「ゴルフ」がもたらしたライフスタイルの革新
2024年にフォルクスワーゲン・ゴルフは生誕50周年を迎えます。
ゴルフがもたらした革新のうち最も大きなものは、小型車の使い途を拡大したことではないでしょうか。
小型車だからといって自宅周辺を走るだけでなく、人とたくさんの荷物も乗せて遠くまで往復できるようにしました。エンジンをはじめとするメカニズムをボンネットの中に収めて前輪を駆動することで空間を確保しているのは、そのための手段に他なりません。
前輪駆動システム自体はゴルフが初めてではありませんが、ゴルフはテールゲート付き2ボックス型ボディを併せて採用しました。これによって、シートをそれぞれ倒してトランクルームと繋げ、広大な荷室を作り出すことに成功したのです。5人乗せなければ、その分のシートをたたみ、より多くの(大きな)荷物を積み込めるという合理性と多用途性が実現されたのです。
ゴルフ以前でも、大型のステーションワゴンならば人も荷物もたくさん積み込むことはできました。小型車でもそれを可能にしたところにゴルフの革新性がありました。つまり、それまで余裕のある人しか買えない大型ステーションワゴンでしか行けなかったキャンプやスキーなどの道具を使うアウトドアアクティビティやレジャーなどを、小型車ユーザーにも解放したのです。
日常生活でも、食料品や日用品のまとめ買いも可能にしました。大型スーパーやショッピングセンターなどに顧客が自らクルマを運転してやって来て、1週間分の買い物をしていくようなライフスタイルに小型車でも対応できるようになりました。
もちろん、そうしたクルマの使い方の大きな変化は、社会の変化と表裏一体のものです。第2次世界大戦後の世界で経済成長が進み、冷戦下だったとはいえ、相対的には平和な時間が続いたことなどによって、多くの人々が余暇を楽しむ余裕が生まれ、拡大していきました。
いわゆる大衆消費社会というものが出現して便利になった反面、自分と家族でやらなければならないことも増えたのです。クルマはそれを推進する手段でもあります。
ゴルフが生産され続けてきた50年間というのは、第2次大戦後の世界の大きな変化がその背景にあったと理解することができるのではないでしょうか。
8代目「ゴルフGTI」はただ速いだけじゃない
そんなことを考えていたら、数年ぶりにゴルフGTIを試乗することができました。初代ゴルフ誕生の翌年から造られ続けているゴルフのスポーティ版です。
ゴルフの実用性の高さを損なうことなく、速くスポーティなドライビングができるところがコンセプトで、それは歴代にわたって変わることがありません。
現行の8代目ゴルフGTIに搭載されるターボ過給された2.0リッター4気筒エンジンは、245馬力の最高出力と370Nmの最大トルク。初代GTIが1.6リッターの自然吸気による4気筒からの最高出力が110馬力だったのに対して、8代目は排気量も拡大された上にターボ過給され2倍以上に高出力化されています。
トランスミッションも、初代の5速マニュアルからツインクラッチタイプの7速「DSG」に。DSGは現行のGTIだけでなく、1.0リッターや1.5リッターエンジンを搭載するスタンダード版の各種「eTSI」モデルも同じです。
エンジンは回転数やギア数を問わずに太いトルクを発生させ、右足を踏み込んだだけ力強い加速を示していきます。
DSGの賢さに舌を巻いてしまうのは、減速時です。フットブレーキを強めに踏み込むと、ギアが1段ないし2段落ちます。エンジン回転も合わされますから、コーナー脱出時では減速した直後から低いギアによる鋭い加速が得られるのです。スポーツモードを選ぶと、より頻繁にシフトダウンを行います。
8代目ゴルフGTIでは、走行モードを切り替えられます。コンフォートモードでは、フラットな姿勢を保ちながら、路面からのショックのカドが巧みに丸められた快適な乗り心地です。
スポーツモードに切り替えると、サスペンションは引き締められ、フラット感は増しますが、反発は強まります。不快な硬さではありませんが、移動のためでしたらコンフォートモードの方が楽ですね。
運転姿勢や視界にも優れ、使いやすいクルマであることは初代からずっと変わりません。ADAS(運転支援機能)も最新で使いやすく、移動のための優れた道具です。
8代目ゴルフGTIは「実用性や多用途性とスポーツドライビングを高い次元で両立させる」という初代からの命題を現代流に見事に達成していました。
前輪駆動の「ゴルフGTI」と後輪駆動の「ID.4」、乗り味の違いは?
