乱に収める。
2 枝を新聞紙に挟む
採集したら新聞紙に広げて野冊に挟む。「仮押し作業が標本の質を左右するので慎重に! 花は正面や横を向いた状態、葉も表と裏の両面がこちら側を向くように挟むと完成後観察しやすくなります。紙で両側から挟んだら、採集地や日付、通し番号を書き込みます」
仮押しから慎重に!
3 草は根ごと採集して挟む
小さな草は根ごと採集するのが基本。移植ゴテで株の外側を少し大きめに掘り出し、根を軽く叩いて泥を落とす。新聞紙に挟むときは、生えている草の姿を再現しつつ平面に表現していく。新聞紙いっぱいになるよう、複数の株を並べる。
4 大きな植物は折って収める
一枚の葉や枝、掘り出した株が新聞紙に収まらないサイズのときは途中で折って収めていく。「どうすればきれいに台紙に収まるか想像しながら、曲げる部分を爪で折り目をつけてからたたんでいきます」
5 野冊に保存
新聞紙に挟み込んだ標本は、野冊で両側から圧縮してゴムひもなどで縛り上げる。クセをつけつつコンパクトにもなる。
6 観察記録を残す
日時と場所、生えている環境、花や実の色、樹高などの標本から読みとれない情報は、採集地で文字や写真で記録しておく。情報は、標本につける通し番号と対応させておくとあとで管理しやすい。
7 標本を乾かす
屋内で再度調整。つくりがわかるように花や葉を広げて新聞紙で挟む。薄い花はクッキングシートで挟むと貼りつかない。最後におもしをして、形を固定しつつ乾かす。
8 台紙に貼り、ラベルを書く
数日して素材が乾燥したら、標本台紙にのせて短冊状に切った和紙(両端にのりをつける)で固定。ラベルには学名、和名、採集地、採集日、採集者などを記す。
完成!
完成したオンツツジとサギゴケの標本。押し葉標本は腊葉(さくよう)標本とも呼ばれるもっともオーソドックスな植物標本。温度と湿度、防虫の管理を行なえば半永久的に保存できる。
きれいにできました!
(BE-PAL 2023年6月号より)