現代の日本で狩猟採集を軸に生活を営むマタギの村「山熊田」。狩猟採集民の気質を大滝剛さん・ジュンコさんご夫妻が語る
探検家・関野吉晴さんが、時代に風穴を開けるような「現代の冒険者たち」に会いに行き、徹底的に話を訊き、現代における冒険の存在意義を問い直す──BE-PAL8月号掲載の連載第37回は、マタギの村「山熊田」の大滝剛さん・ジュンコさんご夫妻です。
「とにかくクマ狩りが一番」(剛さん)、「狩りの時期の男たちはカッコいい」(ジュンコさん)と語る大滝さんご夫妻。狩猟採集民と農耕民の気質の違いに関野さんが迫ります。
関野吉晴/せきの・よしはる
1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人びとのルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。
大滝剛/おおたき・つよし
新潟県最北部の山熊田でマタギの頭領を務める。
大滝ジュンコ/おおたき・じゅんこ
埼玉県坂戸市生まれ。東北芸術工科大学工芸コース卒。2014年に初めて山熊田を訪れて自然と暮らしに衝撃を受け、翌年移住。後に剛さんに嫁ぐ。しな布の伝統を継承し、しな布作家として活動中。
「クマ狩りが一番、田んぼは後回し」
剛 だいたい彼岸まではクマは寝ています。彼岸を過ぎると穴から出始める。4月に入って、ブナが芽吹き始めたころ、その芽を食べるクマを狩ります。まだ雪が残っていて、真っ白な雪の中を真っ黒なクマが動くので見つけやすいんです。芽が吹きすぎると、葉が邪魔をして探せなくなってしまいます。巻き狩りでは、12~13人が集まって勢子とマチバに分かれます。クマを見つけたら、勢子が「ホーイ、ホーイ」と声を上げて追い、尾根に逃げ上がってきたそのクマをできるだけ近づけてからマチバが撃ちます。
関野 どのぐらいの距離で撃つんですか? 20mぐらい?
剛 20mじゃまだ遠いです。近ければ近いほどいい。
関野 でも、近づけば近づくほど危ないですよね。
剛 危ないと思ったことはありません。確実に当たるから。熊よりも高い位置にいるから、絶対にはずさないです。
関野 山熊田では罠は使いません。正面からクマと対峙する巻き狩りへのこだわりを強く感じます。
剛 巻き狩りは昔はほうぼうでやっていたけど、今はなくなってしまいました。最近クマのニュースが増えていますが、「人間は怖いよ」ということをクマに教えるためにも巻き狩りは大事なんじゃないかと思います。
関野 クマが山から下りてきているのは、以前は奥山の開発などが原因だといわれていましたが、最近はムラが弱まってクマが人間を恐れなくなったからだといわれています。山熊田の集落にはクマは下りてこないですか?
剛 はい。村でクマを見たことはないですね。
関野 私は狩猟採集民が大好きで、アマゾンのマチゲンガ族とは50年間付き合っています。狩猟採集民は農耕民とは気質が全然違います。農耕民は、収穫の喜びがあるから、その未来の喜びのために雑草取りなどのつらい仕事を頑張ります。一方、狩猟採集民にとって大切なのは今で、「未来のために」とはあまり考えません。
というのも、勝負は1日で決まるからです。森の中では何が起こるかわからないので想像力を働かせなければなりません。動物の習性を熟知し、その上で想像力を働かせる。そんな総合力の勝負が楽しくてたまらないし、それで獲れたら嬉しくてたまりません。だから彼らは狩りを仕事とは思っていないんです。山熊田の人はどうですか?
剛 巻き狩りで予想したようにうまくいけば、やっぱりすごく嬉しいです。
関野 ジュンコさんから見てどうでしょう?
ジュンコ 大切なのは今というのも、そのとおりだと思います。
関野 米も作っているから明日のことも少しは考えていると思いますが、山熊田の暮らしでは計画性よりも想像力や知恵を求められるのではないかと思います。
剛 とにかくクマ狩りが一番。田んぼは後回しです(笑)。
関野 山熊田には、巻き狩りのほかに、シナノキの樹皮でしな布を作る、焼畑をするという文化的特色があります。この3つをすべてやっている村は全国で山熊田だけです。
ジュンコ しな布とは日本最古の原始布です。シナノキの樹皮から糸を作り、しな布を織る文化は、山熊田を含めて山形と新潟の県境の3集落にしか残っていません。生活の便が悪すぎて近代化が極端に遅くなった結果、奇跡的に伝統文化が残ったのだと思います。
この続きは、発売中のBE-PAL8月号に掲載しています!
公式YouTubeで対談の一部を配信中!
以下の動画で、誌面に掲載しきれなかったこぼれ話をお楽しみください。