「古代メキシコ展」で思い出すメキシコ製VWビートルと古き良きクルマの愉しみ
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    2023.08.03

    「古代メキシコ展」で思い出すメキシコ製VWビートルと古き良きクルマの愉しみ

    チチェン・イツァのククルカンピラミッド

    日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員の金子浩久が、過去の旅写真をひもときながら、クルマでしか行けないとっておきの旅へご案内するシリーズ。今回は、ただいま東京国立博物館で開催中の特別展「古代メキシコ-マヤ、アステカ、テオティワカン」を見て記憶によみがえったメキシコF1グランプリ取材時のエピソードとメキシコのクラシックカー・レースの模様をご紹介します。

    特別展「古代メキシコ」の見どころ

    古代メキシコ展

    上野の東京国立博物館で開催されている特別展「古代メキシコ-マヤ、アステカ、テオティワカン」を見学してきました。インバウンダーなのか留学生なのか、多くの外国人来場者も含めて大盛況でした。

    この展覧会では、紀元前15世紀から16世紀のスペイン侵攻までの3000年以上にわたって繁栄していたメキシコの古代文明の出土品約140点が紹介されています。

    メキシコの主な古代文明は時代と地域によって、「マヤ」「アステカ」「テオティワカン」の3つが存在していました。

    展覧会を訪れた目的はいくつかありました。ひとつは、メキシコの至宝とも呼べる140余点の出土品です。マヤ文明のパレンケ遺跡から発掘された、7世紀後半の「赤の女王のマスク・冠・首飾り」やチチェン・イツァから出土した「チャックモール像」、アステカ文明の「鷲の戦士像」、テオティワカン文明の「死のディスク石彫」などの実物を近くから拝むことができました。中でも、「赤の女王」はメキシコとアメリカ以外の国で公開されるのは初めてという、まさに特別に貴重なメキシコの宝です。

    古代メキシコ展

    赤の女王のマスク マヤ文明、7世紀後半 パレンケ、13号神殿出土 アルベルト・ルス・ルイリエ パレンケ遺跡博物館蔵

    古代メキシコ展

    チャックモール像 マヤ文明、900~1100年 チチェン・イツァ、ツォンパントリ出土 石灰岩 ユカタン地方人類博物館 カントン宮殿

    古代メキシコ展

    鷲の戦士像 アステカ文明、1469~86年 テンプロ・マヨール、鷲の家出土 テンプロ・マヨール博物館蔵

    もうひとつの目的は、近くまで行きながら訪れそこなったことのあるテオティワカン文明の「太陽のピラミッド」の展示を見ること。そして反対に、2002年に訪れたことのあるマヤ文明のチチェン・イツァにある「ククルカンのピラミッド」からの出土品を見学することでした。メキシコ古代文明の中に、かつて訪れたピラミッドと、訪れることがかなわなかったピラミッドと、自分にとってはふたつのピラミッドがあるのです。

    自然と神への祈り、独自の世界観と美意識が一貫されていて、どれも見応えのある展示でした。

    古代メキシコ展

    死のディスク石彫 テオティワカン文明、300~550年 テオティワカン、太陽のピラミッド、太陽の広場出土 メキシコ国立人類学博物館蔵

    訪問しそこなった「太陽のピラミッド」は、画像と動画が展示されていました。ピラミッド自体が巨大であるだけでなく、テオティワカンは大きな宗教都市なのでした。太陽だけでなく「月のピラミッド」も存在しているくらいです。

    日本でも大人気だったメキシコ製VWビートル

    テオティワカンはメキシコシティの北東50kmのところに位置していて、1987年10月にF1メキシコグランプリを取材に訪れていた時に、まだレースや予選の始まる前の木曜日に、仲間たちと訪れようとしたのでした。

    カメラマンのK氏が空港で借りてサーキットに乗ってきていたフォルクスワーゲン「ビートル」に乗せてもらって、モータースポーツ誌編集長Y氏らとともに同乗させてもらい、メキシコシティ近郊のロドリゲスサーキットからテオティワカンに向かって走り始めたのです。

