東京23区内、特に山手線の内側はビル街や飲食店街、住宅街ばかり。そう思っている人が多いかもしれません。でも、目を凝らせば東京都心にも「山」はあります。そんな東京の山の世界を、日本で唯一のプロハイカーである斉藤正史さんが案内します。第28座目は、北区にあるミニチュア富士をめぐります。
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第28座目「田端富士」
今回は、JR田端駅北口登山口(最寄り駅)からのスタートです。この日は、朝から予定が立て込んでおり、田端駅に到着したのは夕方でした。今回は富士塚、おなじみの人工富士になります。その存在は間違いないので、夕方でも安心して出発できました。目指すは、田端八幡神社です。
石段伝いに「登れる富士山」
白山小台線を本駒込方面に向かって歩いていきます。両サイドに丘が見え、道路はその丘の裾野を歩いて進んでいきます。このままでは、わずか数分で着いてしまう「難敵」です。記事のネタになりそうなものが何かないか、キョロキョロしながら歩いていくのですが、これという出来事もなく、あっという間に目的地に着くのでした。特に書くことがない…という不安が的中する形で、良くも悪くも順調に到着しました。
田端八幡神社の隣は、東覚寺です。東覚寺には、石造金剛力士立像があります。この像は、全身に赤紙が貼られているので、通称赤紙仁王とも呼ばれています。身体の悪い人が、疾患のある部分に赤い紙を貼って祈願すれば、病気が回復すると伝えられているのだとか。横にある草鞋は、祈願して病気の回復した人々によって供えられたものだそうです。この石造金剛力士立像は、もともと田端八幡神社の前にあったそうです。明治維新の際に、神仏分離令があり東覚寺の境内に移されたのだとか。
田端八幡神社は、田端村の鎮守として崇拝された神社で、品陀和気命(ホンダワケノミコト)を祭神としています。1189年、源頼朝が奥州征伐を終えて凱旋するときに、鶴岡八幡宮から分霊して創建されたそうです。長い歴史の中で、社殿は何度も火災などに遭い、焼失と再建を繰り返し、1992年に再建され現在の形になったそうです。
境内には、稲荷社のほかに田端冨士三峯講が奉祀する冨士浅間社と三峰社があり、冨士浅間社では毎年2月20日に「冨士講の初拝み」として祭事が行われているそうです。
さて、皆さんお気づきでしょうか。以前に富士山の周りを歩いたことがあったのですが、その時聞いたのが、登る山は「富士山」、霊山としての山は「冨士山」とされるのだとか。霊山を表現する場合、ワ冠となるのだそうです(諸説あり、です)。
入り口には、田端山元講の石碑があり、石段を登っていくと田端富士がありました。夕方に露出高めで撮ったのですが、結構暗くなっていたので、後から確認したら写真がブレブレでした。残念。
富士塚は祈願の対象なので、登山NGだったり、期間限定でしか登れないところもあります。その点、この田端富士はいつでも登山OKです。たった5mほどの高さですが、やっぱり「富士山を登る」というのは気持ちが良いものですね!
次回は「荒川区にある太田道灌ゆかりの山」を予定しています。
なお、今回紹介したルートを登った様子は、動画でご覧いただけます。