ナイル川の洪水の始まりを知らせるシリウス
古代エジプトでは、シリウスは夜明けに昇ってくる夏に注目されていました。5000年以上前から始まる古代エジプト文明が生まれた要因は、ナイル川沿岸の肥沃な土地にあります。ナイル川は毎年決まった時期に氾濫し、上流から農作物の肥料となる土壌を運んできました。「エジプトはナイルの賜物」と言われる由縁です。
ナイル川の氾濫がいつ始まるのか。その時期を知ることは、農作の時期を決める上で非常に重要でした。
その大事な時期を知らせてくれるのがシリウスだったのです。7月頃、太陽が昇る直前にシリウスが東の空に見え始めると、ナイルの洪水のシーズンの始まりです。
ピラミッドを建造するほど高度な文明が栄えたエジプトですが、実は、星の記録はあまり残されていません。星座についての記録も少ないのですが、「赤道36星座」とでも呼べるような星座が定められていたことがわかっています。一日の間に、36の星座が昇ることになります。また、日の出直前のような特定の時間帯に注目すれば、東から昇ってくる星座は1年の間にも36星座が巡ります。
36の星座の大半は同定されていませんが、シリウスがその一つだったことはわかっています。古代エジプト人はシリウスをはじめとした36星座の動きを日時と関連付けて調べていたこともわかっています。
一年が365日ピッタリでないことを古代エジプト人は知っていた
一方で、古代エジプトでは一種の太陽暦も使われていました。エジプトの太陽暦によれば、1年は365日です。しかし、現在の太陽暦と少々異なります。
現在は、4年に1度、閏年(うるうどし)が入りますね。今年も閏年です。1年に約4分の1日ずつ地球の自転が遅れていくためです。しかし、古代エジプト時代の太陽暦にはこの閏年がありません。
大昔だから正確な周期がわかっていなかったのでは? と思われるかもしれませんが、古代エジプト人は太陽の周期が365日より少し長いことを、ちゃんと知っていました。しかし、理由はハッキリわかりませんが、閏年にあたるものは採用しなかったのです。
古代エジプトの太陽暦では、1年に4分1日ずつズレていくので、毎年少しずつ日がズレていきます。100年すれば25日、200年もすれば50日ほどズレ、季節と暦のギャップもだんだん広がっていきます。つまり暦の上では2月でも、季節は真夏だったり、真夏なのに2月だったり、といった時期が何百年も続いていたと推測されます。
そして365×4のおよそ1470年するとひと一回りして元に戻ります。
1470年というと途方もない年月のように思えますが、古代エジプト文明は紀元前5000年頃から紀元前1世紀まで続きました。1470年で一回りするサイクルを知っていたようです。実際、シリウスがナイル川の氾濫開始を告げるタイミングが新年と一致すると、とても珍しいこととして盛大に祝ったようです。
灼熱の「犬の日」はシリウスの日?
このように古代エジプトは、冬の夜空に輝くシリウスより夏の夜明け前に昇るシリウスのほうがはるかに注目され重宝されていました。
エジプトではシリウスは「ソプデト」と呼ばれ、農耕の神様と見なされていたようです。
シリウスという名前はギリシャ語で「焦がすもの」という意味です。空を焦がすくらい輝くという意味にも取れますが、シリウスが太陽と同じ方向にあるときは地を焦がすほど暑い真夏であることが由来している可能性も高いです。
ギリシャ星座を引き継いだローマ時代になると、シリウスが太陽と重なって暑い日を「犬の日」と呼んでいます。今でも英語で灼熱の日を「ドッグ・デイズ」と言いますよね。
シリウスというと、日本では真冬のおおいぬ座の鼻先で光る、リンとした青い輝きが思い浮かびますが、真夏の真昼の空にもシリウスは輝いています。と思うと、真夏日の午後も少し涼しく感じられるようになるでしょうか……。今年の夏は、夜明けのシリウスにも注目してください。
構成/佐藤恵菜