ミステリーランチ創業者・特別インタビュー「私たちは常に前進し、進化し続ける集団です」
「日本のユーザーさんはとても情熱的ですね」
アメリカのモンタナ州南西部、ロッキー山脈の麓にある山間の田舎町ボーズマン。バックパックの天才デザイナーとして有名なデイナ・グリーソンさん(以下、デイナ)は、1975年にその地に居を構え、自らミシンを踏んでバックパックを作り始めた。それ以来、約50年にもわたって、あふれ出るアイデアをカタチにし続けている。
そんな彼が昨年10月、息子のデイナ3・グリーソンさん(以下、D3)とともに、長野県松本市で開催された「アルプス・アウトドア・サミット」というイベントに参加するために来日。
「今回登壇オファーもいただいていましたが、私自身、いちど日本の山に登ったことがあり、再び来日できることにもの凄く興奮しました」
とD3は笑みを見せる。
「バックパックは、作り手の思惑だけでは作れない。私たちが作った製品を背負って、実際に山で使うエンドユーザーさんと交流することはとても大切なこと。それが参加を決意した大きな理由です」(デイナ)
このイベントは、国内外のアウトドアブランドがブース出展し、3日間の会期中、初日のメディアデーを除く2日間は、一般の方も入場して各ブースを訪問することができるというもの。ミステリーランチ(以下、MR)のブースには多くのファンが押しかけ、大盛況だったという。
「ユーザーさんにとって、パックのどこが重要なのか、どんな経験をしてきたのか、パックを背負ってどこへ行き、どんな旅をしてきたのか──といった、生の声を聞くことができました。つくづく、参加してよかったと思っていますよ」(デイナ)
「MRファンの方はもちろんですが、そうではない方々もブースに立ち止まって、話をしたがる方がたくさんいらしたのが印象に残っています。日本市場、とくに開催地の松本エリアは、山へ行くことや山にいることへの情熱にあふれた方が多く、とても感動しました」(D3)
日本のイベントに参加したことは、デイナ父子にとって大いに意義あるものになったようだ。
さてここで、デイナがMRを立ち上げた経緯を紹介しよう。
ボーズマンに引っ越すと同時に、自宅にあったミシンを使ってパック作りをスタートしたデイナは、まず「クレッターワ―クス」というパックブランドを立ち上げる。その後、紆余曲折を経て、’85年に自らの名を冠した伝説的ブランド「デイナデザイン」を創設。会社は順調に成長し、やがて、より資金力のある大きな会社の傘下に入ることになった。ところが、生産拠点をメキシコへ移すという親会社の決定に納得がいかず、’98年、長年のビジネスパートナーであるレネー・シぺル=ベイカーとともにデイナデザインを去ることにした。
失意の後に訪れたアメリカンドリーム
最愛のブランドを失い、すっかり気落ちしたデイナは、スキー三昧の日々を送ることで憂さ晴らしをしていた。そんなとき、娘のアリスから、「自分に合うヒップバッグがないの……」という相談を受ける。彼は、すぐさま仕舞い込んでいたミシンを引っ張り出してサンプルを作ったという。父親が自作してくれたバッグを手にしたアリスは、満面の笑みを浮かべて「こういうのが欲しかったのよ、ありがとう!」と──。
この出来事が、デイナの職人魂に火をつけた。彼はあらためて「真に必要とされ、自分が納得できるパック作り」をするため、新しいブランドを立ち上げることを決意する。それこそが「ミステリーランチ」。20世紀最後の2000年に、新たなスタートをきることになったのだ。
閃きをそのままカタチにできる自由を手にしたデイナの創作意欲は完全復活。従来にはなかった数々の画期的システムを開発していった。パック本体とショルダーハーネス(ヨーク)が完全に独立し、ヨークを適正な位置に調整することで背中にフィットさせられる「フューチュラヨーク・システム」、腰周りの荷重分散をサポートする「ランバーラップ・システム」、Y字型ジッパーによりパックを瞬時にフルオープン状態にして荷ほどきできる「3ジップ・アクセス」などなど──だ。
そして’04年、デイナデザイン時代のパックを使っていたネイビー・シールズからの依頼で、軍事契約モデルを完成させる。これを機に米軍全体から注目されるようになり、会社は一気に急成長を遂げる。それはまさに、アメリカンドリームだった。
デイナのCEO退任が会社の成長をサポート
デイナとレネーのリーダーシップで順調に成長してきたMRだが、’22年に突如司令官ふたりが退任することを発表。
「一時期はデザイン面に関わるほとんどすべてのことを手がけていました。でも、制作現場から徐々に身を引くことで、スタッフそれぞれの得意分野を発展させられると思うんです。それが、ブランドの成長を促すと確信しています」(デイナ)
単に身を引いたのではなく、一歩下がって会社全体、勤勉なスタッフたちを見守るミッションを担う、新しい“職”に就いたということのようだ。
「いまも週に3〜4日はオフィスに行っています。でも、できる限り手出し、口出ししないのが役目。私にとってそれは大変なことですけどね」(デイナ)
この組織改編にともない、D3はプロダクトディレクターというポストに就任。
「レネーとデイナは、これからも少しずつ前線から身を引いていくでしょうが、それにつれて現場の私たちは小さな一歩を踏み出せる。だから、会社もスタッフも成長し続けられるのです。そういう意味で、退任した彼らは、新たな一歩を踏み出したんだと思っています」(D3)
「最重要ミッションは地道で真摯な“モノ作り”です」
新たなポストに就いたD3は、どのようなアクションを起こすのだろうか?
