実は奥深いタンポポの世界
タンポポといえば、春先に咲かせる黄色い花や、白い綿毛を付けたかわいらしい姿が印象的です。実は、黄色い花を咲かせるタンポポには様々な種類があるだけではなく、白い花を咲かせるタンポポも存在します。
タンポポには昔から日本に生育する「在来のタンポポ」と、海外からやって来た「外来のタンポポ」があり、セイヨウタンポポ(外来)やカントウタンポポ(在来)という個々の名前を持っています。
外来タンポポは札幌から広まった?
外来タンポポであるセイヨウタンポポはヨーロッパ原産で、明治時代に日本に持ち込まれたと考えられています。当時、北海道の札幌市に、海外の農業技術を学ぶことができる札幌農学校がありましたが、アメリカ人の教師が野菜としてセイヨウタンポポを持ち込んだという説があります。
また、明治37(1904)年に発行された「植物学雑誌」の中で、植物学者の牧野富太郎博士が、札幌の道端に繁殖しているセイヨウタンポポがいずれ南下して日本中に拡大するだろうと述べています。実際その通りになりました。
ライオン?鼓? 名前の由来と別名
タンポポの英名は、ダンデライオン(dandelion)といい、語源はフランス語でライオンの歯を意味する(dent de lion)に由来しています。これは、ギザギザしているタンポポの葉がライオンの歯の形に似ていることによるものです。
むしろ、たてがみの立派なオスのライオンの顔が、タンポポの花に似ているような気もするのですが、花ではなく葉のかたちが決め手になったようです。
その他にも、ヨーロッパではタンポポのことを「お星さまの落した金貨」や「牧童の時計」、花の色から「バターの花」などと呼ぶことがあります。また、タンポポの茎を折ると白い汁が出ることから、「ミルク草」とも呼ばれています
日本では、タンポポのことを鼓草(つづみぐさ)とも呼んでいましたが、花の形状が打楽器の鼓に似ていたためと考えられます。
このように、同じタンポポでも、国によって見え方が全然違うところが面白いところです。
在来タンポポと外来タンポポの見分け方
在来と外来のタンポポを見分ける際には、タンポポの花の裏側の総苞(ソウホウ)と呼ばれている部位に注目してください。総苞の外側(外片)が反り返っているのが外来タンポポで、写真のように反り返らないのが在来のタンポポです。
外来タンポポの総苞が反り返っている理由として、花を食べるナメクジを防ぐためという説があります。普段、何気なく見ているタンポポの形態には、様々な進化の痕跡があるようです。
在来タンポポと外来タンポポの生育環境
在来タンポポと外来タンポポは繁殖方法に違いがあります。
在来タンポポが種子を作るためには、花粉を運ぶ昆虫と、周辺に同種のタンポポが存在する必要があります。これに対して、外来タンポポは受粉しなくても種子を作ることができるため、1個体で増殖することができます。
また、在来タンポポは主に、里山や標高がやや高い地域、さらには高山にまで生育しているのに対して、外来タンポポは新たに開発された土地が多い都市部に生育しています。
ただ、都市部でも人の手があまり加わらない鉄道の敷地内で、在来のシロバナタンポポを見つけたことがあります。毎年、そこで観察をしていますが、生育場所は変わらずに白い花を咲かせています。
タンポポって食べられる?
