放浪するのが好きなのに、実は方向音痴な私。旅先で宿から出てちょっと散歩する時は、ちゃんと戻って来られるか毎回ドキドキ。そんな私が旅の手段に川下りを選ぶのには、理由があります。川は必ず下流に向かっていて流れていて、方向を間違えようがないから安心なのです。ところが今回の旅では、川が大きく分岐している箇所に来てしまいました。さあ、どっちへ進む!?
ウカヤリ川の分岐点。さあ、どっちに行く?
アマゾン川が大きいのは、海に流れ着くまでにたくさんの川が合流して太くなっていくから。ここまで下ってきたのは、アマゾン川の支流の一つ、ウカヤリ川です。
ウカヤリ川はマラニョン川と合流すると、「アマゾン川」に名前が変わるのですが、その大切な合流地点の手前でウカヤリ川は大きく二つに分岐します。川沿いに小さい村がたくさん点在しているのは右のルートだけど、蛇行しているので移動距離が伸びてしまいます。そこで今回は、地元の方が勧めてくれた左のルートを辿り、訪れた村々を紹介します。
プエルト・エンリケの村人が見た日本人に共通する行動とは?
前回の記事で食べたお魚は衝撃のガソリン風味でしたが、幸い私の胃は問題なく、いつも通りの朝を迎えることができました。場所はプエルト・エンリケという村。
オレンジ色の太陽に染められた朝モヤの中に見えたのは、せわしなく動く人影。洗濯をするためにバケツに水を汲む女性。水浴びをする人。明け方に漁から帰って来たばかりのカヌーのおじさんなどなど。アマゾン川に住む人は、早朝の涼しいうちから動き始めます。
一方で、意外とのんびりしているのが犬。道路の真ん中に寝転んで、ときどき人が通るとのっそり起き上がって道を譲ります。ほとんどの犬は、特定の飼い主がいない野良犬です。家がない野良犬にとっては、村全体が家みたいなもの。犬なりのスローライフを過ごしています。
「外国人ってのは、変人ばっかりなのかね?」と、村の人が話しかけてくれました。
プエルト・エンリケは人口600人ほどの小さな村ですが、何年かに一度はアマゾン川を旅する外国人が村を訪れて、それが決まって変人揃いなんだとか。ほかの村でもたびたび耳にする目撃情報は、イカダ下りの旅人。しかもどういうわけだか、いつも決まって日本人。伝説のカヌーイスト・野田知佑氏の影響か、アマゾン川のイカダ下りは一部日本人の間で共感性の高い憧れの旅なのです。
日本人以外では、もっとエキセントリックな人たちもいます。例えば、泳いでアマゾン川を旅する人。村から村へ、何か月もかけて泳ぐのです。アマゾン川に限らず世界各地の大河にそういう旅人は出没していて、”水泳旅”という一つのジャンルが生まれつつあるようです。
「なんでわざわざそんなことをするのか、私たちにはよくわからないよ。でも、みんなそれぞれ、使命感みたいな、強い気持ちを持って旅をしているみたいなんだ。本当にすごいことだよ」。村人はそう言い残して、また仕事へ戻っていきました。
村に入るや「人の皮を剥ぎに来たんだろう!」と疑われ…
続いて、地図にサッカースタジアムと書いてあるのが気になって立ち寄ったのは、サン・カルロス村。
商店や住宅などで四角く囲まれた中心が芝生の広場になっていて、サッカーやバレーボールなどの球技やボール遊びができるようになっていました。こうやって広場を中心に建物を広げるのは、どことなく古代ヨーロッパの都市計画に似ているような気もしますが、アマゾン川沿いの村のほとんどは同様の配置で成り立っています。
なんの変哲もない普通の村です。だけど、散歩をすると、なんだか様子がちょっと変。村の人に挨拶をすると、目を逸らされてしまう。どうも、避けられている気がします。
夜、村の崖の下にある船着き場にペケペケ号を停めて寝ていると、真っ暗闇のなか、自分たちの舟から重たい船外機を取り外して肩に担ぎ、どこかへ持っていく村人たちがいました。一体どうして?船外機の盗難防止でしょうか。
謎は翌朝、解けました。私たちが村に到着して間もなく、「外国人が人の皮を剥ぎにやって来た」という村内放送が流れていたというのです。アマゾン川の村には、怖い伝承を信じて、まるで昔話のような世界観で生きている村もあります。
「馬の顔にイノシシの体をくっつけた獣を見た」という人。「赤い満月が出る日の夜8時には人食い犬の集会があるから、その時間帯は絶対に家から出ない」という人。そして、外国人のことを怖がっている人たちもいます。
「外国人は子供をさらう」という噂のせいで、私の旅の相棒マキシーちゃんは昔、とんでもないトラブルに遭遇しかけたことがあります。とある農村で迷子になった際、通りすがりの子供に道を尋ねたら、誘拐犯と勘違いした警察が拘束しにやって来てしまったのです。
「外国人はアマゾンの村の人間の皮を剥いでコレクションをしているから気をつけろ」という噂も各地の村にあるそうです。サン・カルロス村の人たちはそれを信じているから、突然来た私たちに村中が小さなパニックを起こしかけていたのです。
ところで私の前職は剥製づくり。熊や鹿などさまざまな動物の皮を剥いで剥製を仕立てていました。…いやいや、違うよ、私は無害な旅人です!
