北京国際モーターショーの取材で中国へ
昨年(2023年)の日本導入時に、BYDの「ドルフィン」と「ATTO3」を試乗して好感を抱いていました。
どちらもベーシックなEVとして良くまとまり、造形や装備などで独自性も打ち出していたからです。価格の安さも魅力的で、それはBYDが自社でバッテリーを製造しているから可能になっていると教わった次第です。中国の自動車メーカーによる本格的な日本進出になるので、今年に日本導入予定の「シール」にも期待が持てました。
4月25日から北京国際モーターショーを取材に行っていました。中国本土に足を踏み入れるのは、5年前の上海以来です。あの時も、広大な会場で開催されていたモーターショーに行きました。
5年ぶりのメインランド中国でしたが、大きく変わっていました。北京の街角に立って、道ゆくクルマたちを見てみても、知らないクルマがたくさん走っているのです。
常識を超えるクルマ、理想「MEGA」の衝撃
現在の中国では、エンジン車と電動車(EVだけでなく、エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッドとプラグインハイブリッドなども含まれる)がナンバープレートで見分けが付くようになっています。エンジン車がブルーで、電動車が薄いグリーンです。特に電動車の中に、どこのメーカーの何というクルマなのかがわからないものが多かったです。
それらは、ほとんどが新しいクルマでした。北京在住の中国人の知人のテスラ・モデルYに乗せてもらい、街を走っただけでも知らないクルマ、新しい電動車とすれ違いました。
「向こう側に止まっているのが、“理想”というメーカーの“MEGA”というミニバンです。新しいクルマですが、独特のカタチで目立っていますね」
どれがMEGAなのか、と眼を凝らして対向車線を眺めたら、信号が青になり、こちらに向かってきました。
見たこともない、ずんぐりとしたカタチをした大きなミニバンとすれ違いました。
「ええ、今のがMEGAですよ」
グリルレスで、フロントの左右下にヘッドライトを埋め込み、細長いデイタイムランニングライトをウインドシールドの下の端から端まで配して光らせている。ボディの上半分、つまり窓ガラス部分とルーフを黒くして、その下をこのクルマはマットなグレーにしています。
ウインドシールド上縁の中央部分が出っ張っているのは、運転支援機能のために周囲のクルマなどの動きを監視するライダーでしょう。フロントフェンダーにはカメラが装備されています。
運転席と後席のドアは観音開きで開閉されます。ボディ表面は4輪のホイールアーチがフラットに面取りされている以外は、強い抑揚を持った曲面や曲線などがありません。エッジや折り目のようなものもなく、ライダーとサイドミラーを除けば突起物も一切存在しません。
ルーフはBピラーからボディ後端に向けて急勾配で下がっていき、スパッと切り落とされたように終わっています。この後端の形といい、ツルンとしたボディ表面処理などは空気力学的な理想形そのものです。風洞実験のテスト映像などで見ることができる、空気抵抗が最も少ない形状に近い。
一般に販売されるクルマは、さまざまな顧客がいろいろな使い方をするので、工学的な理想を追い求め過ぎることの意味は大きくなくなります。しかし、そうしたこれまでの“常識”を、このクルマは軽々と超越してしまっているようです。レベルの違う近未来から舞い降りてきたようにしか見えません。
「ジーリー」と「ニオ」
「前を走っているのは、ジーカーですね」
ジーカーとは、ジーリーのEVブランドのことで、さきほどのMEGAとは反対に、鋭角を組み合わせた形のヘッドライトやボディサイドのエッジなどが目立つ造形が施されています。ジーリーといえば、ボルボを傘下に収め、新たにポールスターというブランドを派生させたことでも知られています。
「いま、横に停まったのがニオの新しいステーションワゴンです」
5年前の上海モーターショーで、第1号車となるSUV「ES8」とそのビジネスモデルを盛大に発表し、その後もSUVを中心に順調にモデル数を増やしてきているニオは、ステーションワゴンもラインナップしてきていたのです。
北京の路上は、ホンの数十分間走っただけでも、知らないブランドと知らないクルマだらけになっていたのでした。
音声検索で日本の先を行く中国
「ヤンワンというBYDの高級ブランドは、ご存知ですか?」
いや、聞いたことがありません。
「たしか、2022年に作られたブランドで、大型のSUVを造って売っていますから、ショールームを見に行ってみましょうか?」
知人は運転しながらモデルYの音声入力で最寄りのヤンワンのショールームを検索し、電話を掛けて予約してくれました。とても使い慣れている様子です。
「ええ、ナビの目的地設定やエアコンの温度設定、音楽アプリなどはみんな音声で操作していますよ」
彼が進んでいるのか、それとも中国のユーザーが進んでいるのか?
