独自の燃焼音と香りが魅力
一方でランタンについてうかがってみると、旅の延長にあるような、自然に寄り添う暮らしが垣間見える。
「いちばん使うのは、コールマンの灯油仕様ランタン。友人たちと庭でパーティーを開くときなどに重宝しているよ」
ホワイトガソリンに比べてぐっと安い灯油仕様のランタンは、日常的な集いのほか、招かれたイベントや車の旅でも重宝している。
「ガスやホワイトガソリンと違って、量り売りしてもらえる灯油は、容器のゴミが出ないでしょ。そのあたりの心理的負担の少なさも魅力だね」
そうして取り出したのが、ドイツ製のフュアハンドランタン、いわゆるハリケーンランプだ。
「庭につくった竪穴式住居で、焚き火と共に使うのに具合がいいんだよ」
光が強すぎるランタンだと、焚き火のまわりに影を落としてしまう。優しく灯る灯油ランプは、焚き火のほのかな光や空気感を損なわずに、ほどよい明るさで辺りの暗がりを照らしてくれるという。そうして、灯油ランタンは異境の地へ心を運んでゆく。
「アジアや南米のはずれに行くと、民家や屋台で灯油ランプを使っているよね。夕暮れが迫ると、あちこちからカシャカシャとポンピングの音がして……。あの燃焼音と黄色い光が、遠くまで来たなと思わせてくれるでしょ」
灯油仕様の光を愛用しているのは、旅心にも火を灯してくれるからだろうか。
☆ ☆
「せっかくだから、火を着けてみよう」
そういって、愛用のストーブを手に竪穴式住居へ。まずはオプティマスのナンバー00に火を着けた。
「灯油仕様はガソリンモデル以上にプレヒートが重要でね。この受け皿の部分にティッシュを詰めるのがコツなんだ」
そうしてポンピングしてタンク内の燃料を噴出させ、灯油の染みた紙に点火。
「ここでじっくりストーブを温めるから、どうしても時間がかかるんだよね」
液体燃料ストーブの魅力は、オートバイのエンジンを思わせるデザインにもある。そういうと、オートバイが好きだというカメラマンがうなずく。そうしている間にも、揺らめく炎に魅入られる。
バックパッカーとして知られるシェルパさんだが、その旅の原点は、大学を休学して彷徨った、オーストラリアのオートバイ旅にあるという。そのため、最初に手にしたストーブはレギュラーガソリンが燃料の、オプティマス8Rだった。ライターデビューのきっかけとなった揚子江下りの旅でも8Rを使用。その後、僻地の旅へと足を踏み入れるようになると、入手が簡単な灯油仕様のストーブへと移っていった。国内での歩く旅、山の旅ではもっぱらガスストーブを使うというが、旅のスタイルや行く先によって、液体燃料仕様ストーブの進化形であるSOTO・MUKAストーブや、レギュラーガソリンから灯油、はたまたジェット燃料をひとつのフューエルポンプでまかなうことができる、オプティマス・ノバなどを使い分けているという。
頃合いを見てノズルを閉じ、すかさずポンピング。するとしだいに炎は青くなり、いきいきと燃えはじめた。辺りには心地よい燃焼音と、懐かしいような灯油の燃えるにおいが漂う。
「これでようやくお湯を沸かせるのだから、まったく手間がかかるよね」
まるでそう思っていないであろう笑顔で、シェルパさんはいう。それからさらに2台、愛用のストーブに火を着けた。そうして愛機に触れながら、旅のかけらをぽつりぽつり。ひとり旅が多かった旅人の無聊を慰めたのは、気温や燃料の残量によって、気まぐれな猫のように機嫌を変える彼らだったのだろう。
暗がりのなか、取材班を含めた5人の大人が口を開いたり、黙ったりしながら、個性の異なるストーブの火を見つめる。この不思議な、満ち足りた気分は、どこからくるのだろう。
道具の素晴らしさは、軽くて便利なことだけではないからこそ、奥深い。
※構成/麻生弘毅 撮影/三浦孝明
(BE-PAL 2023年12月号より)