※掲載の展示品は、福岡県鳥船塚古墳壁画を除いてすべて東京国立博物館の所蔵品です。
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アウトドアライフの源流「古代史」
夢枕
BE-PAL8月号から僕の連載がスタートするのですが、縄文を中心に、僕の好きな古代史のおいしそうなところを食い散らかしながら旅をしようと思っているんです。そこで、あらかじめ研究者の方々にお伝えしておかなければならないのが、そこで書くことはあくまでも僕の「妄想」ですので、間違っていても笑ってお許しいただきたいと(笑)。
僕も少年時代、縄文土器のかけらや石の矢尻を拾って喜ぶような子供でしたので、夢枕先生の妄想、とても楽しみにしています。ところでなぜ、縄文に興味を持たれたのですか?
若松
夢枕
僕は子供のころから神話とか伝説が好きで、それで小説家になったのですが、主に「伝奇小説」といわれるものを書いてきたんです。伝奇小説って、これは僕の個人的な見解なんですが、日本の古い神様のことを語る話なんですね。
夢枕
それで、江戸時代の妖怪、平安時代の陰陽師と昔々へ辿っていくと、結局は縄文に行かざるを得ないんです。闇の気配、自然を慈しむ気持ち、全てのものに魂が宿っていることなど。今僕たちが日本人だと感じることのルーツやアウトドアライフの根源が、縄文に詰まっている。
夢枕
ところが、縄文人って文字をもたなかったので、言語化されている情報がほとんどないんです。そこで古書をあさったり、遺跡や神社、巡礼地など世界中を巡って手がかりを探していくうちに、どんどん縄文沼にハマっていったんです。若松先生がご研究されている古墳時代の壁画や埴輪もその過程で出会いました。
埴輪の楽しみ方
埴輪はたくさん出土しているので情報量も多く、古墳時代の人々の姿と暮らしぶりを具体的に知ることができるのが最大の魅力だと思います。
壁画や器物にスクラッチした線画資料もありますが、これは少数です。埴輪は立体構造物なので正面以外もきちんと表現されている点で優れています。
若松
また、人物埴輪からは男女の髪型や服装、その身分や職業による違いもわかります。人物埴輪では何をしているかがわかる例もあります。代表的なものは
若松
- 祈りを捧げたり呪術を行なうもの。
- 楽器を演奏するもの。
- 踊っているもの。
- 狩りをしているもの。
- 馬を曳いているもの。
- 舞や四股踏みをする力士(相舞人/すまひびと)。
- 警備する武人
などです。
若松
夢枕
埴輪を鑑賞するときは、どこに注目すると良いのでしょうか。
例えば人物埴輪では、男女の表現方法が違います。男性は左右に髪を垂らすツインテール「美豆良」(みずら)という髪型。女子は島田髷に似た結髪をしています。また顔を赤く塗ったり入れ墨をしているものがあるので、その意味を考えてみるのもいいでしょう。
若松
服の襟合わせに注目してみてください。今見ている重要文化財の埴輪「盛装女子」像のように「左前」(着物の左の襟を上にした着用法)のものが多いんです。私はそのわけを長く研究してきましたが、今は「葬儀に臨んでいる姿」と結論づけています。
このように埴輪にはさまざまな決まりごとがあります。それを覚えておくと、より楽しめると思いますよ。
若松
鳥たちは古代のシンボルだった
夢枕
今、僕がとても気になっているのが「烏」なんです。古墳時代の壁画や埴輪にも鳥は多く見られますよね
埴輪なら、ニワトリ(鶏)、カモ、ハクチョウが多く作られています。銅鐸ではサギ。とくに古代人にとって重要だったのが鶏です。動物埴輪の中で一番最初に作られたものです。
若松
夢枕
天の岩屋戸の常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)の伝説がもとですね。鶏の鳴き声には「太陽の神様を呼ぶ力がある」と考えられてきた。本当は朝が来るから鶏が鳴くんだけど、早く明るくしたければ呪術の方法として、鶏を鳴かせれば闇(夜)が明けるということになる。現実と逆の理屈なんだけれど、現在でも鶏を「神鶏」として放し飼いにしている神社が多くありますね。
死者の復活の象徴として考えられているからでしょう。棺をおさめた建物の周りに鶏を放って死者の復活を願うのも、それと同じ理由からです。鶏が死者を蘇らせる役割を持つと考えられ、古くから積極的に使われてきました。
若松
海洋冒険の羅針盤「カラス」
夢枕
あと僕が注目しているのが、装飾古墳に見られる「鳥船」(上図)です。連載のネタバレになるので予告としてサラッとその理由を説明しますと、船の先端に乗る鳥が、僕は「カラス」だと思っているんです。古代の冒険心にあふれた人間が航海で島を見つけに行くときに、鳥を船に積んでいくそうです。そして航海中にどこにも陸地が見えなくなったらその鳥を放つ。
