「サメに突いた魚を奪われた」「クマに近距離で威嚇された」「毒蛇に咬まれた」
ビーパルの執筆陣に声をかけるだけで、危険生物による事故の話がいくつも集まってくる。野生の生き物とのトラブルは、珍しい出来事ではない。
ちょっと危ない野外の隣人と付き合うコツは、出かける先にどんな生き物がいるかを知って近づかないこと。出会わないのが最善だ。しかし、不幸にも生き物からケガをさせられたら、処置方法を自己判断せずに速やかに専門医に相談したい。
咬み傷から細菌が入り込んで重篤な症状を引き起こすこともあれば、ふつうは軽微な腫れで済むような受傷でも、体質によってはアナフィラキシーショック(アレルギーを引き起こす原因物質にさらされたときに出る、強いアレルギー反応)を引き起こすこともある。
ピンチ1
人喰いザメが私に興味を示している……
数はそれほど多くないものの、サメによる咬傷事故・死亡事故は日本でも起きている。人を襲った記録が残るのはホホジロザメ、イタチザメ、メジロザメ類、シュモクザメ類など。人を食物として認識することは稀だが、魚突き中で血を流す魚を下げていたり、視界が悪い濁った海域では人を襲うことがある。
魚は浮きに下げ体から離しておく
魚突きやカヤックフィッシングで手にした獲物は、流れ出す血と痙攣によってサメに対して強烈にアピールする。獲物は浮きなどで体から離すか船上に上げる。
海でサメに獲物を盗られた経験あり!
アウトドアライター・藤原祥弘
「魚突きの好漁場である岬周辺はサメも多い。出会うのは珍しいことではありません。今まででいちばん危なかったサメとの遭遇は、とある島で起きました。突いた魚を浮きに下げて泳いでいたら強烈な力で浮きごと獲物が食いちぎられた。振り返ると2匹のサメが私が手にしていた魚も奪おうとしている。慌てて魚を渡して逃げ帰りました」
ピンチ2
かわいいタコと遊んでいたら、なんだか体が痺れてきたぞ
咬んだ相手に強い毒・テトロドトキシンを注入するヒョウモンダコ。温暖化とともに少しずつ生息地を北に広げており、近年は三浦半島以南では簡単に見られるほど個体数が増えている。体表の鮮やかなガラが特徴だが、タコ類は体表の色を変えられるので、地味な模様をしていることも。磯で小さなタコを見つけてもいきなり素手で捕まえないようにしたい。
ピンチ3
海を楽しく泳いでいたら、突然ビリッとした!
海を泳いでいると突然ムチで打たれたような痛みが! その犯人はクラゲ。秋口から被害が増えるとされるが、強い毒をもつカツオノエボシなどは初夏から接岸するので油断は禁物。クラゲ以外にも岩につくガヤなどの刺胞動物もいる(写真下)。海に入る際はラッシュガードなどで体を覆いたい。
刺胞を壊さずに除去する
クラゲの触手が肌に残っていたら棒やピンセットでそっと剝がし、海水で患部を流す。患部に酢を塗る対処法も知られているがクラゲの種類によっては逆効果になることも。
ピンチ4
トゲのある魚に刺された!絶対毒を入れられた!
海釣り中、釣り上げた小魚を針からはずそうとつかんだら手のひらに激痛が! ……というのは釣り場ではよくあるパターン。浅場に住む小魚にも毒を持つものがたくさんいる。釣り場で遭遇する毒魚をひと通り覚えるまでは、釣り上げた魚はトングとペンチなどを使って針をはずすのが無難。
海の危険魚
サツマカサゴ
アカエイ
ハオコゼ
カサゴ
ミノカサゴ
汽水域から外海まで海は刺す毒魚だらけ。一般には毒魚として扱われないメバルやカサゴのひれにも微毒があり、棘を刺すとひどく痛む。遭遇率が高い魚のなかで特に毒が強いのはアカエイ。釣り上げたり海中で踏んだりすると勢いよく尾を振り上げ、尾の根元の棘で傷刺そうとする。汽水域や内湾に多いので注意したい。
川の危険魚
アカザ
ナマズ
清流に棲むアカザやギギなどのナマズ類はひれに微毒のある棘を持っており、つかもうとすると棘を突き立てる動きをすることがある。本家のナマズの胸ひれの棘も鋭い。
お湯で患部を温め毒を分解する
魚がひれの棘を使って注入する毒は、多くの場合タンパク毒。タンパク質でできた毒は熱で分解できるので、ぎりぎり火傷をしない程度の温度のお湯で患部を温めると毒の分解が進んで痛みが和らぐ。
油断大敵!ヤツらは刺す隙をうかがっている
日本野生生物研究所
所長 奥山英治さん
「毒魚にはひと通り刺されたけど、俺の父親を刺したミノカサゴが見たなかではいちばん酷かった。パンパンに腫れていたね。魚の棘は柔らかそうに見えても鋭い。パッと身を翻して刺すから、毒魚を触るときは要注意」
ピンチ5
カラフルなヒトデを踏んだら、すっごくイテー!
