運転できるのはまだ先のことですが、東京・お台場のBMW Tokyo Bayで実車を眼にすることができました。新型MINIの魅力を、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)の金子浩久がリポートします。
オースチン、モーリス、ローバーからBMWのMINIへ
新型MINIが発表されたお台場のショールームは、MINIとBMWのすべてのモデルが展示されていて、申し込めば試乗もできるという施設です。BMWに限らず、メルセデス・ベンツやアウディなどは近年、モデル数を急速に増やしてきました。既存のショールームでは増え続ける実車をすべて展示するスペースがないために設けられた施設でもあります。
MINIは、イギリスのローバーグループからブランドを引き継いだBMWが2002年に内外とも一新して製造販売を始めました。同じ“MINI”というクルマですが、BMWが開発製造したMINIと、その前にローバー、さらに昔はオースチンやモーリスといったブランドで製造販売されていたミニは全く別のクルマです。
1959年に発表されたミニは小型車に革命をもたらしました。小さなボディからは想像できない車内の広さは巧みな空間設計によるもので、それを可能にしたのは画期的な前輪駆動システムでした。
クルマの前部に設置したエンジンで前輪を駆動する前輪駆動システムはミニ以前にもシトロエンなどに存在していましたが、低速でハンドルを大きく切るとガクガクと振動を起こすという構造に起因する宿命的な弱点がありました。ミニは同時代に開発された等速ジョイントを用いることで、それを解消したのでした。
前輪駆動とすることによって、それまでエンジンと駆動する後輪をつなげていたプロペラシャフトが不要となり、重量とスペースを節約することができて、ミニのようなコンパクトカーでも前輪駆動が実用化されたのです。それまで、フォルクスワーゲンの「タイプ1ビートル」や「フィアット500」などのコンパクトで実用的なクルマの多くはリアエンジンを採用していました。
長くなるので、そのメリットとデメリットをここでは説明しませんが、ミニの前輪駆動の採用はそれほど画期的なことだったのです。詳しくは、『ニッポン・ミニ・ストーリー』(小学館)に書きましたので、ぜひ、読んでみてください。
同書では、ミニが1959年に生産を開始し2000年まで造り続けられ、BMWのMINIにバトンタッチするまでの日本と世界の自動車社会とエンジニアリングに与えた影響の大きさをさまざまな角度から取材して書きました。
日本人に最も愛されたイギリス車
ニッポン・ミニ・ストーリー
革新的小型車として英国で生まれたミニは、モータースポーツだけでなくファッションや流行の最先端でもあった。本国よりもファンが多い日本人たちの証言から、ミニがもつ「モノとしての魅力」を掘り下げる。
いかにボディを小さくし、車内を拡大するか
ミニは、アレック・イシゴニスというエンジニアが今日では考えられないほど少数の部下たちと短時間で製品化したことで知られています。“ボディはなるべく小さく、しかし大人4人が乗れて、キビキビと良く走り、燃費も良いコンパクトカー”という開発目標を実現するために、エンジンをはじめとする既存のコンポーネンツを使って造り上げられました。
初期のミニを見ると、いかにボディを小さくしながらも車内を拡大するか奮闘の跡が窺えます。妥協や遊びのようなものがまったく見受けられず、理詰めの上に理詰めが積み重ねられています。あのカタチは決して“カワイさ”や“親しみやすさ”などを狙って造形されたものではないのです。イシゴニスが理想と考えるコンパクトカーを突き詰めていったら、結果的にあのカタチに落ち着きました。
幸か不幸か、41年間もモデルチェンジされずに造り続けられたことによって、クルマとしての優秀性とともに車名とデザインイメージが世界中に隈なく浸透していったのです。
それを見逃さなかったBMWがMINIブランドを手に入れ、新型をイギリス・オックスフォード工場で2001年から製造し始め、今日に至っています。
直後に工場を訪れ、製造過程を取材しました。ポルトガルに渡り、デビューしたばかりの最初のクーパーでリスボンからカスカイス、ロカ岬などを巡るテストドライブも行いました。2代目以降のすべてのモデルも国内外で乗りました。
MINIをセルフサンプリングしたBMW
MINIはBMWならではの上質な造りとキビキビした走りが高く評価されました。僕もそれには同感でした。しかし、それ以上にMINIが広く受け入れられたと思うのは、クラシック・ミニのデザインイメージを踏襲したからではないでしょうか。
音楽の世界で、ミュージシャンが自分の過去の曲を現代のアレンジで演奏し直すことを「セルフサンプリング」と呼ばれています。エリック・クラプトンが、かつてのデレク・アンド・ドミノスでの「レイラ」を数十年後に演奏してセルフサンプリングしたように、BMWもMINIをセルフサンプリングしたのです。
ミニの誕生から42年が経過して、人々がクルマに期待するものと自動車メーカーが何を造ってビジネスとしていくのかがガラリと変わってしまいました。その証拠にMINIは小さくなく、車内も広くありません。理詰めではないのです。
41年間造られ続けたレジェンドを自ら換骨奪胎し、一見すると正統な後継車のように見えながらも、その精神においては正反対とも呼べるプレミアムなコンパクトカーに仕立て上げられています。でも、それで“こんなのMINIじゃない”と反発されて売れないわけではなく、正反対です。バリエーションを増やして売れ続け、世界での累計販売台数は35万台にもなるのですから。
時代が変わり、ミニに求められていたものと、BMWがMINIに課した役割は大きく変わったのです。惜しまれながら生産が終了してしまった「i3」というEVをBMWは造っていましたが、i3こそ精神におけるミニの後継車だったと僕は考えています。カーボンファイバー製シャシーの後部にモーターを配して後輪を駆動する理想主義的な設計が行われ、特上の走りっぷりに魅了されました。i3で東京から京都を往復した時にはその素晴らしさに圧倒され、購入を真剣に検討したほどでした。
4代目・新型MINIの価格と魅力
4代目となる新型MINIは、まず3ドアのクーパーからリリースされます。エンジン版の「クーパーC」が396万円(以下、消費税込)と「クーパーS」が465万円。EV版の「クーパーE」が463万円と「クーパーSE」が531万円。
フロントガラスとルーフやAピラーなどとのつなぎ目がスムーズになり、テールライトユニットの形状が大きく変わったことで、3代目以前と見分けが付きやすくなっているようです。
インテリアは特徴的で、お盆のように大きく丸いセンターディスプレイが眼を惹きます。ステアリングホイールの奥にあったメーターはなくなり、運転に必要なすべての情報はヘッドアップディスプレイに映し出すことが可能です。
また、車内に投影される7パターンの光のグラフィックとアンビエント・イルミネーション、ドライビング・サウンドなどを好み通りに設定できます。
これまでならば、こうした装備はガジェットのひと言で片付けられていましたが、「車内にいる時間をどう過ごすか?」が新たな命題となり、昨今の運転自動化の進行とともにクルマ側で解決することが求められ始めてきています。そのことに自覚的に触手を伸ばし始めてきているのは、まだ大型の高級車に限られていますが、そういうところはさすがにMINIは早いですね。
走りがどれぐらい進化したのかと併せて、走り以外の部分でどれだけ革新が図られているのか?
新型MINIクーパーには、先代までにはなかった何かが備わっているような気がしてなりません。確かめてみるまで少しお待ちください。