海外を旅行するときは、現地に危険な人がいるんじゃないかと治安を心配するもの。だけど私たちが怖がっているのと同じかそれ以上に、現地の人たちも私たちを怖がっていました。私が本当に普通の人間であるように、現地の人もきっと本当は穏やかで普通の人たちなのでしょう。
ブルターニュ村の食い倒れ紀行。真夏にサンタクロースが現われる
暑い、暑い、夏のアマゾン川は、とにかく暑い。ペケペケ号が走っている間は風を感じられて涼しいのですが、一休みしようと止まった途端、ドバっと汗が出ます。日焼け対策で長袖を着ているのもあって、余計に暑い。夏バテ必死のアマゾン川ですが、縮んでしまった胃でもバクバク進む食べ物があります。それがパパイヤです。
パパイヤは1個でお腹いっぱいになってしまう特大サイズ。ほとんど水分だから、食欲がなくても食べられます。強いて難点をあげるなら、食べごろのパパイヤは、すぐに熟れすぎてあまり日持ちしないこと。その点パイナップルは皮が硬いから、熟れすぎても潰れたりせずに優秀です。アマゾン川で食べるパイナップルは、缶詰のパイナップルより甘くて美味しい!
冷たい食べ物を探して、ブルターニュ村を歩いていると、「チロン~、チロン~」と軽快な電子音を鳴らしながら黄色い台車を押しているおじさんを発見。移動式のアイスクリーム屋さんです。
小銭を握った子供が走って買いに来たストロベリー・バニラ味。大人が食べても、美味しい。続いて小さな商店に立ち寄ると、「ああ、お姉ちゃんたち、ちょうど良いときに来たね。今、真夏のサンタクロースが来ているのよ」とお店のおばちゃん。一体どういうこと?
