様々なトラブルや高山病に見舞われながらも(これまでのお話は、記事最後の「あわせて読みたい」をチェック)ツーリングを開始。今回は走り始めて3日目に起きた話である。
宿泊先近くの湖を見に、軽い気持ちで歩き始めてしまった…
標高4500mの宿泊先に到着した。朝8時から11時間バイクで走行した身体はもうボロボロ。今すぐにでも眠りにつきたい気分だったが、インド人の女性ドクターが「湖まで15分。歩いて見に行かないか?」と誘ってきた。
「流石にそんな体力は残っていない」と言いたいところだったが、ノーとは言えない日本人の私。「イェーイ!」と元気よく答えてしまったのである。
せっかくヒマラヤに来ているし、出来る限り一つでも多くの経験を積みたい。「湖まで15分の散歩」ならボロボロの身体だとしても余力が残っているだろうと歩き出した。
湖は肉眼でもしっかり見えている。遠くはなさそうだ。ただ、標高4500mの高山なこともあり酸素が薄く呼吸がしづらい。しかも地面は砂利でガタガタ。足元に気をつけてながら歩くこと5分。
「あれ?全く進んでない気がする…」
まだ歩き出したばかりだからそりゃそうか…と自分に言い聞かせながら歩くこと15分。
「さっきと湖の位置が全然変わっていない!!」
そうか…これが世界のヒマラヤ山脈なのかもしれない。都会のコンビニ並みに「すぐそこ!」と感じていた湖は、実は15分そこらじゃ到着出来るような距離ではなかった。
とりあえず歩き出してしまったからには、目的地まで到着したいのが人間の性である。しかも私はあの“三井寿”より諦めが悪い女。
「安西先生!!湖まで歩きたいです!!!」
さっきまでボロボロでギリギリだった身体に力がみなぎってきた。「絶対に湖に到着してやる!」気合いだけが先走りながら一歩一歩足を進めるが一向に着く気配がない。
言い出しっぺのインド人ドクターも予想外だったらしく「あれ?近いと思ったけど、近くないわねー!ガハハハハ」と呑気に自分語りをし始めた。
『私ね、昔から薬学が得意なの!』
「お医者さんですもんね!」
『数学も得意よ!』
「すごい!」
『でも地理はまっっったくダメ!』
う、嘘だろ?そりゃー1時間経っても全然湖に着かないわけだ。でも仕方ない。だって、ドクターが不得意だという「地理」が「geography」ということを今初めて知った女にはドクターを責める権利はないのだ。
「インド人も三段オチ使うんだな…」と思いながら、ひたすら湖まで歩くこと約2時間半。やっとの思いで念願の湖に到着!外はうっすら暗がりになっていた。
湖に着くなり、インド人ドクターがテンション上がって私にこう叫んだ。
「ヨウコ、なにか歌って!」
16歳から芸人を始め、人生で何度も無茶振りをされてきた私も「標高4500mで?」「ボロボロの身体なのに?」「いやそもそもインド人が知ってる曲知らんし!」と色々思ったが、とりあえずドクターが着ていたTシャツの絵柄に描かれていた「鉄腕アトム」の曲を歌う事にした。
「oh、アメイジング!ヨウコ、レッツダンシング!」
え?ダンスまで?うそだろ?と思ったが、もうツッコむ気力は残っていない。インド人のドクターと全力で歌って踊ることにした。
「ハァハァハァ……」
ヒマラヤツーリング初日で【標高5600m越えの車やバイクで通れる世界で一番高い峠】(連載その5参照)を攻めた時と同じぐらいの体力を使った。「鉄腕アトム」もまさか標高4500mで歌って踊られるとは思っていなかっただろう。人生は何が起きるか分からないから面白い。
「インド人って本当に踊るのが好きなんだな」とインド映画で必ず踊る理由が分かった頃には、外は真っ暗になっていた。
おいおいおい、大丈夫だろうか。ここから2時間以上かけて宿泊先に帰らなくてはいけない。さっきまでの楽しい気分が一瞬で消え去るほど不安になってきた。
