島根県・隠岐(おき)の島。島根半島の北約60 kmに位置する島々で、今年はユネスコ世界ジオパーク認定から10周年になります。
このたび、隠岐の魅力を多くの人々に発信しようと開催されたプレスツアーに参加してきました。そこには世界的にも珍しい自然と、それを守りながら暮らす人々の文化がありました。
ユネスコ世界ジオパーク認定の隠岐とは?
ユネスコ世界ジオパークとは、「国際的に価値のある地質遺産を保護し、そうした地質遺産がもたらした自然環境や地域の文化への理解を深め、科学研究や教育、地域振興等に活用することにより、自然と人間との共生及び持続可能な開発を実現することを目的とした事業」(※文部科学省HPより)のこと。
世界ジオパークのジオは地球、パークは公園を意味し、日本では10の地域が登録されています。
国際的に見て重要な地質遺産や景観、保全、教育、持続可能な開発という総合的な観点から管理されている地域で、隠岐は、2013年9月9日に世界ジオパークに認定されました。その後、2015年には世界ジオパークがユネスコの正式プログラムになっています。
前述のとおり、隠岐には島根県の北約60kmに位置する約180の島と4つの有人島があります。具体的には、島前(どうぜん)と呼ばれる3つの島(西ノ島・中ノ島・知夫里島)と、島後(どうご)の4島。島という字は、「とう」ではなく「どう」と読みます。
4島のうちで一番大きな島である島後には、なんと島の名前がありません。有人島として名前がないのは、世界中で唯一とのこと。ひとつの島がひとつの町を形成し、それぞれの文化が継承されています。10km離れるだけで、環境が大きく変わることも、それぞれの文化を生み出した一因のようです。
今日の隠岐は、日本列島がユーラシア大陸の一部から分離し、その後火山活動によって今の島の原型が作り出され、長い年月をかけて地形が変化したことで成り立っています。600万年前の地層が見られる(中にはそれ以前の地層もあります)、まさに「地球の記憶が息づく島」なのです。
火山活動の後であることがわかる岩石や断崖を見ることができ、南や北の地域の動植物がこの隠岐に暮らしています。また、隠岐の固有種もあり、そんなに大きな島ではないにもかかわらず、とても豊かな場所なのです。
もしかしたら、それは神々に守られているからかもしれません。というのも、隠岐には大小合わせて150以上の神社があり、千年以上も前の文献にも登場する神社が16社、中でも出雲大社級の位をもつ神社が4社あり、八百万の神々が大切に祀られ、神事などが受け継がれています。
まずは玉若酢命神社で旅の安全祈願
今回のツアーでは、羽田空港を出発し、大阪伊丹空港で乗り換え、隠岐世界ジオパーク空港に到着。
まず今回の旅の無事を祈り、150以上の神社の総社で、隠岐の島町にある玉若酢命神社にお詣りしました。本殿は、隠岐造りといわれる建築で、随神門や旧拝殿と共に国指定重要文化財に指定されています。島に来たごあいさつと旅の安全を祈願しました。
神社だけでなく、足元の砂利も珍しいものだと話すのは、隠岐ジオパーク推進機構の事務局長である野邉一寛さんです。
「2億5千万年前の砂でできた砂利です。中には、ガーネットなども混ざっていますよ」
といわれ、急にみんなで足元を見てしまいました。この砂利は片麻岩(へんまがん)で、飛騨山脈や中国地方の地質と同じなんだそう。また、隠岐の島町にあるトカゲ岩の石は、ケニアと南極大陸にしかないという、なんとも不思議な島であることを教えてもらいました。
また、隠岐の発展には、黒曜石(こくようせき)が大きく影響しています。刃物がなかった時代、矢じりや包丁の代わりとして使用された黒曜石は、3万年も前から各地に運ばれていました。火山活動で生まれた島ならではの魅力ですね。
ほかにも、神社の鳥居や千木(屋根の両端で交叉させた部材)の切り方の意味のほか、隠岐の島がどのように発展したのかなど、興味深いお話が聞けました。
境内には、樹高38メートル、根元周囲約20メートルにも及ぶ「八百杉」があります。樹齢は、なんと2000年ほどといわれ、1929年に天然記念物に指定されています。これほどの樹齢の杉を目の前で見たことがなかったので圧巻でした。柵はありますが、ぎりぎりまで近づくことができます。
