名前を聞いただけで、色やにおいが浮かんでくる花は数多い。なかでもシクラメンは、昭和のヒット曲でも歌われた‟名花”。ナチュラリストのおくやまひさし氏が、その魅力を美しいイラストと写真で解説する。
シクラメンの和名が「豚の饅頭」の理由とは
「シクラメンのかほり」を布施明が歌って大ヒットしたのは1975年
シクラメンはサクラソウ科シクラメン属の多年草。球根植物でギリシア、シリア、ヨーロッパの地中海沿岸が原産だ。
小椋佳さんが作詞・作曲した「シクラメンのかほり」の大ヒットをきっかけに冬の鉢花として一気に人気の花になったが、大輪咲きの園芸種は、ほとんど香りがなかった。この曲が大ヒットした1975年ころに日本で育種された芳香性シクラメンが登場し、品種改良が進んでいく。花屋の店頭に並ぶシクラメンは、色も大きさもじつに多彩だが、小椋佳さんは「真綿色」や「うす紅色」「うす紫の……」と表現した。
葉の数だけ花をつける
シクラメンはヨーロッパでは「雌豚のパン」と呼ばれたため、「豚の饅頭」という和名をもつ。植物学者の牧野富太郎が花の形が篝火に似ているからと「カガリビバナ」と名付けたのだが、今ではなぜか誰もカガリビバナなどとは呼ばない。
開花後、結実すると花柄がらせん状にくるくると巻くため、ギリシャ語で旋回・円を意味する「kyklos」に由来する呼び名「シクラメン」(Cyclamen)になった。なんとなく気品の良さが感じられるが、これがもしカガリビバナだったら、小椋佳さんの名曲も作られず、今のような人気はなかったかもしれない。
豚の饅頭という名も気になる。鉢をひっくり返して、土を払ってみたら、がっちりした硬い饅頭のような球根が出てきたが、はたして豚はこれを食べるんだろうか? この饅頭から地上にのびた茎は、たくさんの葉を付ける。面白いことに、シクラメンは葉の数だけ花を付けるのだ。
豚の饅頭と呼ばれる大きな球根。
うす紅色のシクラメン。
花柄はらせん状に巻かれる。
1枚の葉に1個のつぼみが付く。
おくやまひさし プロフィール
画家・写真家・ナチュラリスト。
1937年、秋田県横手市生まれ。自然や植物に親しむ幼少期を過ごす。写真技術を独学で学んだのち、日本各地で撮影や自然の観察を開始。以降、イラストレーター、写真家として図鑑や写真集、書籍を数多く出版。
※イラスト・写真・文 おくやまひさし
(BE-PAL 2024年1月号より)