それが、世界に6000頭ほどしかおらず、今も絶滅危惧種に指定されているクロサイです。
そんな希少すぎるクロサイが間近で見られる場所がタンザニアにあるのです。今回はそんな、なかなかお目にかかれないクロサイにたっぷり出会えるワイルドすぎるタンザニアの旅に、海外書き人クラブ会員の現地在住ライターである筆者がお連れします。
アフリカのビッグ5の中で最も希少な動物
あなたは『アフリカのビッグ5』をご存じでしょうか?それは「ゾウ、ヒョウ、ライオン、サイ、バッファロー(スイギュウ)」のことをさします。
キリンが入っていないのはちょっと意外かもしれません。これは、まだ狩りが主流だった大昔、狩人たちが巨大で危険な動物の5つとして呼ぶようになったことに由来しているそうです。今では、「アフリカのサファリ観光で5つ全ての動物を見られたらとてもラッキー!」とも言われるようになった『アフリカのビッグ5』。この5種類の動物を見るためにタンザニアのサファリに出かけても、なかなか目にすることができないのが、クロサイなのです。
タンザニアでは週末にちょっと、という感覚で手軽にサファリ観光に行けます。日本で、週末にちょっと温泉の旅に…というイメージでしょうか。そうやってサファリ観光を繰り返していくと、簡単に見つけられる動物と、なかなか見つからない動物の区別ができるようになります。
サファリの人気者であるキリン、ゾウ、ライオンは、実は比較的簡単に見ることができる動物たちなのです。
例えば、ある国立公園に行った時には、キリンがあちこちにいすぎて、1日が終わる頃には「キリンはもう見飽きた」という、なんともぜいたくな感覚に陥るくらいです。筆者もこの2年の間に多くのサファリを楽しんできましたが、クロサイは唯一、セレンゲティ国立公園でずいぶんと遠くに、まるで点のような極めて小さなサイズでわずかに確認できただけでした。ガイドさんに教えてもらわれなければ、クロサイだとは気づかなかったでしょう。
クロサイがどれだけ稀なのか、思わず力説してしまいましたが、そのくらいサファリの後は毎回「クロサイはやっぱりここでも見られなかった」と感じていたのです。そんな私に朗報が!このクロサイを目の前でたっぷり見られる、タンザニアでもまだあまり知られていない秘境があると聞いて、さっそく向かいました。
まるで映画『ジュラシック・パーク』の世界
向かったのは、ケニアとの国境近くにあるムコマジ国立公園です。筆者が住むタンザニアの実質的な首都であるダルエルサラームからは、車で8時間ほど北上したところにこの国立公園はひっそりと隠れていました。
さっそくこの国立公園に入場しますが、タンザニアの他の国立公園とは明らかに何かが違います。それは、観光客の姿が私たち以外には見られないこと。そのため、いざ敷地内に入ると、そこに広がる雄大なサバンナには私たちしかおらず、私たち人間が、動物の王国にお邪魔させてもらっている感がハンパないのです。
宿泊したキャンプ用テントから国立公園を見下ろすその眺めは、サファリというより『ジェラシックパーク』の映画のワンシーンそのもの。今にも恐竜が現れそうです。
観光業が国の重要な収益源でもあるタンザニア。どこの国立公園に行っても、ヨーロッパやアメリカからの観光客でごったがえしているのに、どうしてここには私たちしかいないのでしょうか?
その理由はこのエリアでそれまで20年以上に及ぶ密猟が行われていたから。クロサイやゾウを含む野生動物がかなり減ってしまい、サファリ観光の場所としてはまだまだ知名度が低いという背景があるのです。しかし、2021年に国立公園内にあるクロサイの保護区が一般市民にもオープンとなったことで、なかなか見ることができないクロサイを見たいと観光客が訪れ、少しずつ注目されるようになりました。しかし、実際に訪れてみると、まだまだ隠れ家的な存在であることは否めません。
そんなわけで、サバンナの荒野を行っても行っても、動物はいるけれども、私たち以外の人間の姿を目にしません。そろそろ人の姿が恋しくなってきた頃に、突然、掘っ建て小屋が姿を現しました。そして、数時間会っていない人間の姿も見えます!あそこが、きっとクロサイの保護地区の入口に違いありません。
ワイルドすぎるクロサイ探し
数時間ぶりに出会った人間を見てほっとしている私たちを、ガイドさんが手際よく彼のサファリジープに乗るように促します。私たち以外に観光客はいないので、並ぶ列もなく、到着して5分以内には、クロサイ探しの旅が始まります。
「保護区」というイメージから、すぐにクロサイが見つかると思っていた私ですが、1時間近く探してもなかなか出会えません。なぜなら、ここは保護区とは言っても55 km2(東京ドーム1200個分)の広さがあり、その中を単独移動するクロサイを見つけるのは、至難のワザだからです。
こんな巨大な保護区でのクロサイ探しですが、これが思った以上に命懸けなのです。多くの国立公園では、車両用の道以外のオフロードには車が侵入してはいけないというルールがあります。しかし、ここは茂みに突入OKだというのです。そうでもしないと、クロサイにはお目にかかれないのです。
なかなかクロサイが見つからず、最初は元気におしゃべりしていたガイドさんもだんだんと口数が少なくなり、真剣な面持ちでクロサイを探します。保護区を見下ろしクロサイの動きを監視している別のスタッフと無線でやりとりをしているガイドさん、彼の運転が少し粗くなってきました。
「これからあの茂みに突っ込むから、顔と体をしっかり守ってね。行くよっ!」
というガイドさんのかけ声とともに、茂みの中に突っ込んでいく私たちのジープ。クロサイの好物でもあるアカシアの木があちこちにある茂みなのですが、このアカシアには鋭いトゲがあるんです。このトゲにひっかかれないように、ジープが茂みに突入するたびに我々は体と顔を守るために車内に体を押し込みます。インディアナジョーンズのアトラクションのようなスリルです。
クロサイとの初対面でのお披露目は…
そんな、茂みのトゲから顔を守ることを繰り返して20分ほどした頃でしょうか。ガイドさんが満足気に言い放ちます。
「ほら、目の前だよ!」
トゲの脅威がないことを確認しながら恐る恐る顔をあげると、目の前には巨大なクロサイが!その瞬間、この数億年前から変わらぬ姿の「生きた化石」が豪快にスプレー状のおしっこを披露してくれました。夢のクロサイにこんな間近で出会えた!と感動している私たちを尻目に、クロサイはそそくさと歩き去っていきます。この放尿は、私たちへのあいさつ、または威嚇なのかしらと思いましたが、ガイドさんによれば、クロサイの縄張りのための習性なのだそうです。
「あれ。今のでおしまい!?」一瞬で終わってしまったクロサイとの出会いに残念がる私たちを乗せ、ジープはさらに茂みの中に進んでいきます。もうこの頃には、ガイドさんに言われなくてもアカシアのトゲを避けるタイミングを熟知している私たち。ジープはさらに茂みの奥深くに進みます。
すると、今度は目の前にクロサイの親子が現われました。先ほどのクロサイよりは少し小さ目のお母さんと子供でした。むしゃむしゃと草を食べながらも、子供をかばうようにしてそそくさと茂みに入るお母さんと、その後をトコトコとくっついていく愛くるしい動きのクロサイの子供。クロサイたちとの対面時間はトータルでも1分ほどでしたが、アカシアのトゲの脅威に直面しながらも、クロサイをこんなに間近で見ることができて感無量。「クロサイの赤ちゃんに会えちゃったね!」と、普段のサファリ観光では長時間の移動に飽きてしまう4歳の息子ですら、今回はクロサイとの対面に興奮していました。
ここムコマジ国立公園では、現在9頭(メス4頭、オス2頭、子供3頭)のクロサイが飼育されています。生後14か月(2024年4月現在)となる子供たちの名前は、一般に募集中で、5000ドルの寄付をしてくれた人にその命名権が与えられます。2024年4月現在、そのうちの2頭はすでに名前が決まっており(スワヒリ語の名前である『Waitara』と『Geory』)、残り1頭の名前を募集中です。日本語の名前を命名できたらいいなと妄想した私ですが、5000ドルはお高い!この保護区で今後も順調にクロサイの数が増えていけば、今後はタンザニアのニエレレ国立公園やミクミ国立公園に解放していく予定だとのことです。
ゴールドよりも価値のある角
サファリの本場であるタンザニアですらクロサイを見つけるのが難しい理由は、ゴールドよりも価値があると言われるクロサイの角を狙った密猟が行われてきたからです。いっときは世界で2300頭にまで数が減ったクロサイですが、このムコマジ国立公園のような取り組みによって、現在は6000頭以上にまで回復しています。
しかし、サイの角の取引が国際条約で禁止されている今でも密猟はここアフリカなどで行われおり、クロサイは現在も絶滅の危機に瀕しています。タンザニアの秘境でのクロサイとの対面は心に残る体験でしたが、クロサイを取り巻く現実の悲劇を再認識する機会ともなりました。
タンザニア在住ライター 堀江知子
民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ政治・世界情勢について取材。2022年にタンザニアに移住しフリーランスとして活動している。著書に「40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法 Kindle版」。
世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員
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