店先で飲んでいたおじさんが、ビールを勧めてくれました。キンキンに冷えたコロナビールです。酔っぱらうと人に奢りたがるおじさんだから、真夏のサンタクロースというわけです。「大丈夫、悪い人じゃないから、遠慮なく飲んじゃなさい」とお店のおばちゃん。お言葉に甘えると、今度は「お腹空いていない?」と、店の隣の定食屋さんからお惣菜をテイクアウト。
「セビーチェは好きかい?アマゾンで美味しい魚といえば、セビーチェだよなあ」上機嫌で大きなお皿が運ばれてきました。セビーチェとは、ペルー・アマゾン川流域の名物料理で、カルパッチョのようなもの。
生の川魚のスライスを酸味の効いたソースと混ぜて、玉ねぎなどの薬味を加えた料理。でも所詮川魚でしょ、と侮る流れ。新鮮なお魚はこりこり食感で、お酒が進む味。茶色い泥水のアマゾン川ですが、意外と泥臭くないんです。ソースの酸味の正体はお酢ではなくライムなので、爽やかな香りが生臭さを見事に消してしまうのです。
お酒がすっかりまわって、おじさんがこんなことを言い始めました。
「いいかい、俺は若い頃、モデルだったんだ。顔じゃない、肉体で売るムキムキの男だったのさ。ブルース・リーも真っ青の肉体だったんだ」
もう完全に酔っ払いです。とっとと食べきって、そろそろペケペケ号に戻ろうか。そうマキシーと目配せをしたところで、なんともう1皿セビーチェが運ばれてきました。
お腹いっぱいでも、私たちが食べきると真夏のサンタクロースおじさんは、またすぐに次の料理を頼んでしまいます。私、人生で一度わんこそばを食べてみたいと思っていたのですが、きっとこういう感じなんですね。わんこそばならぬ、わんこセビーチェ。まさか初わんこが南米になるなんて想像もしていなかったけれど、もうお腹がはちきれちゃうよ~。
旅の相棒は、ナイトクルーズもへっちゃらの肝っ玉操縦士
美味しくても食べすぎは良くないですね。わんこセビーチェで出発が遅れて、川の途中で日が暮れてしまいました。
昼間はあんなに晴れていたのに、急に雨も降り始めちゃった。懐中電灯の電池が切れかけなのに、予備に持ってきたはずの電池がどうしても見つからない。ダメダメなときは、なにをやってもダメ。
次の町レケナまではあとちょっと。でも、諦めて適当な浜にペケペケ号をとめて野宿しようかな。悩んでいると、私たちの後ろをクルーズ船が追い抜いていきました。ピカピカの電飾を施した、宝船みたいなド派手な船。そうだ、あの船のあとを追いかけてみよう。きっとレケナに寄港するはずだから。
マキシーちゃんに舟の後方で船外機の操縦を任せ、私は舟の先頭へ行ってライトで水面を照らして進みます。たまに大きな流木が浮かんでいるから、激突しないように見張って、マキシーちゃんに進んでほしい方向を手で合図して知らせます。ペケペケ音がする船外機がうるさすぎて、声ではなにも伝わりません。
ちょっと油断した隙に、あれ?さっきまでハッキリ見えていたはずの宝船が急に姿を消しちゃった?川の真ん中に小さな中州があって、宝船はその裏に行ってしまいました。ということは、私たちは中州のすぐ近くを走っていて、つまりそれは水深がかなり浅い可能性があるということで…。確認すると、と、とんでもなく浅い!!
ギリギリのところで座礁を免れ、なんとか無事にレケナの港に辿り着いてマキシーちゃんが一言。
「いや~無事にたどり着いて良かったよ!私、普段から目が悪いから、暗くてジョアナ以外はなにも見えていなかったの」
視界ゼロ。私の手信号だけを頼りに慣れない船外機を操縦する、肝っ玉相棒のマキシーちゃんでした。
レケナの町に到着すると都会特有の臭いがお出迎え
ネット上で観光情報はあまり見あたらなかったから、ノーマーク同然だった町レケナ。だけど実際に行ってみると、ウカヤリ川とマラニョン川の合流前、最後の都会的な賑わいのある町でした。
ペケペケ号をとめてすぐ、町の中心部を見ないうちから、「ああ、都会だな」と思いました。だって、川が臭いから。
ゴミが出るということは、それだけ人間が住んでいるということ。「ゴミの臭い=都会の臭い」なのです。市場から出たゴミなんかも川岸に溜まって、それを狙って鳥や犬がやってきます。
すれ違うのがやっとなくらい、たくさんの人が集まっているレケナの市場。地べたで衣類を売っている女性がたくさんいます。
オシャレより食べ物のほうが好きな私は、屋台のご飯を物色。ただの塩焼きですが、エキゾチックな縞模様とピンクのお腹が、いかにもアマゾン川のお魚といった雰囲気です。
冒頭で触れたウカヤリ川の分岐ですが、結局どっちのルートを辿っても、このレケナという町にはたどり着くようです。多少いきあたりばったりに進んでも、たどり着くべき場所に必ずたどり着くのは、川下りの旅の安心なところ。
次回、ウカヤリ川はついに終わりを迎え、いよいよ地図上のほんとうのアマゾン川に突入します。お楽しみに。