海から「ローソク島」を眺めるクルーズ
島後(隠岐の島町)で見逃してはいけないのが、「ローソク島」です。
陸側からも見ることはできますが、船から眺めるのがおすすめとのことで、遊覧船で向かいました。季節や天候によって毎回見られるものではないのですが、夕日が島のてっぺんと重なると、まるでローソクに火を灯したようになります。
出航は、夕日が傾く時間に合わせて。そのため、毎日出航時間が変わります。
波が1mとのことでしたが、この日も無事出航。遊覧船といっても小型船のため、なかなかの揺れでした。船首側にいたので、高波が目の前に。窓を開けていると、思いっきり波しぶきが入ってくるくらいでした。
ローソク島を間近で見ることができ、なんとか撮影しましたが、残念ながら夕日が雲に隠れてしまいました。しかも、かなりの揺れで、一瞬顔を出した太陽は撮影できず。波が穏やかで、雲がなければ、こんな美しい景色を見ることができます。
筆者が乗船したときは、遊園地のアトラクションかと思うくらいの揺れだったため、船が苦手な人は、ローソク島展望台から見るのがいいかもしれません。
夕日とのコラボは見られませんが、自然が生み出した美しい彫刻を見ることができます。
地層で地球の歴史がわかる島前の絶景
島前の3島は、カルデラと呼ばれる地形で、大規模な噴火によって生まれた特徴的な姿をしています。
3島の真ん中が火口で、そのまま海の水位が上がったことで各島の中央に高い山があり、海に囲まれています。そのため、それぞれの島で地球の記憶ともいえる地層を見ることができます。
カルデラの絶景が広がる西ノ島町の摩天崖
海食作用によってできた崖が、摩天楼ならぬ「摩天崖(まてんがい)」です。
海抜257mから海を見下ろし、遊歩道を進んでいくと、左右が海で、カルデラの地形であることがよくわかります。
遊歩道といいながら、なかなかの急斜面。国立公園だから、きれいに整備されているのかと思いきや、放牧されている牛や馬がある一定の長さまでしか草を食べないため、このような状態になるのだとか。途中で食事中の牛にも会えました。
頂上からの景色から一転、見上げてみると、より崖であることがわかります。摩天崖は、垂直に切り取られたような海抜257mの大絶壁。海食崖では、日本一の高さを誇ります。見上げると、頂上からの景色とはまったく違った自然の造形美が見られます。
海にせり出した岩石の中央部分が海食作用でえぐり取られてできたアーチ状の岩の架け橋「通天橋(つうてんきょう)」は、写真では伝えきれない迫力がありました。これは、ぜひ実物を見ていただきたいです。
まるでサファリパークのような知夫村の赤ハゲ山
隠岐4島の中で最も小さい島、知夫里島(ちぶりじま)。急な斜面など、よりカルデラ地形であることがわかる島でもあります。
ここでは、サファリパーク並みに動物と触れ合えるという赤ハゲ山に向かいました。
牛が放牧されている、のどかな風景。しかも、子牛が走っていました。牛はのんびり歩くものだと思い込んでいた筆者にとっては驚き。牛とヤギの違いはあれど、『アルプスの少女ハイジ』の世界が広がっていました。
国の名勝、および天然記念物に指定されている赤壁では、より地球の変化がわかる地層を直接見ることができます。
玄武岩(げんぶがん)の赤い部分は、火口近辺ですぐに酸化し、その下の層ですぐに酸化しなかった部分が黒くなって地層になっていると、ネイチャーガイドの松本ダヴィッドさんが教えてくれました。何度も噴火を繰り返し、地球が変化してきたことを目の前で体感できる場所です。
知夫里島のシーカヤックツアー
今年からスタートしたという、シーカヤックで海から島を見るアドベンチャーも体験してきました。
初心者でも参加できるよう準備体操から始まり、パドルの持ち方なども陸でレクチャーを受けスタートです。海の透明度と、崖のめずらしい地層など景色に魅了されます。ツアーでは、小休憩できる入江にも立ち寄りました。
今回は、特別に上空からドローンで撮影してもらいました。
地球と隠岐の成り立ちがわかる展示室「Geo Room“Discover”」
いくつもの地球の記憶ともいえる地層を見てまわっていると、壮大過ぎてどれくらいの時間軸かがわからなくなってきます。
