災害救助犬の中には災害以外でも、行方不明者の捜索をすることがあるということを知っていますか? コアも平時の住宅地で行方不明になった高齢者の捜索をしたことがあります。
今回、紹介するのは、コアのふるさとであり、災害救助犬の活動とともに地域の行方不明者の捜索にも力を入れている、徳島県のNPO法人ボランティアドッグ育成センターの賀川比路さんとクレア、奥谷明子さんと太一、コアの祖父で日本初のホワイトスイスシェパードの救助犬となったジャンゴです。
ボランティアドッグ育成センターでは高齢者やハンディキャップを持つ方をサポートする介助犬やセラピー犬の育成も行っています。その活動の様子もお伝えします。
救助犬とマントレイリング
みなさんはマントレイリングという言葉を聞いたことがありますか?
マントレイリングとは行方不明者を捜索するのに有効な方法。ドラマなどでよく見る警察犬が犯人の足跡を追う「足跡追及犬」と違い、足跡のみにとらわれず、人間の浮遊臭や皮脂から剥がれ落ちた細胞、痕跡を嗅ぎ、捜します。
災害救助犬は「不特定の人物の浮遊臭」を捜しますが、マントレイリングでは、枕や衣類などであらかじめ覚えさせた「特定の人物」を捜します。犯罪捜査では足跡追及犬が活躍しますが、行方不明者の捜索では足跡が途絶えているケースも多く、浮遊臭や剥がれた細胞などの痕跡を追う、マントレイリングドッグが向いています。
まだ日本でのマントレイリングドッグは歴史が浅いのですが、高齢化により認知症の行方不明者が増えていることから、救助犬の訓練とあわせて、マントレイリングの訓練をするハンドラーと救助犬が増える傾向にあります。
これから紹介するボランティア育成センターのクレアと太一はもちろん、コアとハンドラーである私もマントレイリングを学んでいます。
ハンドラーの賀川さんと救助犬のクレア
まず、最初に紹介するのは賀川比路さんとクレア。その前に、賀川さんが救助犬を始めるきっかけと、最初のパートナー、ケイシーの話からしていこうと思います。
賀川さんは学生時代に、JKC(ジャパンケンネルクラブ)公認災害救助犬育成訓練所である、ノイマンドッグスクールによる学校での介助犬のデモンストレーションをみて、働く犬のことを知りました。賀川さんはその後、ノイマンドッグスクールに就職してJKC公認訓練士となり、災害救助犬の育成を始めます。ヘルパー(要救助者役)を見つけた時の犬の反応や、ヘルパーの近くまで行こうとがんばる姿がとてもうれしく、犬との一体感を感じて、この活動にどんどんやり甲斐を感じていきます。
賀川さんが最初に育てた自分の救助犬が、ラブラドールレトリバーのケイシー。2016年熊本地震で初めてケイシーとともに実働(被災地での捜索)に向かったときの体験談を語ってくれました。
「JKCによる災害派遣でケイシーと共に向かった現場は南阿蘇村の山間部で、粘土系の土壌により地中の空気が密閉されて、においが空気中に上がりにくく、犬が反応することはありませんでした。装備の面で一緒に現場に入った消防隊から注意を受け、その時の反省から今は備えを充分にしています。
現在、ケイシーは高齢となり、救助犬を引退していますが、特別犬として防災イベントや学校での啓蒙活動に活躍しています。人が大好きで明るいケイシーは子どもたちにも大人気です」
クレア、山中で行方不明者を発見!
徳島県警では2020年から、嘱託警察犬に行方不明者の捜索を得意とする「地域捜索」という新しい採用区分を設け、実績をあげています。賀川さんの2代目のパートナーであるラブラドールレトリバーのクレアは、災害救助犬の訓練とともにマントレイリングの訓練をしていて、地域捜索の嘱託警察犬として、認知症などの行方不明者の捜索にあたっています。
その活動の中から、2022年12月に行方不明となった高齢者をクレアが捜索して発見した時のことを、賀川さんにおうかがいしました。
「2022年12月の夜中1時すぎに警察から電話があり、私とクレアは嘱託警察犬として、行方不明になった70代男性の捜索に向かいました。男性はGPSを持っており、おおまかな場所はわかるのですが、現場が山の中で捜索に時間がかかっている様子でした。
日頃からマントレイリングで訓練しているように、行方不明の男性の枕カバーのにおいをクレアに覚えさせてからスタート。真夜中の道もないような山中の捜索だったので、マントレイリングだけではなく、リードを外して浮遊臭を捜す救助犬の捜索方法も組み合わせて捜索を開始しました。
クレアの行動を観察すると、沢を挟んで、においが二手に分かれて流れているようでした。捜索開始から約1時間半後、500メートルほど上った場所でクレアが上の方を見上げて、しっぽを大きくふっていました。吠えてアラートはしていませんでしたが、日々の訓練のなかでクレアを観察してきたので、クレアがにおいを見つけて反応しているのがわかりました。
