事前にネットで調べたタホ湖1周の周回距離は72マイル(約115㎞)。琵琶湖1周のサイクリングコース(ビワイチ)は約200kmですので、その半分ほどです。
私はサイクリストとはとても言えませんし、現在持っている自転車も安物のマウンテンバイクです。それでも100kmくらいの距離を自転車で走破したことは過去に何回かあります。だからきっと大丈夫だろうと高を括っていました。しかし、その考えが甘過ぎたことは後で分かりました。
美しい湖畔をサイクリング(だけでは済まなかったタホ湖一周)
ビギナーズ・ラックに恵まれた1時間
まずはタホ湖の南岸まで車を走らせ、目に留まった駐車場で自転車を取り出しました。早朝の時間帯ということもあって、真夏にもかかわらず、空気はひんやりと冷たく、ウィンドブレーカーと手袋が必要でした。
進む方向は時計回り。アメリカの道路は右側通行なので、常に湖が右側に見えることになります。同じ理由で、自動車も同じ方向を走ることが多いようです。ただし、運転席は左側にあるので、自分で運転するよりは助手席に座る方が景色を眺めるにはよいでしょう。
走り始めてしばらくは快適でした。湖岸近くを走るサイクリングロードはほぼ平坦でしたし、路面もよく整備されていたし、視界一杯に真っ青な湖水が広がっていたのです。南岸付近を出発点としたのは、単にキャンプ場からもっとも近かったからなのですが、後から考えるとビギナーズ・ラックを引き寄せていたようです。
予想もしなかった(するべきだった、できるはずだった)苦難の道
あれ、少しおかしいなと感じ始めたのは、1時間くらい経った頃でしょうか。サイクリングロードが終わり、車道の端を走らざるを得なくなり、そしてその道もだんだんと湖岸から離れて、山の中に入っていきました。
こんな筈じゃなかった、と思ってももう遅く、気がつけば息もつかないような急坂をあえぎあえぎしながら登っていました。
自転車は登り坂の途中で止めることはできません。止めたら最後、そこからは坂の天辺まで自転車を押して歩くことになります。当然、スマホをいじることもできません。だから、サイクリングの写真と言えば、ラクそうな部分ばかりになるのです。
もちろん、その日急に登り坂ができたわけではなく、こうなることは事前に分かっていたはず。コースの距離だけを見て、累積標高差を見落としていた私がアホだったのです。
エメラルド・ベイと呼ばれる絶景スポットに辿り着いたとき、すでに出発してから2時間を過ぎていました。そこまでの距離は25㎞ほど。まだ全体の5分の1程度でしかありません。
このままのペースで最後まで行けば10時間以上かかってしまう。もしそれより遅くなったら、暗くなってしまうぞ。そんな不安が胸をよぎりました。
正直に告白すると、「もういいや。ここから引き返そう。昼には町に着くから、午後はダラダラ過ごせばいいじゃないか」という考えが頭をよぎりました。
それでも前に進んだのは不屈の闘志によるものではありません。これよりもっとすごい景色があるかもしれないし、それでも嫌になったら引き返せばいいだろうと、またしても甘い見通しが頭の中で勝っていたからです。
生まれて初めての両脚同時攣り
そこからは希望と失望が交互に現れる道のりでした。ずっと湖畔を走れたらよさそうなものですが、道路は幾度となく山の中へと入っていきました。やっとの思いで峠を越えると、下り坂の向こうに青い湖が見えてきます。きれいだなー、癒されるなー、なんて思っていると、すぐに別の峠が出てきます。
タホ湖周辺は国立公園ではありません。湖岸には広大な私有地や別荘地がたくさんあり、公共の道路はそれらを迂回しなくてはいけないため、こういうことになるのでしょう。
『ゴッドファーザー PART II』を観た人には分かってもらえると思います。コルレオーネ一族の大邸宅があり、可哀そうなフレドがボートの上で殺された、あの湖こそがタホ湖なのです。ずっと湖岸を走ることはできないのです。
全コースの半分をようやく過ぎた頃、タホ湖の北岸にある「キングス・ビーチ」という名のやや賑やかな町で昼食を食べ、またしても急坂を登っていたときでした。こりゃもうダメだ、諦めて自転車を押して歩こうと思った瞬間、左脚の太股が痙攣しました。たまらず自転車から降りると、今度は右脚の同じ個所までがブルブルと震え始めたのです。
私は長距離ランナーですので、これまでにも痙攣や肉離れは何度も経験しています。しかし、両脚が同時に攣ったのは、そのときが初めてでした。想像できるでしょうが、これは大変です。なにしろ、突っ立ったまま、一歩も足を動かすことができないのです。寝転ぶことさえできません。ただひたすら激痛が去るのを待つしかありませんでした。
今度こそ本当にやめようと思いましたが、いかんせん場所が悪すぎました。ちょうど半周を過ぎたところなので、前に進んでも、来た道を引き返しても、出発地に戻るまでの距離は変わらないのです。それなら前に進もうとしたのは勇気ではありません。同じくらい苦しいなら、見たことがない景色の方を選んだに過ぎません。
そのようなわけで、タホ湖1周の後半部分は私にとってはあまり楽しいものではありませんでした。悪いことは重なるもので、道路がどんどん狭くなり、自転車レーンがない部分も増えてきました。猛スピードの車に肩すれすれで追い抜かれるのは大変恐いものですし、排気ガスも浴びます。
それでもペダルを漕ぎ続けられたのは、そうしないと帰れないという事情の他に、時々見えるタホ湖の美しい眺めに励まされたこともあります。
Garminのデータによると、この日の私がタホ湖1周で獲得した標高差は1,775m。ちょっとした山くらいはあったのです。琵琶湖1周のそれは約800mということですので、距離は半分弱でも険しさは2倍以上。私がどれだけ身の程知らずであったかが分かります。
筋金入りのサイクリストならともかく、私のような素人が何も1周することはなかったのでしょう。そんなことをしなくても、所々に現れる町や観光スポットにはレンタサイクル、それも電動アシスト自転車を貸し出す店も多くありました。普通の良識ある人はそちらを利用して、景色の良い部分を快適に楽しんでいるようです。
タホ湖公式観光案内ウェブサイト: