シェアードブルワリーのオリジナルビール。この日、タップにつながっていた(左)「Hop In Black」(ブラック)(右)「Coast Dwellers」(ノルウェーのKveik酵母を使ったIPA)。
レシピから作れるオリジナルビールを「体験醸造」できるブルワリーが、国内にいくつかある。2017年創業の東京都八王子市のSHARED BREWERY(シェアードブルワリー)はその草分け的存在。コロナ禍後にそのニーズは変容してきているという。代表の小林大亮さんに話を聞いた。
日本だから “ホームブルーイング”をビジネスチャンスに
多摩丘陵の一角にある平山城址公園。最寄り駅、平山城址公園駅は新宿から京王線で40分ほど。そこから歩いて5分ほどのところに、SHARED BREWERY(以下シェアードブルワリー)はある。周辺は住宅街。都心から電車で1時間圏内のベッドタウンである。
ブルワリーの名が示す通り、ここはビール造りをシェアするブルワリーだ。
お客さんが自分の造りたいビールの方向性を決め、レシピと材料の麦やホップの品種を決める。醸造はプロにまかせるが、ブルワリーの中に入って製造工程を手伝うなどして、ちょっとした醸造体験ができる。
日本では個人がビールを醸造することは禁止されている。ビールだけでなく、アルコール1%以上の飲み物を造ってはならない。
「海外で人気のホームブルーイングを合法的に楽しみたい。そこにビジネスチャンスがあると思いました」と、代表の小林大亮さんはシェアードブルワリー設立の背景を話す。
ホームブルーイングとは、文字通り家(ホーム)で醸造する(ブルーイング)こと。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどのビール好きの間で大人気だ。特にアメリカではホームブルーイング向け醸造機器の専門ブランドがあるほど盛んである。ホームブルーイングで腕を磨いてからブルワリーを立ち上げるというパターンは珍しくない。
実際のところ、道具と材料はそれほど特別なものではないので、日本でもホームブルーしようと思えばできてしまう。しかし違法なので、その情報が公表されることはないし、SNS上に「おいしい!」「楽しい!」が発信されることもない。
「起業をめざして勉強していた時期に、アメリカにおけるホームブルーイングの人気を知り、これは日本にも来そうだという予感がしました。ただ日本では違法になってしまうので、合法的にホームブルーできるブルワリーをつくればいいと考えたのです」
2017年、体験醸造ができるシェアードブルワリーをオープンした。SNSの映え文化と歩を合わせた新しい形のブルワリーだ。アメリカからホームブルーイング専用の醸造機器をじかに買い付け設置した。
熱狂的なビールファンならビールのレシピの作成や、麦やホップ、酵母など原材料を選ぶことに大きな喜びを感じるだろう。工場見学好きの人なら、ブルワリーに足を踏み入れ、醸造工程を間近で見られる楽しさを感じることだろう。
実際には、グループでの申し込が多いという。「サークルのイベントで飲むビールとか、仲間の結婚式に配るオリジナルビールを造りたいというオーダーが多いですね」
50リットルの醸造タンクで、30〜40リットルのビール、350ml缶換算で80〜110本くらいの缶ビールができあがる。
コロナ禍でクラフトビールも体験醸造も多様化
日本では珍しい体験型ブルワリーとして話題を呼んだシェアードブルワリーだったが、2020年春からのコロナ禍で状況は一変した。
醸造体験そのものがイベントだが、そのイベント需要が激減した。仲間と集ってビールを飲んでいるどころではなくなってしまったからだ。
ブルワリー運営の継続のため、小林さんは自社オリジナルのビール醸造に営業の軸を移さざるを得なかった。
長引くコロナ禍の間、日本のビール界は多様化が一気に進んだ。クラフトビールブルワリーやブルーバーは激増し、海外産も含め、オンラインで買えるようになっていた。生産量が限られるがゆえ「発売即売り切れ」が話題になるブルワリーも出現した。
体験醸造のニーズも明らかに変わったと小林さんは語る。
「好みの変化が多様化しました。10年前まではペールエールやヴァイツェンなどオーソドックスなスタイルが主流でしたが、今はスタイルが細分化したので、20〜30種類のレシピを用意しています。特にホップ感が重視されるようになったのが大きな変化です。やはりIPAを造りたいという方が多いですね」
ホップの使用量が多く、苦味のみならず香りが一段と引き立つIPAは、シェアードブルワリー開業当時から人気だったが、この数年でその人気はさらに伸びている。West Coast IPA、Hazy(ヘイジー) IPAなどなどスタイルはさらに分かれ、ホップを“大量に”投入する時代である。
「IPA(特にHazy IPA)は酸化のスピードが速く、品質管理の難しいスタイルです。またホップの使用量が多い分、材料費がかさみます。ホームブルーするにはハードルの高いビールです」
つまりIPAは素人がホームブルーするには難しい(もともと違法だが)。ならば、プロが醸造してくれる体験醸造のニーズは高まるのではないか? というと、「今はホームブルーからビアギークの時代かなと思いますね」と小林さん。
国内外の多くのクラフトビールがオンラインで簡単に手に入れられ、都市部ならタップ(サーバーの注ぎ口)を10も20も備えたビアバーに通える時代。まずは興味がそちらに向かうのは当然だと小林さんは見ている。
だからこそ、「ビール造りだけでなく、その後の楽しみを提案していきたい」と言う。「ビールの楽しみは飲むことだけではありません。ビールがあるから生まれる楽しさ、喜びのほうが重要だと思います」
俺の造ったビール、飲みにいかない?