この鳥、海の獲物を捕食するカモメのような海鳥ではだめで、陸地を見つけると必ずそこへ向かう雑食のカラスのような鳥でないと航海が成立しないと思うんです。カラスが向かう方向へ舵をきり漕いでいけば、島へ辿り着けるというわけです。
とても面白いですね。カラスは知能が高く方向を知る能力にもたけてますから、カラスが船の案内人というのは納得がいきます。『古事記』の中で神武天皇が東征のとき、目的地まで道案内をしたのもカラス(三足烏)ですし。壁画に描かれている鳥も黒くて首の短い鳥ですから、鵜などよりもカラスのほうがよいかもしれません。
若松
壁画に船が描かれる理由
船の話の延長線上でいうと、日本の壁画文化は九州が中心なんですが、福島県など東北南部の太平洋岸にもけっこう際立ったものがあるんです。それも共通する図柄が両者にある。間違いなく九州の海部(海辺に住み産物を中央に貢納したり船を操る職業部)が船に乗ってやってきて伝えたものだと思うんです。海部は死生観や生活様式が本州・四国地域の農民とは違うので、あの世は「海の彼方」と考えていたかもしれない。それで壁画に「船」を象徴的に描いたのではないでしょうか。
若松
夢枕
古代の人がどんなものを見てきたのか、想像するだけで楽しいですよね。先ほど若松先生がおっしゃった三足烏。じつはここにも僕の妄想があるんです(笑)。東アジア地域の神話や絵画に見られる伝説の生き物「三足烏」は、太陽を運んでいるという説が多く聞かれます。日中は、太陽は肉眼で見ることはできませんが、地平線に近い太陽は見ることができる。そこで古代人は太陽に黒点を見た。この黒点がカラスであると古代人は考え、「カラスが太陽に棲んでいる」「太陽を運んでくる」という神話を作ったのではないかと考えているんです。
古代人は月や星で季節を知り、動物や虫の声に耳を傾けて暮らしていた
夢枕
僕は釣りをしたりカヌーをしたりキャンプをしたり、アウトドアで遊ぶことが多いので、ついついこのように古代人の自然観や自然信仰が気になってしまうんです。昔の人って、太陽とか月とか、そういうものにやたら関わろうとするじゃないですか。太陽がちゃんと登ってくるようにと、いろいろな儀式をやったり。
古代人は今よりもっと第六感が鋭かったんじゃないですかね。アウトドアの天体とか山とか、そういったものは十分熟知した上で、夏至や冬至など太陽の位置を気にかけていました。冬至は「太陽が衰えて死ぬ時期」という考えがあって命の危機を感じていましたから、さまざまな儀式や祭りをやる。これは日本だけでなく世界中で見られることです。ストーンサークルで日時計を作ったのは日英共通です。前方後円墳の向きなども太陽の位置で軸の方向を決めています。
若松
夢枕
日本の自然観は「銅鐸」を見るとわかりますよね。鹿、猪、水鳥、狩りの様子が描かれていたり。
家形埴輪の中に、高床建物とされる、壁がないか開口部の広いテラスハウスのような特殊なものがあります。『日本書紀』では高殿(たかどの)と記され、大王や豪族とその后が夜を過ごした特別な建物です。夫婦で月や星を見たり、鹿や雉、鶯の声を聞いたりしながら、歌を詠んで楽しみ、真冬以外は寝室として使用されました。
若松
身分が高くない人々も春や秋には野遊びをして、野に寝ることがあったことは『万葉集』などから知ることができます。古代人は自然との結びつきが強く、月や星で季節を知り、動物や虫の声に耳を傾けてきました。毒があって食べられないもの、薬用や染料に使えるものなども熟知していて、今のアウトドアライフと古代人の生活は、大きく結びついていると思います。
若松
世界が目覚めはじめる瞬間
夢枕
僕は今でも忘れられない経験があるんです。それは、アラスカのユーコン川の源流に近いところをカヌーで下って、原野でキャンプをしたときのことです。夜、グリズリーがすごく怖くて、横にライフルを置いて寝たんですが、ライフルを置くとさらに怖くなって寝られなくなって(笑)。
それでまだ眠りが浅い暗い時間に、テントの外で水鳥が騒ぎはじめたんです。そのうち野生が目覚めはじめて原野が騒がしくなってくる。寝袋の中でこれを聞くのがたまらなくいいんですよ。少しずつ世界が目覚めていく実感っていうのが、自然の音から入ってくる。人間の五感で感じる心地よさ。これって、古代人のDNAがまだ現代人の中に残っている証拠なんじゃないかって……。
さあ、また妄想が加速しだしました(笑)。それではそろそろペンをとりますか。
※2024年10月16日〜12月8日、東京国立博物館で特別展「はにわ」を開催(2025年1月21日〜5月11日に九州国立博物館でも開催)。 ▼関連記事
※構成/松浦裕子 撮影/小倉雄一郎(BE-PAL 2024年7月号より)