なんせヒマラヤには街灯がない。家も店も全くない場所。2時間半かけて歩いてきた方向を見てみるが真っ暗過ぎて何も見えない。すぐさま撮影用に持ってきていたスマホのライトをつける。ヒマラヤはWi-Fiも繋がらない場所。迷子になっても助けを求める手段がないのだ。
「あ、私…詰んだかも。」
映画やアニメで聞いたことはあったが、まさか自分でこの言葉を使う日がくるなんて思ってもみなかった。どんどん肌寒くなっていく気温。灯りも地図もWi-Fiもない場所で勘で帰るしかない私にダンシングドクターが一言。
「大丈夫!私についてきて!」
……説得力がなさすぎる!!!ドクターの不安すぎる言葉に「ムリムリムリ!」と言いたいところだったが、今の私にはその言葉を信じて歩いて行くしか手段はなかった。
真っ暗なヒマラヤ山脈をスマホのライトを頼りに進んでいく。お互いに「足元気をつけて!」「石がここにあります!」と声をかけながら、歩くこと1時間。うっすら思っていた事が確信に変わった。
「あ…私たち迷子になってるわ…」
英語が分からない私もドクターが「あれ?あれ?こっち?違うかも?」と言ってるのが分かった。
朝までここで待機するしかないのか?背中には水分が入ったドリンクバック。上着の下にはヒートテックを着ていたものの、ヒマラヤの寒空の下で一晩過ごすのは厳しそうだった。
しかも「11時間のツーリング」と「2時間半の散歩」そして標高4500mにて、歌とダンスを全力で踊った身体はもう限界を迎えていた。
「もう本当にダメかもしれない…」
そう言いながら、地面にしゃがみこもうとすると聞き覚えのない声がした。
「Come here(こっちに来て)」
スマホのライトを照らすと目の前に手が差し伸べられていた。藁をも縋る思いでその手を握る私。「サンキュー」とお礼を伝えようと顔をあげる。
「え…だ、誰…?」
全くの知らない人だった。作業服を着ている50代らしき女性。手には土を耕すクワ的なものを持っている。その女性が笑顔で「こっち!こっち!」と呼んできた。
小さい頃から「知らない人には付いていっちゃダメ」と言われて育った私。でも何だか信頼出来る気がした。今はとにかくその女性を信じるしかない!とついて行くこと1時間半。
なんと、私達が泊まる予定の宿泊先に到着した。
その方は偶然近くを通りかかったインド人の女性。迷子になっている我々を見かねて声をかけてきてくれたようだった。
奇跡である。湖に向かう途中もヒマラヤツーリング中も歩いている人にはほとんど出会わなかった。もちろん店も家もない。そんな中、道を案内してくれる人に出会えるなんて!
「ありがとう、ありがとう」と何度もお礼を伝えると、その女性は微笑みながら真っ暗闇の湖の方にライトも持たずに帰っていった。
今思うとあの女性は「ヒマラヤの神様」だったかもしれない。湖の方向に家はない。私達を助けるためだけに来てくれたのではないか。
今でも握手した感覚が残る。温かくて優しくて全てを包み込んでくれるような手。その手を握ったからこそ「この人を信頼していい!」と直感で感じることが出来たのかもしれない。そんな感謝してもしきれない貴重な体験をする事が出来た。
「ヒマラヤの神様」本当にありがとう。
そんなヒマラヤの奇跡を体験し、無事に到着出来た安堵感で一気に疲れが出てきた私は泊まる予定の部屋へ。ドクターに「おやすみ。また明日ね」と伝えるとまさかの一言。
「また湖リベンジしよう!」
さすがに聞こえないフリをしてしまったのは言うまでもない。
色々な事が起き過ぎてすでに2週間ぐらいいる感覚に陥ったが、まだまだ始まったばかりのヒマラヤツーリング。
果たして最後まで怪我なく走り切る事が出来るのだろうか!?
次回もお楽しみに!