
今回は伝統的なカナディアンカヌーに乗って、森に囲まれた湖を進んでいきます。
WIND from ONTARIO~森の海、水の島~
#2 カヌーの聖地にて
カヌーキャンプの早朝、露に濡れたテントから這い出ると、静寂の湖面にまるでひとつの巨大な生き物のように、朝靄がゆらゆらと漂う。この靄にそっとパドルを入れて漕ぎ出す、この瞬間のカヌーと自然の調和が、最も美しいと感じ入る……。
オンタリオ州には、カヌーで旅する総距離2000㎞以上のカヌールート(カヌーの道)が張り巡らされている。これはかつてファースト・ネイション(先住民)やヨーロッパからの開拓者が生活や交易に使ったルートだ。この道をカヌーで旅するのが、カナダのアウトドアの醍醐味、カヌーキャンプだ。
アクセスポイントに車を停め、カヌーで深い森の中へ漕ぎ入る。移動手段は人力のカヌーのみ、ひとたび森と湖の原野へ漕ぎ入ると、動力付きボートの使用は禁止されていて、人工的な音のない世界。キャンプサイトも貸し切りなので、人気もない。このカヌールートとカヌー文化が、世界中のカヌーイストたちを惹きつけてやまない、カヌーの聖地と称される由縁だ。
朝靄の湖上をスーッと滑るようにカヌーは進み、ムースやビーバーたちも人工音のないこの乗り物に、あまり気をとめない。
ファースト・ネイションの人たちは、この土地をマザーアースと捉え、女性を表わしたペトログリフ(岩画)の窪みから人類の始まりを描いている。カヌーの流線型のデザインからも自然との融和のスピリッツを感じる。
カヌーの上から釣り糸を垂らせば、糸はさながら大地と交信するための糸電話。時折、ピクピクッとマザーアースより、返事があったりなかったり……。
陽が昇るにつれ、湖面を這うようにゆれていた朝靄が一気に立ち昇り、昇華する。幻想的で、大自然からの言祝ぎのような光景だ。
文明社会は遥かに遠く……。カヌーを4日間漕ぎ、森と湖の原野の只中で、釣り糸を垂れて大地と交信中〜。ツーツツーツーツ──。
愛艇、1959年製のChestnut PAL。セダーウッドとキャンバスで作られた、どこでも絵になるフォトジェニックな相方。
撮影・文/尾西知樹(Tomoki Onishi)
トロント在住のフォトグラファー、マルチメディア・クリエイター、カヌーイストでサウナー。オンタリオ・ハイランド観光局、Ontario Outdoor Adventuresのクリエイティブ・ディレクターを務める。カナダの大自然の中での体験とクリエイティブを融合させたユニット magichours.caを主宰。
地図/モリソン
(BE-PAL 2024年7月号より)