    いちいち確かめませんでしたが、このビートルはフォルクスワーゲンのメキシコ工場で製造されたものだったはずです。フォルクスワーゲンは第2次大戦後すぐに1945年から(当時は西)ドイツのウォルフスブルクで「タイプ1」と呼ばれるビートルを製造しはじめますが、それらをいち早く世界中に輸出しはじめ、工場進出も果たしていきます。

    ドイツから日本に初めて輸出されたのも1953年と早く、今年2023年はフォルクスワーゲンの日本上陸70周年に当たります。最初に108台の「タイプ1」と3台の「タイプ2トランスポーター」(ワンボックスタイプ)がヤナセによって輸入販売されました。

    メキシコ工場は1964年に操業を開始し、空冷の水平対向4気筒エンジンをリアに積んだタイプ1を2003年まで造りつづけていました。

    1978年に本国ドイツでのビートルの製造が終わっても日本での人気が続いており、いくつもの並行輸入業者がメキシコ製ビートルを輸入していました。先々月に大阪在住のミツオカ「ガリュー」のオーナーを取材させてもらいましたが、偶然にも彼がその前に乗っていたのが、メキシコ製のビートルでした。

    「子供の頃からビートルに憧れつづけてきたんですが、免許を取って自分で買える頃になったら(ドイツでの)製造が終わってしまい残念な思いをしました。でも、その後にメキシコ製を新車で購入することができてうれしかったです」と彼はビートルの魅力を語ってくれました。

    迷宮のように辿り着けないテオティワカンのピラミッド

    僕が初めてメキシコを訪れた1987年はカーナビや携帯電話もない時代ですが、地図はあるし、テオティワカンはそんなに離れているわけではないし、古代遺跡ならば知らない人はいないから道に迷うことなどあり得ないはずでした。

    ところが、辿り着けなかったのです。標識もあまり整備されていなかったように憶えています。僕らの誰もがスペイン語を話せませんでしたが、道がわからなくなっても、道端の人に訊ねれば身振り手振りで答えてくれました。

    「テオティワカン?」
    「スィ、スィ。テオティワカン!」

    みんな親切で、身振り手振りでテオティワカンの方角を示してくれます。直進の場合は掌を道の進む方に振り、曲がる必要があればそちらを指し示してくれます。それでも、一向に辿り着かないのです。

    ピラミッドならば巨大なわけだから、近付いていけば、遠くから見えてきても良いはずなのに、そんな気配すら現れません。世界遺産に登録されたばかりの遺跡だから、なおさらです。付近には日常的な人家やビルなども少なくなっていくはずです。

    「テオティワカン?」
    「スィ、スィ。テオティワカン!」

    相変わらず運転席のKさんは道ゆく人や隣の車線のドライバーなどと道案内のやり取りを繰り返していますが、一向にラチが開かないようでした。

    Yさんや僕も地図を広げて、地元の人に見せたりしてみたのですが、夜も迫って来て、結局、諦めざるを得なかったのです。

    ジャングルにそびえ立つチチェン・イツァのピラミッド

    チチェン・イツァのククルカンピラミッド

    チチェン・イツァのククルカン(羽毛のある蛇の姿をした神)のピラミッドでは迷うことはありませんでした。滞在していたユカタン半島の都市カンクンからバスツアーに参加したからです。

    日帰りツアーで、片道2時間ずつバスに乗っていました。乗車中に驚かされたのは、走っている自動車専用道が深いジャングルの中を延々と真っ直ぐに走り続けていることでした。長い直線道路ならば日本でも珍しくはありませんが、道路の両脇にはすぐに深い森が迫っていて、樹木を道路幅だけくり抜いたトンネルが延々と続いているかのようでした。

    その印象はチチェン・イツァに到着して、ククルカンのピラミッドを最上部まで91段の階段を歩いて登り、周囲を眺めた時に確信に変わったのです。

    チチェン・イツァのククルカンピラミッド

    チチェン・イツァのククルカンのピラミッドはテオティワカンの太陽のピラミッドよりは小さく、高さも24メートルしかありませんが、最上部からは周囲が地平線まで360度眺め渡すことができました。