そんなジオパークをコンパクトに学べる場が、海士町のEntôにある展示室「Geo Room“Discover”」です。宿泊施設内ではありますが、宿泊客以外も入ることができ、地球と隠岐の成り立ちがわかる展示になっています。予習してから実物を見るとよりわかりやすく、また実物を見た後の復習にもぴったりな施設です。
地元の食材を中心とした地産地消のBBQ
隠岐は海に囲まれていますが、湧き水が豊富でおいしいことから、昔から豊かな地域だったと考えられます。
北前船が嵐をよけて寄港する風待ちの島としても知られ、島でありながら、多くの情報や新しいものが入ってくる場所でもありました。そのため、海の幸だけでなく、山の幸も豊富です。
キャンプ場が各島にあるそうですが、今回は、海士町にあるキャンプ施設「TADAYOI」に滞在。海の目の前にはドームテント、海から徒歩3分程の場所にはベルテントがありました。
テント内は、思った以上に広々していて、大人2人なら贅沢に感じられるくらいの広さ。テントごとにトイレ、シャワー、キッチンスペースがあり、キャンプ初心者も安心です。
BBQの予約をしておくと、このキッチンスペースの冷蔵庫に食材が準備されます。
通常は、宿泊テントの横のスペースでBBQをするのですが、今回は、景色のいい海辺でBBQを楽しみました。
ブランド牡蠣である春香(はるか)を始め、サザエ、イカ、隠岐牛や地元である海士町の野菜など、盛りだくさん。飲み物は、QRコードでオーダーするとテーブルに運んでくれます。
地元のおいしい食材を食べながら、隠岐しぜんむらネイチャーガイドリーダーの福田孝之さんに、隠岐の島の魅力をうかがったところ、「(島民たちの)顔が見えるので、新しいことを始めるときに反映しやすいですね」と話します。
例えば、SDGsの取り組みについては、学校給食から有機のものにしようなど、島の環境をよくしたいと考える人の声が多く挙がったそうです。そして、島は誰がどのような提案をしたかわかる距離感にあり、とりかかりやすいといいます。
このような活動をされている福田さんは、地元出身かと思ったら、なんと移住してきたそう。実は、今回のツアーで案内をしてくれたみなさんが、移住者でした。
目的があってくる人、そうでない人がいて、この島に魅了され、そのままずっといる人や、新たなチャレンジで島を離れる人など、いろいろだそうです。
歴史的な島であり、人が外から来ることでもたらされる情報やメリットを昔から経験しているからこそ、外から来る人を迎え入れる風土が島にはあるのだそう。隠岐の島は、訪れた人々を惹きつける魅力であふれています。
自然の恵みを享受し、受け継ぐ島を旅しよう
4島を駆け足で巡ってきましたが、それぞれの島で、地形を活かし、自然の恵みを享受しながら、それを次世代へとつなげていく暮らしをしていることがわかりました。
隠岐の島といえば、後鳥羽上皇や後醍醐天皇が配流された島としても知られていますが、都からの方角や島の豊かさも考慮されていたようです。
4島に分かれているため、島間の移動は船になります。今回は、各島のスポットを巡ってきましたが、ほかにも見どころ満載。時間をかけてゆっくり訪れるか、巡る島をひとつ決めて、レンタカーやレンタサイクルで1島ずつ周遊してみるのもよさそうです。
最後に、隠岐四大大社のひとつである由良比女神社にお詣りしました。実は、初日に「イカは拾っていた」というお話を、隠岐ジオパーク推進機構の事務局長の野邉さんから聞き、どういうことかと疑問に思っていたのです。
帰りのフェリーにギリギリ間に合うとのことで急遽、立ち寄っていただきました。
祭神の由良比女命が海を渡っているときに、海に浸した手をイカが引っ張ったので、そのお詫びの記に毎年由良の浜にイカが押し寄せるようになったと伝えられています。昔話ではなく、なんと平成までイカを拾う記録が残っていました。
島めぐりの最初と最後にお詣りもできた隠岐。これほど、地球の成り立ちが目の前で見られる島だということを初めて知りました。この大切な営みを後世に残せるように、地球にやさしく過ごしたいと改めて感じる旅でした。
一般社団法人 隠岐ジオパーク推進機構
https://www.10th-oki-geopark.com/