和歌山県以南のサンゴ礁に生息するオニヒトデは棘にプランシトキシンという強い毒を持つ。過去には刺されたダイバーがアナフィラキシーショックを起こして亡くなった例も。刺された場合はポイズンリムーバーで患部から毒を吸い出し、患部を温める。
ピンチ6
磯で滑って手をついたら、ウニの棘で手が剣山!
全身を鋭い棘で守るウニ類。その棘は刺さりやすいのに脆く、刺さると皮下に残って取り除くことが難しい。特に毒のある長い棘をもつガンガゼの場合は、物理的な痛みだけでなく毒の効果もあり刺されるとひどく痛む。ウニが多い場所では厚底のシューズやウエットスーツなどで体を保護し、周囲をよく確認しよう。
刺さりやすくて抜けにくい!
ウニの仲間の棘は刺さったあとに相手の体に残る陰湿系。毛抜きや消毒した針などを駆使して除去する。数が多いときはすぐ病院へ。
ピンチ7
海で拾った貝を食べたら、体が痺れるしおなかも痛いぞ
二枚貝は毒をもつプランクトンを食べて毒化することがある。蓄積した毒素の種類によって症状は異なるが、食べると手足が痺れたり、腹痛を起こしたりする。貝の毒化が起きうる海域では、都道府県が定期的に貝のなかの毒素の量を検査し、発表しているので採集する際は参考にしたい。
刺すつもりが私が刺された!
ライター
阿部 静さん
「素潜りで魚を突こうとしていたときのこと。ちょっといい魚を見つけた私は全力で集中していました。息をこらえてそっと潜り、狙いを定めて銛を発射! …した瞬間、刺し貫かれたのは魚ではなく私の太ももでした。魚に夢中で海底にいたガンガゼに気づかず、刺されちゃったんです。磯で泣きながら棘を抜きました」
ピンチ8
ある日森のなか、すっごくでっかいクマさんに出会った!
近年は毎年数名程度の人がクマによって命を落としている。事故に占める遭遇状況は圧倒的に山菜採りが多く、それぞれが採集に夢中で鉢合わせすることが多い。クマがいる場所では常に周囲に気を配り、遭遇したら慌てずにそっと下がってクマとの距離を広げる。できればクマよけスプレーも携行しておきたい。
クマ鈴で存在をお知らせ!
クマが人を嫌がるエリアではクマ鈴が有効。お互いが離れているうちにその音で人の存在を知らせて、クマのほうに隠れてもらう。
向かってきたら、クマよけスプレーを噴射!
唐辛子エキスを10.5m以上、9.2秒間噴射。強力な刺激で熊を撃退。カウンターアソールト ストロンガー¥18,480
問い合わせ先:モチヅキ 0256(32)0860
どうしようもないときは重要な臓器を守る
距離を取る間もなく襲われたら地面に腹ばいになって首を覆い、臓器を守る。クマが興味をなくしてくれれば助かることもある。
世界一のヒグマの巣で同時に3頭とこんにちは
写真家
矢島慎一さん
「知床岬の近くを歩いていたとき、背後からドッドッドと聞こえてきたのは地響き。振り返るとそこには突進してくるヒグマが! そのクマが途中で脇の藪にはずれてくれてほっとしたら、今度はもっと巨大なクマが目の前の藪で立ち上がりました! これに驚いたとたん、また別のクマが巨大クマの奥を疾走。3連続のクマの登場に立ち尽くすことしかできませんでした」
ピンチ9
食べられる草のつもりで毒草を食べちゃった!?
食べられる「ギョウジャニンニク」
毒のある「スズラン」
食べられるニラ(右)、毒のあるスイセン(左)
山菜のなかには、よく似た毒草と同所的に生えるものや、入門者には見分けがつかないほど毒草そっくりなものがある。毒草による食中毒を防ぐ方法はただひとつ。「絶対に間違いないものだけを採集する」ほかない。知識を完全に自分のものにするまでは詳しい人と歩き、万一食べたあとに間違いに気づいたら、すぐ病院へ!
スイセンとニラ、スズランとギョウジャニンニクはそっくりだが根塊や臭気が違う。全草で確認する。
ピンチ10
ウルシの樹液が体についた!
