だが国内には年間平均気温18〜25度という涼風のそよぐ高原避暑地がいくつか存在する。クアラルンプールから北東の方角へ約200km、車で3時間半の場所に位置する標高約1500メートルのパハン州キャメロンハイランドもその一つだ。国内外から冷涼な気候を求め年間を通じて多くの観光客が訪れる。
また国産ブランドの紅茶の産地としても有名で、茶畑が山々の斜面に悠然と広がり国内屈指の絶景としても知られている。今回はある目的を持ってキャメロンハイランドを訪れた。
手付かずのジャングルで人気のトレッキングやネイチャーウォーク
キャメロンハイランド観光の拠点となるのは長距離バスのターミナルがあるタナーラタだ。小さい町にはツアー会社がいくつかあり、半日〜数日間のツアーを催行している。一般的なものが紅茶のプランテーションや名産のいちご観光農園を巡るツアーだ。他にも山の中に張り巡らされているネイチャートレッキングルートをガイドとともに巡るツアーなども人気がある。
これらはキャメロンハイランドという土地の特性を活かしたツアーだが、その中には珍しいツアーがある。世界最大の花「ラフレシア」を探しに行くツアーだ。
ラフレシアはマレー半島、ボルネオ島などの東南アジアの島嶼(とうしょ)部など限られた一部に自生する。茎や葉がない花のみの巨大寄生植物だ。世界最大と言われるだけあり種類によってはその花は直径1メートルに達するものも珍しくない。一説によると開花まで5年を要し、しかも開花時期は予測できないのだという。
マレーシアに住んでいるからには一度は見たいラフレシア
キャメロンハイランドには何回か訪れていてラフレシアが自生するエリアが近いことは知っていたが、ジャングルトレッキングが必要だと聞いて機会を逸していた。というのも筆者はアウトドアといえばBBQをする程度、登山やトレッキングどころかハイキングすらほぼ経験がなかったからだ。
事前の情報収集としてツアー会社を訪れて装備などについてたずねると「服装は長袖の上着とスニーカー程度。持ち物は水とカメラやスマホ、必要に応じて軽食」とのことだった。そのアドバイスは結果として間違ってはいなかったが、スニーカーではなくトレッキングシューズの方がよかったことが後から判明する。
実はラフレシアだけのツアーとガイドを探すのに苦労した。というのもラフレシアだけというツアーは催行していないところばかりだった。開花を見られるか確約はできないかららしい。最後に訪れたツアー会社が「ラフレシアが咲いている、あるいは咲きそうならプライベートツアーなら組める」というので確認後連絡をくれるとのことだった。
諦めていると数時間後に連絡が来て「今咲いている場所がある」とのことで翌朝7時発ホテル送迎という急なツアーを組んでもらえることになった。
走行距離20万キロの日本製の4WDで向かった先は
翌朝、日本製4WDピックアップトラックで迎えに来たのが山岳ガイドのAさんだった。ここが地元でガイド歴20年とのことだった。ところでこのAさんの車だがかなり年季が入っていた。ふとタコメーターを見たら総走行距離20 万キロをゆうに越えていた。さすがは日本車というべきか。
ラフレシアが咲く場所はキャメロンハイランドからさらに北へ車で40分ほどでパハン州の隣クランタン州ロジンハイランドだという。
最初こそ整備された道路を走っていたが気づくとただ激しく揺れるだけの完全に未舗装の山道となる。やがて「ロジンハイランドラフレシア自然保護公園」と書かれたゲートが見えてきた。
立派な門構えに観光化されているかと思いきや、2011年にラフレシアが群生しているのが発見された際に絶滅の危機から守るための管理された保護区にされたのだという。
ここで車を降りAさんとともにジャングルに入っていくことになる。私は長袖のパーカーとストレッチデニム、普通のスニーカーという服装だ。背中のパッカブルリュックには撮影用のコンデジ、約500ミリリットル入りのペットボトルの水4本、虫除け、虫刺され薬、塩飴を入れた。スマホも持っていったが電波が全く入らなかった。
Aさんは水筒とナタだけを持っていた。その足元はと見ると……スポーツサンダルだった!