「たしかに、テスラのユーザーは音声入力を使っている人は多いですね。便利ですからね」
筆者も日本で日本仕様のモデルYやモデル3で試してみても、テスラの音声入力の能力はとても高い評価を下しました。
「テスラ以外のクルマのオーナーでも、音声入力を使っている人はいますよ。日本はどうなのですか?」
日本では、まだまだ少ない。先日も、日本で日本の自動車販売会社の何人かの従業員と同じクルマに乗せてもらった時に、全員が音声入力を使ったことがないと言っていて、驚かされたくらいです。
BYDの高級ブランド「仰望」の1200馬力SUV
ヤンワン(仰望)のショールームは大通り沿いにあって、2軒先には同じぐらいの大きさのショールームをレクサスが構えていました。
“高級”を謳うだけあって、建物は立派。ロビーは天井が高く、空間にも余裕たっぷりです。並んでいたのは、大型SUVの「U8」。昨年の東京のモビリティショーのBYDブースにも展示だけされていましたが、詳細は知りませんでした。
スタッフの説明によると、なんとU8には4基のモーターを1基の2.0リッターガソリンエンジンと組み合わせたPHEV(プラグインハイブリッド車)だというのです。1200馬力というシステム総出力の大きさに刮目させられるとともに、その制御にも驚かされました。ちょうど、建物の前の広場で別の来場者のためにタンクターンを披露していたからです。タンクターンとは、4輪への出力を個別に制御してその場で360度回ることです。4基のモーターを別々に制御しなければ不可能な芸当です。
U8は、続けて急勾配の金属製の“坂道”を上り始めました。今まで、各自動車メーカーが急勾配を登攀する能力の高さをアピールするために日本でも外国でも同じようなデモンストレーションは見たことや運転したことがありますが、これはそれらより確実に急です。
U8も、能力ギリギリで登っている様子を示していたのが、ギュギュッギュギュッというタイヤと金属の路面が擦れる音です。ズリ落ちそうになると、それをクルマが感知して、グリップを増してきているのです。その音がリアリティを伴って響き渡っていました。
「運転はできませんが、近くをグルッと走ってみませんか?」
スタッフからのありがたいお誘いです。
さっそくU8に乗り込みました。ブラウンの革内装のセンスと品質は、ヨーロッパのSUVに引けを取っていません。もう、クルマの国籍を云々するのが野暮な時代になりました。
メーターパネルはデジタルスクリーンで、大きなセンターモニターには前後左右の死角となるところを映し出しています。この辺りも世界基準と言えるでしょう。
後席に乗って、一般道と高速道路を往復してもらいました。高速道路の空いている区間では強い加速も試してくれましたし、前後にクルマがいない一般道で静止からのフル加速も行なってくれました。ちなみに、カタログ上では0-100km/h加速は、3.6秒。車重が3.5トンもあるのにもかかわらず驚異的な速さです。どの速度域でも、とても静かで滑らかなことに感心しました。路面の段差などでコツコツッと硬いショックを伝えてくるのが多少気になったくらいで、短い試乗時間では他に気になるところはありませんでした。
最新型「U8」は、なんとドローンを搭載!
翌日からの北京モーターショーでは、ヤンワンからは「U7」という4ドアGTが新たに発表されました。
低い姿勢ながら4名分のパワートレインは、U8と同じ4基のモーターを使った「e4」システムを用いたPHEVです。
「U8」にはオフロードバージョンが追加されました。
ルーフボックスには専用のDJI製ドローンが収納されていて、アウトドアで進路を見失った際に運転席からの操作でルーフボックスを開け、ドローンを発進させることができます。
ドローンはU8のセンターモニター画面に映像を送信し続け、同時にU8が通れるだけの幅や傾斜の進路であるかをAIを使って判断するそうです。これはDJIとチャイナテレコムとのコラボレーションによって新開発されたものだと発表されていました。どのくらいの実用性が確保されているのかどうかはわかりませんでしたが、発想の新しさと大胆さには大いに納得させられました。
BYDの新ブランド「ファンチェンバオ」と「デンザ」
モーターショーには、路上で驚かされた以上の新しいブランドと新しいクルマたちがひしめき合っていました。ヤンワンに驚かされただけでなく、BYDは2023年に「ファンチェンバオ」と「デンザ」というブランドも立ち上げ、クルマも製造して展示していたことを知って、さらに呆気に取られてしまいました。
ファンチェンバオは3台のSUVを展示し、それぞれを細かくカスタマイズできるところをブランドの特徴としています。今回のショーでは、2シーターのオープンスポーツカーも新たに出展していましたが、実際に販売するのかどうかわかりません。
デンザは、「Z9GT」という大型4ドアGTを新たに発表していました。他に、「N7」というSUVや「D9」というミニバンも展示。どれもBYDの各車よりも上級に位置している感じです。
他にも、出展されていたクルマを挙げていったらキリがありません。ただ、昨年から日本でビジネスを始めたBYDという自動車メーカーのビジネスが、価格競争力を活かして売りまくっているということだけでないことも確認できました。
ヤンワンやファンチェンバオ、デンザなどの上級ブランドを矢継ぎ早に打ち立て、限定的な試乗でしたが、完成度も非常に高いことが体験できました。中国のクルマと自動車産業は猛烈な勢いで変化している最中にあることの一端に触れることができました。多額の投資が行なわれ続け、新しいブランドとクルマを生み出すエンジニアがたくさん生み出されてきているからなのでしょう。
BYDの猛威に日本車メーカーは立ち向かえるのか
しかし、冷静な指摘も会場で聞きました。
「あまりにも急すぎる。すべてのブランドが成功し、成長し続けることはないでしょう。コンサバティブに見える日本のメーカーがシェアを維持し続け、あるいは拡大するかもしれない」
長年、筆者も日本から毎月寄稿していた自動車雑誌の編集長を務めていた知人と会場で立ち話しました。
5年ぶりの中国でしたが、北京市街でもモーターショーでも驚かされっ放しでした。