ニューヨークやボストンからも近い、アメリカ東海岸にある「ニューイングランドトレイル」。2023年10月、世界各国のロングトレイルを次々と踏破している日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんが、そのニューイングランドトレイルに挑みました。日本ではあまり知られていないニューイングランドトレイルの実態、アメリカ東海岸のトレイル事情などについて、斉藤さんによる実感たっぷりの最新リポートをお届けします。(東京の山を登る連載はこちら・TOKYO山頂ガイド)
初回となるvol.1は、本場アメリカでの区分などを例に、ロングトレイルの基礎についてご紹介します。
アメリカ三大トレイルって?
ここ数年、日本でも整備が進んでいるトレイルですが、やはり本場は北米。特にアメリカには、各地にたくさんのトレイルがあります。
トレイルで真っ先に名前が挙がるのが、アパラチアン・トレイル(AT)。アメリカ東部にあり、アパラチア山脈沿いに伸びる約3,500kmの道のりです。
次に、パシフィック・クレストトレイル(PCT)。アメリカのロングトレイルの中で、日本人が一番多く歩いているといわれ、アメリカ西部のメキシコとの国境付近から、カナダとアメリカの国境までの約4,260kmの道のりです。
そして、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)は、アメリカの中央部のロッキー山脈を中心に、アメリカ大陸の分水嶺を歩くトレイルで、こちらは、約5,000kmの道のりです。
この3つのトレイルは「アメリカ3大ロングトレイル」と呼ばれ、すべてを歩いた人には「トリプルクラウナー」という称号を与えられます。
シーニックトレイルって何だ?
アメリカ3大ロングトレイルの情報は、日本でもわりと見聞きします。でも、それ以外のトレイルとなると、情報はあまりないかもしれません。トレイルの本場アメリカでは、アメリカ連邦政府が指定しているトレイルが2種類あります。
一つは「ヒストリックトレイル(歴史のトレイル)」。これは、アメリカの開拓の歴史をたどる道のりで、多くの場合は道路になっています。
もう一つは「シーニックトレイル(景観のトレイル)」。これは、いわゆるハイカーが歩く道のりです。全米各地には数千ものトレイルがありますが、このシーニックトレイルに指定されるにはアメリカ連邦議会の承認が必要になります。そうしたハードルもあり、アメリカ3大ロングトレイルを含め、全米でわずかに11のルートしかシーニックトレイルに指定されていません。今回の私の旅は、そんなシーニックトレイルの一つ、「ニューイングランドトレイル」を歩こうという試みです。
極端な円安&物価高の中で歩けるロングトレイルは?
今回ニューイングランド・トレイルを歩こうと決断した理由は――。
コロナウィルスの影響もあり、2019年からアメリカのトレイルを歩いていませんでした。本年5月にコロナウィルスに関する制限がなくなったことで、ようやく海外のトレイルを歩ける状況になりました。ただ、問題だったのは航空券の値段の高騰と極端な円安が進んでいたことです。
2023年5月ごろ、アメリカに行った方から、物価高に関する恐ろしい話の数々を耳にしました。ホテルが1泊200ドル(約3万円)だの、ハンバーガーのセットが2千円するだの、アメリカへの1人の出張費が航空券込み10日ほどで100万円かかっただの…。それはそれは恐ろしい話ばかりでした。
今年は円安がひどいので、アメリカ行きは断念しようか…。一時はそんな考えも頭をよぎりましたが、時間がたつにつれ、物価が下がっていくような動きもあり、時々航空券の値段を見たり、為替相場をチェックしたりしていました。
そして8月、航空券が10万円台前半になったところで、ようやくアメリカ行を決断しました。歩くのは、シーニックトレイルの中でも1番短いニューイングランドトレイル。短い距離なら、その分、予算を抑えて歩き通せるのではないかと考えたのです。
ニューイングランドトレイルってどんなトレイル?
ニューイングランド・トレイルは、コネチカット州とマサチューセッツ州という2つの州にまたがるシーニックトレイルで、2011年に連邦政府による指定を受けました。
トレイルは、元々この地域にあった「タコメットモナドノックトレイル」「マタベセットトレイル」「メタコメットトレイル」の3つのトレイルを繋げた形で作られているそうです。地理的な知識のない僕にはなんのこっちゃ?でしたが、とりあえず既存のトレイルを繋げて作ったトレイルであることは理解できました。
全行程215マイル(346 km)のルートは、コネチカット州ギルフォードのロングアイランド湾からメタコメットリッジを越え、パイオニアバレーの高地を通り、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州の州境までとなるようです。
(参考)https://newenglandtrail.org/interactive-map/
有名なジョンミューア・トレイルとほぼ同じ距離ですが、ルートはアクセスも良く、ジョンミューアトレイほどのアップダウンもないので、短い日数で歩く事が出来ます。
また、海岸線からニューイングランド地方特有の美しい森を歩くルートになり、紅葉時期に山々が美しく色づきます。以前、日本におけるロングトレイルの第一人者の故・加藤則芳さんと同じ年に、アパラチアン・トレイルを歩いたことがあります。僕は8月に歩き終えたので、ニューイングランド地方の紅葉を見ていませんでした。加藤さんが「せっかくアパラチアントレイルを歩いているのにニューイングランドの美しい紅葉を見ないで終わるのはもったいない」とおっしゃっていた事を思い出します。
実はアパラチアントレイルは、今回歩く予定のコネチカット州もマサチューセッツ州も、そしてニューハンプシャー州も通過します。当時アパラチアントレイルで目に出来なかったニューイングランド地方の紅葉が見られるかと思うと心が躍ります。
アパラチアン・トレイルでは、コネチカット州とマサチューセッツ州はさほどアップダウンはなかったような記憶があります。ニューハンプシャー州はアパラチアン・トレイルで一番標高の高いエリアで、日々標高差のあるアップダウンを繰り返していましたが、今回は州境までしか行きません。
それなら少し楽に歩けるかなとも思ったのですが、円安の恐怖でビビってしまい、普通にサクサク歩く計画を立ててしまいました。
さて、本当にアメリカの物価は高いのか…!?
この短期集中連載では、今のアメリカのリアルについて、ニューイングランドトレイルの見どころや紅葉と共にお伝え出来たらと思います。
さて、次回はニューイングランドトレイル攻略についてです。