甘く見ていた未経験者には試練の登山
しばらくは傾斜も少なく平坦な道が続く。5分ほど歩くと大きな木に何本か杖のようなものが立てかけてあった。Aさんはそのうちの1本をとり、持っていたナタですこし削りこちらに渡してくれた。どうやら登山用ポールの代わりらしい。全く未経験でもこの「杖のようなもの」が登山やトレッキングやハイキングの際に必要だということは知っていたので、これから先がやや不安になる。
Aさんによるとここから1時間半〜2時間ほど登るとのこと。登山未経験とはいえこれでもジム通いはしているので大丈夫だろうと思っていたのは最初の10分。普通のスニーカーではぬかるんだ場所や急な斜面では全く力が入らず思ったよりも体力を持ってかれると気づいた。この土地で生まれ育ったとはいえAさんはスポーツサンダルで難なく歩いて行く。
歩き始めるとすぐに川があった。ロープもなく川面に適当に置いてある石の上を渡る。道はあるのだが足元がぬかるんでいるところも多く不安定だ。
登山標識などはないが、「ジャングル入口」と書かれた看板が立っていた。ここはタンガ山という山で標高2015メートルとのこと。ここからジャングルトレキングが始まる。
小休止地点には小さな滝があった。果てしなく続く深いジャングルが深い緑をたたえている。
倒木も多い。足元が不安点だったためそばに生えている木をつかんだらピリっとした痛みが走った。慌ててみると巨大なありがたくさんいた。また、ガイドのAさんがいきなり立ち止まって持っていた杖で地面を射したと思ったら見たこともない巨大サイズのムカデがいたりした。
濃い緑の風景の中に突如現れた真っ赤な何か
すでに2時間を経過しているが、おそらく私のペースがかなり遅いからであろう。実はこの時スニーカーのソール部分が剥がれてきて、歩きにくくなっていたのだ。
本当に咲いているのだろうかと思い始めたころに、いきなりAさんの足が止まった。1メートル先にある細い木に真っ赤なものがくっついているのが目に入った。ラフレシアだった。自然の花というよりも何か作り物のように見えた。
直径60センチメートルほどの花の中から虫の羽音が聞こえる。中にはハエがたくさん群がっていた。ほんのりと何かが腐乱しているような臭いがしてくる。ラフレシアの咲く環境にはハチや蝶がいないので受粉に欠かせないハエをおびき寄せるための臭いらしい。
すぐそばの地面には直接咲いている個体を発見。その花だけの姿にラフレシアは葉も茎もない寄生植物なのだと改めて実感する。
中にはすでに枯れている真っ黒になっている個体もあった。受粉ではなく花そのものが朽ちて腐ったためなのだろうか恐ろしい数のハエがたかっていた。
さらの周辺を散策すると木魚のようなものが地面にあった。Aさんが言うにはこれはラフレシアのつぼみであと3日〜1週間ほどで開花するだろうとのことだった。
なおラフレシアは触ってはいけないらしい。本来3〜5日咲き続けるラフレシアだがヒトが触ってしまうと数時間で枯れてしまうと言われているとのことだった。ジャングルの中で自由きままに咲いている思いきや、ラフレシアは繊細な花だった。絶滅危惧種ゆえに旅行者に勝手に散策させず保護が必要な理由がここにあった。
ロジンハイランドラフレシア自然保護公園のラフレシアはケリー種という個体なのだそうだ。
マレーシア半島では他にケダ州、ペラ州などでもラフレシアの群生が確認されている。
ところで、ラフレシアの咲いている場所で初めて他グループとすれ違ったが、完全にトレッキングや軽登山といった装備をしていた。軽装で大丈夫と言われたが私の格好はあまり大丈夫ではなかったようだ……。