    眼に映るものといえば、ジャングルの樹々しかなかったのです。人工的に造られた建物や道路などは一切なく、目立った地形の起伏もありませんでした。ピラミッドに見られる高度な文明と圧倒的な自然の力との対比があまりにも鮮やかで圧倒されたことを憶えています。

    チチェン・イツァのククルカンピラミッド

    復刻クラシックカー・レース「カレラ・パナメリカーナ」

    チチェン・イツァに出掛ける前に「カレラ・パナメリカーナ」というクラシックカー・レースを取材していました。1950年から54年に掛けて行なわれていた公道を使ったスポーツカーレースの復刻版です。

    カレラ・パナメリカーナ

    1920代からイタリアで行なわれていた「ミッレミリア」という公道レースが1977年に復活し、その成功に影響されたのでしょう。カレラ・パナメリカーナもそれにあやかろうとして企画されたものでした。同じ趣旨から、これ以降もヒストリック・モンテカルロラリーやルマン・クラシックなど世界各地でクラシックカーによるモータースポーツイベントが盛んに行なわれるようになります。

    カレラ・パナメリカーナ

    プエブラやオアハカなどを巡りながら、フォードのミニバンでクラシックカーの集団を追走しました。往時のカレラ・パナメリカーナに出場し、伝説を築いたメルセデス・ベンツ「300SL」も複数台が参加し、そのガルウイングドアの勇姿を披露していました。

    カレラ・パナメリカーナ

    往時のレースに出場していたのよりも若いクルマも見られましたが、300SLなどのヨーロッパ車とアメリカ車が混在して走っているところが、メキシコという地域性と特色をよく表していました。

    EV化が進むほど高まるクラシックカーの魅力

    カレラ・パナメリカーナ

    クルマの電動化や自動化、デジタル化などが著しい勢いで進む現在のクルマに接していると、ノスタルジアからクラシックカーに癒されると感じる人の気持ちは容易に想像できますが、その兆しはこの時のカレラ・パナメリカーナのように、すでに21年前に現れていたのです。

    クルマの進化は止まることはなく、これからはさらに加速していくでしょう。だからといってカレラ・パナメリカーナに出場していたようなクラシックカーが消滅してしまうのではなく、二度と造られない稀少なものとしてさらに珍重されていくのです。

    圧倒的大多数の移動手段としてのクルマと、趣味や楽しみの対象として愛情が注がれるクルマは、くっきりと二極分化していくことになるでしょう。イベントとしてのクラシックカー・レースやラリーなどは、もっと増えていくに違いありません。

    カレラ・パナメリカーナ

    いつの日か太陽のピラミッドにもう一度!

    カレラ・パナメリカーナをもう一度取材できるかどうかはわかりませんが、次にメキシコを訪れることができたら、なんとしてもテオティワカンの太陽のピラミッドに登ってみたいですね。

    カーナビやスマートフォンなどはあえて使わずに、36年前と同じように地元の人々に訊ねながら向かってみたい。どんなレンタカーが出てくるのかも楽しみ。

    古代メキシコ展

    香炉 テオティワカン文明、550~350年 テオティワカン、ラ・ベンティージャ、宮殿B出土、土器、彩色 メキシコ国立人類学博物館

    東京国立博物館で開催されている特別展「古代メキシコ-マヤ、アステカ、テオティワカン」は9月3日まで開催されています。おすすめです。

    金子浩久
    私が書きました!
    自動車ライター
    金子浩久
    日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)。1961年東京都生まれ。趣味は、シーカヤックとバックカントリースキー。1台のクルマを長く乗り続けている人を訪ねるインタビュールポ「10年10万kmストーリー」がライフワーク。webと雑誌連載のほか、『レクサスのジレンマ』『ユーラシア横断1万5000キロ』ほか著書多数。構成を担当した涌井清春『クラシックカー屋一代記』(集英社新書)が好評発売中。https://www.kaneko-hirohisa.com/

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