シェアードブルワリーは体験醸造のサービスを今の時代に合わせて変容させている。
レシピ作成から原材料の計量、醸造工程(糖化、ホップ投入、煮沸、麦汁に酵母投入など)から若ビールのテイスティングまで、スタンダードコースで7〜8時間かかる工程を「全部やりたい」という人は減少している。レシピ作成に挑戦したい、仕込み釜にホップを投入したいなど、体験したいツボは分かれ、いわゆる“タイパ”重視の傾向にある。小林さんは、そんなお客さんそれぞれのニーズに合わせて体験醸造のスケジュールをカスタマイズして提供している。
従来にはなかった楽しみ方も提案している。たとえば、タップルームとの連携だ。シェアードブルワリーはタップルーム付きのブルーバーである。このタップにお客さんのオリジナルビールの樽をつなぐのだ。
「現在は300リットルのタンクを使っているので、1回の体験醸造で300〜400缶できます。ぜんぶは自分で消費できないとなれば、たとえば200缶は自分で引き取り、残りはうちのタップルームにつなぎ、他のお客さんに飲んでもらうこともできます」
自分のレシピで造られたオリジナルのビールが、タップルームのタップにつながっている……。近所の人が飲んで行くかもしれない。別の体験醸造で訪れた人が休憩時間に飲んで帰るかもしれない。個人のオリジナルビールが見も知らぬ人に飲まれる……というのはかなりレアな、そして心躍る体験ではないだろうか。
「そう思ってくれる人は宣伝や営業にも力を入れてくれます。仲間を連れて飲みに来てくれたり、SNSで発信してくれたり。また、ビールのネーミングやブランディング、営業をやってもらうこともあります」と、プランニングやマーケティング“体験”もアリだ。
さらにちょっと変わったサービスがある。体験醸造で造ったビールを、シェアードブルワリーからお客さんが指定した店に納品するのだ。
「それをお客さんが自分で飲みに行くんです。友だち数人と飲みに行けば、1ダースくらい、すぐ飲んでしまうでしょう」
ビールの納品を受け入れるかどうかは店次第であるが、たとえば、自分がよく行くビアバーで、自分のオリジナルビールを飲む、なんていうことも可能だ。
「ビアバーで、たくさんの種類が並んでいる中でどのビールを選ぶか、その理由ってそんなに複雑なものではないと思うんです。知っている人が造ったビールというだけで、それを飲みたくなります。ましてや自分の友だちが造ったとなれば、じゃ、今度いっしょに飲みに行こうかと盛り上がるでしょう」
ビアバーのメニュー盤を眺めながら、店の人におすすめを聞いたり、原材料やつくり手のエピソードを聞いたりする時間が楽しい。味の好みはもちろんあるが、たとえレシピ作成にちょっと関わっただけであったとしても、それが自分の知り合いとなれば、がぜん飲みたくなるというものだ。感想を話し合ったり、ラベルをSNSに発信したりもしたくなる。それもまた体験醸造だからできる楽しみである。
現在、シェアードブルワリーの柱になっているのは、小林さんが造るクラフトビールだ。金・土・日曜に開くタップルームには近所の人も飲みに来る。メニュー盤には、IPAをはじめホップ感の強いスタイルが並んでいる。ニトロ(窒素)で注ぐクリーミーなビールも常設で、取材した日は「Nitro Irish Red Ale」であった。ブルワリーには木樽で貯蔵中のビンテージラインもあった。
小林さん自身が、さまざまなスタイルに挑戦している。その一方で、お客さんのニーズに合わせてサービスをカスタマイズしていく。その変化をいち早くキャッチできるのはマイクロなブルワリーかもしれない。シェアードブルワリーはまさにブルワーとユーザーが、ビールの楽しみをシェアしているようだ。
シェアードブルワリー 東京都八王子市長沼町58−214
https://www.sharedbrewery.com