東京の都心部で気軽にクラフトビールが楽しめるクラフトビアマーケット。その経営会社ステディワークスが、2019年にオープンしたブリューパプが、東京のど真ん中、日本橋室町にある。ステディワークス社長の田中徹さんに話を聞いた。
同世代がファンになってくれるビアバーを
はじめに「クラフトビアマーケット」の話をしよう。
東京都市部でクラフトビールを気軽に楽しめる店として、「クラフトビアマーケット」の名は鉄板だ。現在は東京以外にも展開しているが、虎ノ門、神保町、大手町、三越前、神田など、都心のオフィス街にあるのが特徴だ。
店によってラインナップは異なるが、常時30種ほどの国内外のクラフトビールのタップが並ぶ。幅広いスタイルで、初心者も常連も安心の、定評ある銘柄がズラリと揃う。しかもハーフパイントが600円台で飲める。クラフトビールって高いよね? と敬遠しがちな人も安心なのだ。料理も手軽でうまい。
運営会社のステディワークス社長の田中徹さんは飲食業界が長い。東京・神田などの店で働いていた20代半ば、はじめにベルギービールに感動し、どんどんビールの世界にはまっていった。
2000年代、ビールマニアの間では「クラフトビール」といえばアメリカのインディペンデントのビールのことだった。一方、日本では生き残った地ビールメーカーが地道にコツコツ、腕を磨いていた時代だ。田中さんはビールバーでそうしたビールに出会い、日本のクラフトのクオリティも着々と上がっていると感じていた。
ただひとつ残念なことに、ビール好きの友人を誘ってビールバーに飲みに行くと、いまひとつ反応が鈍い。「店の雰囲気がね、どうも刺さらないんですよ」
そのころのビールの店は、ざっくり言うとイギリスのパブ風が多かった。暗めの照明、ぬるめのビール、料理はフィッシュ&チップスか乾きものといったところ。その古き良きイギリスの雰囲気が、21世紀の若者の好みとズレていた。
田中さんが独立して、ステディワークスを創業したのは30歳のとき。自分の友人にも楽しんでもらえるクラフトビールの店を目指した。
当時、人気を集めていたのはスペインのバル風、イタリアのトラットリア風の、カジュアルかつオシャレな店だ。クラフトビアマーケットはクラフトビールだけでなく、揚げ物以外のフードメニューも充実させた。そして、ハーフパイントを500円以内を実現したクラフトビアマーケットを東京・虎ノ門に開いた。画期的だった。2011年2月のことだ。直後の3・11の影響を受けたことは言うまでもない。
それでもクラフトビアマーケットは着々とファンを増やし、2店舗目を神保町に出店、その後も出店を広げていった。
いいブルワリーには、いいブリューパブがある
クラフトビアマーケットのオープン当初、田中さんは自社ブルワリーをもつことは考えていなかったと話す。それがアメリカへビールの視察に出かけるうちに変化していった。
「特に西海岸、サンディエゴやロサンゼルスの街には、いいブリューパブがたくさんあるんです。工場のすぐ隣にレストランがあって、そこで飲むビールがとってもおいしい。料理がまたすごくおいしい。自分たちの造ったビールにバッチリ合った料理をプレゼンしてくるから、おいしくて当然なんですね。
お客さんも楽しそうに飲んで食べている。その光景がいいなあと。できたてのビールが飲める、それだけで価値があるし、視界にビールタンクが入るとビールのおいしさがさらに増す——というのは先入観かもしれませんが。ブルワリーというよりブリューパブをつくりたかったんです」
田中さんは生粋の飲食業界の人である。アメリカ西海岸の街角のブリューパブに憧れた。
「アメリカでは人気の高いブルワリーにはいいブリューパブがある」
2019年、ブリューパブ、CRFTROCK BREWPUB & LIVE(以下クラフトロック)が東京・日本橋室町のコレド室町テラスにオープンした。東京を、ひいては日本を代表する老舗が立ち並ぶ日本橋、三越前界隈。再開発が進み、最先端といってもいい商業施設の一角にクラフトビールのブリューパブがある。しかも経営者は大手ではなく、ベンチャーなのだ。
クラフトロックの名称は、2014年にステディワークスが企画した野外フェスに由来する。ビール好きの田中社長にはミュージシャンの一面がある。毎年、フジロックフェスティバルに通うほどフェス好きでもある。そのフジロックの会場で、スポンサーのハイネケンを飲みながら、「ここにクラフトビールがあったら」と思い続けていた。ついに2014年、自ら企画し、東京の晴海埠頭で「CRAFTROCK FESTIVAL’14」を開いたのだ。
クラフトロックには小さなステージがある。そこで月イチ、ライブが開かれている。田中さんも自身のバンドでベースを弾く。都心の一等地に構えているブリューパブ自体が希少だが、社長自ら出演するライブのあるブリューパブはもっとめずらしい。