先に、セイヨウタンポポが野菜として北海道に持ち込まれたという説を紹介したように、タンポポは食べることができます。
食用利用例と栄養成分
和食であれば、軟らかい葉をおひたしや和え物にしたり、洋食だとサラダにして食べます。
その他にも、タンポポの利用例として、根を焙煎して作るタンポポコーヒーがよく知られています。タンポポはほのかな苦みが特徴で、ビタミンAやB1などを含みます。
また、有川浩さんの『植物図鑑』という小説には、タンポポの葉と花の天ぷらと、茎のバター炒めが出てきます。本の巻末に雑草料理のレシピが付いるのですが、下ごしらえとしてタンポポの茎と葉を適当な長さに切って水にさらすことで、苦みを抜くことができます。タンポポを切ると白い汁が出てくるのですが、これが苦みの元になっています。
『植物図鑑』は、さやかという女性と、雑草に詳しい謎の男性・樹(いつき)が季節の雑草を食べるというちょっと珍しい恋愛小説ですが、タンポポ以外にもツクシ、ノビル、イヌガラシやスカシタゴボウなどの雑草が美味しそうな料理になっており、思わず真似したくなります。
野菜としての利用
現代では、タンポポはあまり食べられていませんが、江戸時代では野菜のような位置付けでした。
元禄10(1697)年に刊行された「農業全書」という農業の専門書には、ネギやホウレンソウ、シュンギクなどと一緒にタンポポが取り上げられています。食べ方は、おひたしや和え物で、これを食べれば便秘に効くと書かれています。
また、飢饉の際には貴重な食糧として利用されました。そして、昭和の戦時中には食べられる野草として、ゆでた後に一昼夜水に浸し、その後、醤油で味を付けるかゴマ和えにする食べ方が紹介されています。
薬としての利用
タンポポには利尿の促進効果があるため、フランス語ではピサンリ(pissenlit)=寝小便というすごい名前で呼ばれています。また、開花前の乾燥させたものを蒲公英(ホコウエイ)と呼び生薬として、解熱、発汗、健胃の作用があるとされています。
その他にも、母乳の出をよくする効果があるとされています。
タンポポの綿毛を保存する方法
タンポポの綿毛は、風が吹くと散らばってしまいますが、ちょっとした処理をすることで、綿毛を球状のまま保存することができます。
材料探し
まずは、綿毛がまだ出ていない状態の茎を集めます。綿毛が出ていないものを刈り取って大丈夫?と思いますが、写真のように、ちゃんと開いて綿毛が出てきます。
綿毛を部屋に飾る方法
上の写真をご覧いただくと、刈り取ったはずなのに、茎がピンとしていると思いませんか?
実は、茎に細い針金を通してあるので、茎が枯れても大丈夫なんです。タンポポの茎は空洞になっているので、簡単に針金を刺すことができます。
次に、綿毛にヘアースプレーかスプレーノリを吹きかけてください。そうすれば、綿毛が固定されるので、きれいな形のままで長期間保存することが可能です。
綿毛をガラス容器に入れたり、花束のように飾れば、タンポポを身近に楽しむことができます。
「謎タンポポ」を探してみよう
普段から足元の雑草をよく見るようにしているのですが、たまに変な雑草と出会うことがあります。2024年の春に、たまたま通った道端で謎のタンポポを見付けたので、刈られる前に慌てて写真を撮影しました。
黄色い花はいかにもタンポポという感じでしたが、綿毛がとても小さくて、うさぎのしっぽのような形をしていました。タンポポに似た園芸植物かとも思ったのですが、どう見てもタンポポでした。あまりに謎過ぎて、X(旧Twitter)で質問をしたり、翌日も観察に行きました。
タンポポによく似た植物【ノゲシ】
X(旧Twitter)で、いくつかコメントをもらったのですが、その中に、タンポポではなく、タンポポと同じキク科の雑草であるノゲシではないかという指摘がありました。
そこで、早速、ノゲシを見に行きました。確かに、花は似ているのですが、葉の形や色、質感は別物でした。
タンポポによく似た植物【ブタナ】
ちなみに、ブタナというキク科の雑草もタンポポと似たような花をしています。ただ、タンポポが地面に近いところで花を咲かせるのに対して、ブタナはタンポポより茎がかなり長く、より高い位置に花を付けます。
また、タンポポは1つの茎に1つの花が付きますが、ブタナは1つの茎が分岐して複数の花が付くなど形状が異なります。
やはり、タンポポ?
謎タンポポは、ノゲシでもブタナでもないことが分かり、調査は振り出しに戻ってしまいました。
そんな折、再びX(旧Twitter)に「カントウタンポポではないか?」、「カントウタンポポは不稔(種子ができない)になる個体がある」というコメントがありました。
そこで種子を採取して、よく見るタンポポと比べたところ、謎タンポポの種子が未発達だったので、今のところこの説が正しそうです。
タンポポ観察のお供におすすめの本
タンポポの実は奥深い世界に興味を抱いた方に、おすすめの本があります。保谷彰彦さんの『タンポポハンドブック』(文一総合出版)という本です。全編カラーで、日本各地に生育するタンポポの姿を見ることができます。原寸大の種子の写真やタンポポの育て方までタンポポづくしの1冊になっています。
この本を片手に、近所のタンポポを改めて観察してみてはどうでしょうか?
きっと、写真のような不思議なタンポポにも出会えるはずです(花だけのように見えますが、よく見ると下に葉があります)。