一時は崩壊説も出た紫金山・アトラス彗星
紫金山・アトラス彗星は2023年に発見された新しい彗星です。2023年1月に、中国科学院の紫金山天文台で、その光が捕捉されました。いったん見失われたものの、2月には、南アフリカのATLAS(小惑星地球衝突最終警報システム)で捕らえられました。彗星には発見した施設や人の名前がつけられるため、発見順に「紫金山・アトラス彗星」と名づけられました。
彗星は太陽系のいちばん外側、「オールトの雲」と呼ばれるエリアで生まれた巨大な氷の塊です。氷が溶けるとそこに閉じ込められていたチリをまき散らしながら、太陽を回ります。チリが尾のように後方に伸びるので、ほうき星と呼ばれるのです。
彗星の中にはハレー彗星のように数十年ごとに太陽へ接近するものもありますが、紫金山・アトラス彗星の場合は戻ってきたとしても数万年後で、二度と太陽へ近づかない可能性もあります。
実は今年の7月ごろ、紫金山・アトラス彗星の核はもう崩壊してしまったのではないかという説が発表され、当サイトでもお伝えしました。しかし、その後、彗星の明るさに異常はなく、当初の予想どおり見られるのではないかと期待されています。
なぜ崩壊説が出たのか、振り返っておきましょう。彗星は太陽に近づくにつれて徐々に明るくなります。ところが、紫金山・アトラス彗星は今年に入ってから一時、急激に明るくなり、その後、増光が衰えるという現象が見られました。核が崩壊するとチリが一気に放出され、一時的に急激に増光します。それを示しているのではないかと考えられたのです。
その一方で、単にチリに当たる太陽の光の加減で急増光しただけではないか、という説も根強くありました。放出されるチリの量や方向、チリに対する太陽光の当たり方などで明るさは左右されます。かように、彗星の予測は難しく、その時になってみないとわかりません。そこがまた彗星の魅力でもあります。
9月下旬の日の出前と10月上旬の日の入り後がチャンス
紫金山・アトラス彗星の見ごろの時期は2回あります。彗星は太陽に近づいたころが一番明るいので、見えるのは日の出前と日の入り後のわずかな時間帯です。その点は、地球より内側を回る水星と金星と似ています。
1度目は9月末の明け方の東の空です。彗星がもっとも太陽に近づくのが28日、理論的にはもっとも明るくなる日です。また、東の空での高度が一番高くなるのもこの日です。夜明けの30分前で、高度は8度くらい。東の方角がかなり開けた場所でないとむずかしいでしょう。
2度目のチャンスは10月中旬以降の夕方の西の方角です。こちらもかなり低いのですが、10度ほどに昇ってきます。たとえば10日の東京の日没は17時7分。18時には薄明がほぼ終わり、見やすくなってくるでしょう。ただし、この日はこの時刻に半月が近づいてくるので、チャンスは長くはありません。
どちらも良い観測条件とは言えませんが、どちらかといえば10月の夕方のほうが見やすいのではないかと思います。
明るさについては、当初、1等級になると予測されていました。これは2020年のネオワイズ彗星以来ですが、当時はコロナ禍かつ梅雨の真っ直中だったことを考えると、1997年のヘール・ボップ彗星以来27年ぶりの明るい彗星となる方もいらっしゃるでしょう。
現時点(9月半ば)ではまだその明るさを予測するのはむずかしいです。というのは、太陽に近づくにつれ、核がどのように溶けて、塵がどのように撒き散らされるかが完璧には計算できないからです。
実は2013年に、アイソン彗星という、「肉眼でも見える」と大いに期待された新彗星がありました。ところが待ち望まれた近日点を過ぎると、太陽からの熱や風で核が崩壊し、大減光してしまったのです。近日点通過を楽しみにしていた世界の天文ファンにとってショッキングな出来事でした。
このように彗星の予測はむずかしい。それゆえにいっそう目が離せない楽しみな天体でもあります。
双眼鏡で探そう、ちょっとにじんでいる星
観測には双眼鏡をおすすめします。肉眼で見えるほど明るくなっていればいいのですが。
彗星を探す方法として、まず、暗い星まで載っている星図や「星空ナビ」などの天体観測アプリを用意、目印になりそうな星の位置を確認します。そして双眼鏡の視野にその星を入れ、周辺を探します。
双眼鏡の視野に彗星が入ったら、おそらくふつうの恒星とは明らかに違うとわかるはずです。星にしてはにじんでいる、という感じでしょうか。どんなふうに見えるのか、これも当日になってみないとなんともいえません。
一期一会になる紫金山・アトラス彗星との出会い。期待が高まります。
構成/佐藤恵菜