「大切なのはシステムデザイン(仕組み作り)だと信じています。もちろん、デイナとレネーはこの会社の初期段階におけるシステムの多くを構築してくれました。でも、会社が成長し続ける限り、さらにその先へ常に前進し続けなければならない。そして私は、会社が進むべき方向性についてのアイデアをたくさん持っています」(D3)
デザイナーや開発者の隣には常にミシンが!
広いMRのファクトリーには、たくさんのデスクが並び、その横には必ずといっていいほどミシンが置いてあるのはなぜか?
「MR製品に独自性があるのは、そのすべてがデザインした人、いいアイデアを思いついた人の手によって作られるからなんです。だから、デザイン、開発、生産に携わるスタッフには、ひとりに一台のミシンが与えられます。そもそもうちでは、入社したらまずミシンの扱いを学んでもらっています。1年ほどは、ひたすらミシンを踏むことになりますね」(D3)
「素晴らしいパックをデザイン、製造することに加え、常に新素材を探求し、前進する。それがMRのモノ作りです」(デイナ)
森林火災の消火活動のように、パックが極限まで酷使される現場でも、MRパックが採用されている。そうした現場での作業を分析し、ユーザーの意見に耳を傾けるからこそ、シリアスな現場で活動するスペシャリストの信頼を勝ち得ているのだ。
デイナは、「世界最高のパックを作っている」と豪語する。それは、前進することをやめないD3に受け継がれていくはずだ。
モンタナ州ボーズマンにあるファクトリー兼オフィス。デスクの横には必ずミシンがあり、閃きをすぐ形にできる環境が整っている。
デイナが考案した、パックを瞬時に全開できる「3ジップ・アクセス」。それを初めて導入したモデルが、この「スイートピー」だった。
米国のファイヤーファイターの活躍を捉えた写真集。
山火事の現場で必要な機能とデザインを盛り込んだMR製バックパック。
デイナ・グリーソンの足跡
1975年 クレッターワークス創設
モンタナ州ボーズマンで、自らのブランド&ショップとして、クレッターワークスを立ち上げる。
1977年 モジョ・システム設立
クレッターワークス社の株式を売却し、新たに得た資金でカメラパックに特化したブランドをスタート。
1985年 デイナデザイン設立
自分が本当に作りたいバックパックを作るために設立。著しい成長を遂げ、後に「アンソニー・インダストリーズ(K2の前身)」によって子会社化される。
1998年 デイナデザインを去る
生産拠点をメキシコへ移転するというK2社の方針に反旗を翻し、デイナは仕事上の相棒であるレネー・シぺル=ベイカーとともに会社を去ることに。
2000年 ミステリーランチ設立
K2社との非競争契約期間が満了するのを待ち、レネーとともに新たなパックブランドを立ち上げた。
2004年 軍事契約モデルを開発
旧デイナデザインのパックを使っていたネイビー・シールズ(米国海軍特殊部隊)からの依頼で、軍用パックを開発し、’11年には米国海兵隊に制式採用されることに。
2013年 海外生産を開始
会社として大きく成長したミステリーランチは、米国製と同じ高品質の製品をより手頃な価格で提供するために、現地工場へ人材を派遣して技術指導を行なった。
2022年 デイナ、CEOを退任
長年のビジネスパートナー、レネーとともに会社を退き、息子のD3がプロダクトディレクターに就任。ミステリーランチの新しい未来に向け、大きな組織改編を断行した。
2024年 ミステリーランチの注目アイテム
レイディックス31
¥30,800
トレイルを軽快かつスピーディーに移動したいユーザーのために開発されたモデル。背面長調節が無段階にできる軽量なハーネスを装備し、ウエストベルトとコンプレッションベルトは用途や状況に応じて着脱可能。
「メインジッパーはフルレングスなので、こうして大きく開けます。パック内の荷物の出し入れがとても楽になるんですよ」(D3)
ギャラゲーター25
¥18,150
険しい山道歩きから自然公園や里山の散策まで、幅広い用途に活用できる万能タイプ。3ジップ式開閉だから、パック内へのアクセスも容易だ。ショルダーパッドはポケット付き。
スクリー22
¥28,600
必要な荷物だけを持って登り、そして戻ってくるために開発された頂上へのアタック用パック。軽量で耐久性に優れた素材が使われ、荷重安定性も抜群だ。3ジップ・アクセスで荷ほどきも楽ちん。
ディストリクト プロ
¥20,900
たくさんのポケットがありケーブルや小物類をシステマチックに収納でき、サイドポケットはボトルや傘の収納に重宝する。日々PCやタブレットを持ち歩く人にお薦めのモデル。
※構成/坂本りえ 撮影/永易量行
商品問い合わせ先:エイ アンド エフ TEL:03(3209)7575
(BE-PAL 2024年2月号より)