山から帰ると、首筋や腕などが赤く腫れてなんだか痛痒い……。その原因として考えられるのがウルシ類などの樹液によるかぶれ。こんなかぶれは樹液がついた直後に気づけないので、できるなら登山などを楽しむ人はヤマウルシ、ツタウルシ、ハゼノキなどのかぶれを引き起こすウルシの仲間の樹形を覚えておきたい。
ウルシかぶれから滲む体液が別の場所につくとそこもかぶれる。患部は覆って保護する。
ウルシ類の樹液は水だけでは落ちにくい。機械油汚れ用の石鹸などで念入りに洗う。
ピンチ11
山を歩いてたら毒ヘビに咬まれた!
毒ヘビによる咬傷事故は、日本全国で年間数千件起きており、咬まれて亡くなる人は年に0〜5人程度。種類別では、マムシによって亡くなる人が多い。そこにヘビがいることに気づかず、生身で近寄って手足を咬まれる例が多いので、毒ヘビが多い場所に入る際は長靴などを履き、咬まれた際は少しでも早く病院で治療を受ける。
マムシ
ハブ
ヤマカガシ
写真で種類を記録!
咬んだヘビの種類がわかると病院でも対処しやすい。撮影時の安全が確保できるなら写真を撮っておく。
ハブに咬まれて手が2倍の厚さに!
アウトドアライター・高橋庄太郎さん
「南西諸島の山奥を歩いていたとき、木に手をかけた瞬間、鋭い痛みが走りました。手を見ればそこにはふたつの赤い点。すぐにハブの仲間に咬まれたことに気づきました。しかしそこは病院にかかろうにも街まで2日かかる場所。結局、手を腫らしたまま歩き通しました。この島のハブが毒が弱い種類で幸いでしたね」
ピンチ12
ハイキング中ハチの群れが襲ってきた!
スズメバチ
ミツバチ
実はクマや毒ヘビ以上に日本人を死なせているスズメバチ類。近年は毎年10〜20人ほどの被害者が出ており、被害者の多くは巣の存在に気づかないまま近寄って攻撃を受けている。ハチの仲間は巣に近づくとわざと大きな羽音を立てたり、アゴを打ち鳴らしたり、体当たりで威嚇するので、威嚇に気づいたら速やかに退避すること。
吸引器で毒を出せ
ハチに刺された直後に使えばいくらか効果があるのがポイズンリムーバー。刺された場所を強く吸って患部の体液ごと毒を吸い出す。
苦しいときは「エピペン」
アナフィラキシーショックが起きかけたとき、症状を緩和するアドレナリン自己注射薬。ハチ毒にアレルギーがある人は必携。
ハチに刺されてアレルギーで気絶
作家・登山家
服部文祥さん
「ハチに刺されてアナフィラキシーショックで気絶したことがある。たぶん刺したのはスズメバチ。胸を一撃された後に体が痒くなり、その後、血圧が下がって気絶した。以来、飼っているミツバチに刺されてもアレルギーで腫れるようになった。今年はもう3回腫らしています」
ピンチ13
毒針を風にのせて飛ばす凶悪ケムシに刺された!
庭木の手入れなどの最中に人をかぶれさせるドクガ類。種類ごとに食草が異なるため、気をつけるべき樹種を限定できないうえ、全身の毒針毛は容易に抜け、風下に立つだけで被害に遭うことも。薮に触れる際は衣服で全身を覆い、目でよく確認する。
毒針毛を除いて炎症を抑える
毒針毛が皮膚についたら、粘着テープを肌に当てて毛を取り除く。
アレルギー症状を抑えるには抗炎症作用のある塗り薬が効果的。
ピンチ14
ホクロかと思ったらダニでしたチクショー!
野生動物の増加とともに街にやってきたのがSFTSなどの感染症を媒介するマダニ類だ。最近は郊外の林や河川敷にもいるのでダニがいそうな藪に入るときは体の露出を避け、帰宅後は全身をチェック。ダニがいたら病院で処置してもらう。
ダニをつまんで引き抜くと、病原体を含むダニの体液が体に入り込む。釘抜き型が逆流しにくい。
大小の釘抜き型の除去機がワンセットになった「ティックツイスター」。食い込んだダニの口器を挾み込んで、回しながら引き抜く。
ピンチ15
かわいいくせに野獣!哺乳類に咬まれた!
野犬、野良猫、そのほかの野生獣に咬まれた際、気をつけたいのが細菌感染。咬み傷は小さく思えても深く、体の内部で雑菌が繁殖して大きく腫れたり、ときには敗血症になって命を落とすことがある。動物に咬まれたら流水でよく洗ってすぐに病院へ。
※構成/藤原祥弘 撮影/矢島慎一、奥山英治、山口大志(カンパチ)、鳥取BLUE(クラゲ) イラスト/いお
(BE-PAL 2023年7月号より)