「ロックにはビール。ワインやカクテルじゃない。ビールなんです。特にクラフトビールは相性がいい。ロックには既存のものを打ち壊していく力がある。クラフトビールのブルワーにも今までないものを造ってやろうという気概があるし、ラベルのデザインにもそういう精神が現われています。ロックにはいろんなジャンルがあり、オルタナティブがあるように、クラフトビールはビールのオルタナなのかなと思います」
クラフトロックのコンセプトは、『音楽とクラフトビールのカルチャーを繋げ、 ミュージシャンをサポートするビールメーカー』 。クラフトビールと音楽の親和性が表われている。
カウンターの中の5つの小さなタンク
「目指しているのはクリーンなビール」と田中さんは話す。クリーンとは、雑味のない、ビール本来の味がダイレクトに味わえること。ブルワーにとってはかなり難易度の高い注文になるそうだ。
「醸造家の腕によるところ、そして設備によるところがあります」
クラフトロックのカウンターには、200リットルの小さめのタンクが5本、行儀よく並んでいる。カウンターと壁を隔てたブルワリーにある1000リットルのタンクから200リットル分がこの小タンクに移され、タップにつながっている。
ふつうブリューパブといえども、ブルワリーのタンクから直接タップにつながれることはない。だいたい20リットル、30リットルのポータブルな樽に移され、それがカウンターのタップにつながれることが多い。
ビールは動かすほどダメージを受ける。ビールをタンクから樽詰めする際は、出来るだけビールが攪拌されないように細心の注意を払う必要があり、払ったところでノーダメージというわけにはいかない。
クラフトロックではブルワリーのタンクからカウンターの小タンクに、いったん移すことに変わりはないが、「樽に移す場合と比べるとビールが受けるダメージが少なくて済む」という。
このようなタップにつなげる小タンクをカウンターに侍らせているブリューパブもかなりレアだろう。ここには最先端が溢れている。
今はまだクラフトビールのファンではない人に
都心の中でも虎ノ門、神保町、大手町といったオフィス街に出店してきた理由を訊ねた。田中さん自身が東京出身で、仕事もずっと東京だったからという地元愛がベースにあることに加え、オフィス街の面白さをこう話す。
「仕事帰りのビジネスマンの、“一刻も早く飲みたい”欲求はものすごく強いですね。駅まで待てない。店に入って一杯飲んで、ブワッ! と。グチじゃないけど、言いたい、とにかく誰かに聞いてもらいたい! というテンションが高い。ぼくとしてはそれを聞いてあげたい。癒してあげたい、みたいな(笑)気持ちになります」
店に駆け込んでくる彼らにとって、この一杯のために今日も働いてきたと言っても過言ではないかもしれない。その一杯を欲する気持ちは、遊びで飲みに行く人のそれとは違った熱を帯びる。
だから都心の店のお客さんは常連が多い。ビールのラインナップは常連さんの顔を思い浮かべながら考える。
「あのお客さんにはこのビールをお勧めしてみようとか、このお客さんはこれが好きかなとか考えてセレクトするのが楽しいんです。またお客さんのほうも、毎回同じものを飲むより、いろいろ種類を変えて飲む人が多い。クラフトビールの楽しさって、選ぶ楽しさなんですよね」
田中さんがクラフトビアマーケットやクラフトロックを通して続けてきたことは、クラフトビールのファンづくりだ。
「クラフトビアマーケットを始めた当初は、ビール屋さんとは認識されず、イタリアンかなんかと思って来店される方もが多かったですね」と田中さん。
特にクラフトビールのファンでなかったけれども通っているうちに、いろいろなビールを勧められ、気がつくとクラフトビールのファンになっていた……という人がとても多い。
日本のクラフトビールの人気が2010年代に着々と伸びてきた背景には、仕事帰りにクラフトビアマーケットに駆け込む、多くのビジネスパーソンたちの存在があったのではないかと思う。彼ら彼女らが、今日のクラフトビール人気の礎の一部を築いているような気がしてならない。
東京には以前からイギリスのエールハウス風、ベルギービール専門店などがあったけれど、そこはもともとビールファンが行く店である。ファンではない人が、お勧めされるクラフトビールを楽しんでいるうちに、いつしかファンになる。都市部のブリューバーの果たしてきた役割は大きい。
さて、バリバリの都市型ブリューパブのクラフトロック。田中さんはコロナ禍以降、アウトドアへの興味が高じているそうで、こちら方面での新たなファン開拓にも期待したい。来春にはクラフトロックの新工場がオープンする予定とのこと、今後も展開が楽しみだ。
CRAFTROCK BREWPUB & LIVE
東京都中央区日本橋室町三丁目2番1号 コレド室町テラス 1階
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