改めてゴルフGTIの魅力に気付かされましたが、2023年はフォルクスワーゲンのEV(電気自動車)「ID.4」を一般道やテストコースで乗って、その魅力と実力に触れた年でした。
ID.4は、リアにモーターを搭載して後輪を駆動するので、運転した感覚はゴルフとはまったく正反対です。ゴルフのように駆動と操舵を兼ねている前輪のサスペンションを硬くし、電子制御で走行モードをコントロールする必要がないので、ID.4のサスペンションは柔らかく、ナチュラルに仕上げられています。ゴルフはちょっとしたハンドル操作やアクセルワークなどがダイレクトにクルマの動きに現れる緊張感のようなものを備えていましたが、ID.4は対照的です。
コーナリングや路面の凹凸を乗り越えたりした時に、それを抑え込むのではなく、よく上下動させながら吸収しています。中に乗っている人には、優しく、穏やかに感じます。その分、切ったハンドルに対する応答性にゴルフGTIより少しの鈍さを感じることもありました。違いの大きさはテストコースでより明確にわかりました。
また、フロントにエンジンという大きな物体がない分、ハンドルも大きく切れて良く曲がるので、ボディ寸法と見た目の大きさよりも小回りが効くのも実用車として長所のひとつです。
まだ僕らは、ゴルフのような前輪駆動の感覚に身体が慣れているから、ID.4の感覚に戸惑ってしまう人もいるかもしれません。エンジンと電気モーターというパワートレインの動力源の違い以上に、レイアウトの違いによる体感の違いを感じました。ゴルフの前輪駆動システムも高度に洗練されたものなので、何から何までまったく違うクルマとはいえ、いまは甲乙を付け難いところでしょう。
フォルクスワーゲンのコペルニクス的転回
ゴルフの前輪駆動から、ID.4のリアモーター後輪駆動への転換は、コペルニクス的転回そのものです。
いま、長年にわたってエンジン車を造り続けてきた自動車メーカーの中にはEVに四苦八苦しているところも見受けられます。成果を収めているメーカーもありますが、エンジン車時代の発想や開発、調達や製造方法などの呪縛から逃れられないようにも見えます。半ば習慣化した長年のさまざまなシガラミを断ち切って新しいものを取り入れるのは簡単ではありません。
しかし、フォルクスワーゲンはEVのID.4を製造するにあたって、すっぱりとゴルフのフォーマットを断ち切ることにしました。
振り返ってみれば、ゴルフも、空冷エンジンをリアに搭載して後輪を駆動するビートルからコペルニクス的転回の結果として生まれたクルマです。
純粋のエンジン車をいまのうちに買っておくなら?
ゴルフは2024年にマイナーチェンジを予定していることが発表済みです。しかし、その次のフルモデルチェンジの有無はわかりません。現行の8代目の次の9代目は予定されているのでしょうか?
それとも、「ID.3」「ID.4」「ID.5」「ID.6」「ID.7」「ID.BUZZ」と陣容を増やし続けているEVが取って代わり、9代目はないのでしょうか?
もし、ゴルフが8代目で終焉を迎えてしまうのならば、それはひとつの時代の終わりを告げるものとなるでしょう。ゴルフが展開してきたフォーマットとコンセプトをフォルクスワーゲン自らが手放すことになるからです。もちろん、ゴルフGTIにも同時にピリオドが打たれます。
このごろ、「ハイブリッド化していない純粋のエンジン車をいまのうちに買っておきたいが、何がおすすめか?」という質問を受けることがあります。候補をあれこれ挙げていますが、ゴルフGTIもその中に入っています。買っておく価値のある、完成度の高いクルマであることは間違いありません。