消防隊にその場所を伝えて、クレアが反応したあたりに向かったところ、行方不明の男性を無事に発見することができました。行方不明者もクレアも、怪我なく無事で本当によかったです。
今後も救助の手助けに貢献出来るように、いろいろな場所での訓練や初歩に戻っての訓練を続けたいと思います。まだ救助犬のことをよく知らない人も多いと思うので、いろんな人に知ってもらえたらと思います。クレアの子供たち、テオとマイレも救助犬目指してがんばっていて、親子で活躍する日が楽しみです」
ハンドラーの奥谷さんと救助犬の太一
賀川さんの先輩訓練士である奥谷明子さんは、7歳のラブラドールレトリバーの太一をパートナーに救助犬、嘱託警察犬として地域捜索の活動をしています。奥谷さんが訓練士になったきっかけは、犬のことをもっと知りたかったから。訓練士をしていてうれしいのは、生徒さんにありがとうと伝えられた時だそうです。
「私のパートナーである太一は瓦礫など足場の悪い場所が苦手なのですが、それを乗り越えてヘルパー(救助対象者)までたどり着いて発見した時が、救助犬の訓練でとてもうれしい瞬間です。
瓦礫捜索の訓練施設が近場になく、練習するには遠征しなくては行けないので、そこは大変です。太一は救助犬として育成していましたが、少し人見知りがあり、マントレイリングも取り入れた方が良いと思い、2歳からマントレイリングのトレーニングも始めました。行方不明者の捜索では、スタート地点で行方不明者がどちらに向かったのか、その方向を探せるように練習を重ねたいと思います。
ハンドラーである自分の反省としては、太一がにおいを見つけたのに反応を見逃したり、太一に任せていればすぐ発見できたところをこちらに呼び戻して、他の場所へ捜索に行かせたことなどがあり、太一に申し訳ないと思っています。ハンドラーとしてパートナーである太一の反応を見逃さない、疑わない、ネガティブサインを分かるようにしていきたいです」
嘱託警察犬、災害救助犬として活動する太一のプライベートでの得意技はボールを3つくわえること!と奥谷さん。え、ボールを3つもどうやって?
「2個は前歯の辺りで縦に咥え、もう1個はその内側に。顎が外れないかとヒヤヒヤします。4個目に挑戦することもありますが、できそうもありません」と楽しそうに説明してくれました。
日本初のホワイトスイスシェパードの救助犬ジャンゴ
奥谷さんは以前、日本初のホワイトスイスシェパードの救助犬であり、コアの祖父にあたるジャンゴの飼い主でハンドラーでもありました。私は会ったことのないコアのおじいさん、会ったことのある方はみな「やさしい良い子だった」と言います。奥谷さんにとってジャンゴはどんな犬だったのでしょう。
「ジャンゴはオランダ生まれで4歳の時にドイツから日本にやってきました。とてもやさしく、凛とした子で、私が災害救助犬の活動をしたかった事もあり、救助犬の訓練を始めて、2013年にJKCの災害救助犬認定を受けました。美しく気質も良いので人気で、たくさんの子どものパパになりました」
私のパートナー、コアも奥谷さんと賀川さんの指導を受けています。トレーニングをしてみて、コアはどうだったのでしょう。
「コアはとにかく集中力があり、捜索意欲も強かったです。捜索能力が高いので、自信をつけさせて、のびのびと捜索できるようにしたら良いと思いました。苦労したことは、目の色が変わってしまうくらいボールが好きで離さなかったこと。それから当時の所長(新田邦善さん)が大好きすぎて、所長がいると、所長!所長!となってしまって、私の声が届かなくなってしまうところ。コアもシニア期に突入しましたが、捜索が大好きな子なので、身体が動いて続けられるうちはがんばってほしいと思います」と賀川さん。
NPO法人ボランティアドッグ育成センターの活動
JKC公認訓練範士である新田邦善さんと、奥谷さん、賀川さんを中心に活動するNPO法人ボランティアドッグ育成センターでは徳島県と災害救助犬の協定を結んでいます。2018年の西日本豪雨では奥谷さん、賀川さんとケイシーが捜索活動にあたりました。
「現場は安芸市、まだ水が流れている状態で土砂と暑さで過酷でした。現場に入るまでに日数がかなり経過しており、生存者の捜索だけではなく、HRD(遺体臭気捜索)の必要性を感じました」と賀川さん。
ボランティアドッグ育成センターでは、災害救助犬の育成だけではなく、介助犬や聴導犬、セラピー犬の育成をして、学校で子どもたちへの啓蒙活動も行っています。また、マントレイリングドッグの訓練をラブラドールレトリバー8頭、ジャーマンシェパード2頭が行っています。
「いろいろな使役犬の役割を知って、理解が広まってほしい」と語る賀川さん。犬たちは、嗅覚や聴覚などの類まれな能力、そして人とのコミュニケーション力の豊かさで、さまざまなかたちで私たちを助けてくれています。救助犬をはじめとする犬たちを知り、その魅力を知り理解すること、この連載「救助犬の仲間たちのものがたり」もその一助になれたらと思います。