どの季節に行っても、何回も行っても、それでもまたすぐに戻ってきたくなる場所。それがヨセミテです。
『風の谷のナウシカ』のモデルとなった土地がどこなのかは諸説があるそうですが、私の中ではヨセミテ峡谷以外の場所を考えられません。
四方を高い絶壁に囲まれた谷には豊かな緑が溢れ、雄大な滝と清らかな川の流れが織りなす風景。陳腐極まりない表現で恐縮ですが、まさに夢の世界に入り込んだ気持ちにさせてくれます。15歳で初めてヨセミテを訪れたときもそうでしたし、それから長い長い年月を経た今もそうです。もう何度目かになるかは分かりませんが、10月中旬に再訪してきました。
ヨセミテ国立公園内を自力で移動すると広がる世界
私がヨセミテ国立公園に唯一不満があるとすれば、それは人や車が多すぎることです。観光の中心拠点となるビレッジはまるで都会のショッピングセンターか遊園地のように混雑していますし、見どころスポットでは駐車スペースを探して右往左往することもしょっちゅうです。
私も自分の車を運転してヨセミテにやってくる観光客のひとりです。公園内の交通渋滞に文句を言い立てるのは筋違いであることは重々承知しています。それでもせっかくの素晴らしい景色を背景に路上駐車の列が長々と並んでいるところを見ると興ざめしてしまいます。
そのようなわけで、最近では私なりに一計を案じることにしました。一旦キャンプ場の駐車場に車を停めると、それから出発の日までは一度も車を動かさないことにしたのです。
同じようなことを考える人は多いようで、公園内を巡回する無料のシャトルバスは人気があります。見どころスポットの多くにバス停がありますので、多少の時間的制約を我慢さえすれば観光には不自由しないはずです。
わがままで自分勝手な私の場合、移動はすべて自転車と自分の足に頼ります。
1日でもっとも美しい瞬間を見逃さないために
ヨセミテでキャンプ場を予約するにはかなりの困難が伴うことは以前にも紹介しました。
このキャンバステント村にしても、設備は豪華とは言い難く、それでいて料金はびっくりするくらい高くつきます。10月のオフシーズン、それも平日に訪れた私でしたが、ヒーター(暖房)なし、ベッドとイスがひとつずつあるだけのキャンバステントに1泊約200ドルを請求されました。現在の為替レートでは3万円を超えます。
それだけのおカネを出すのであれば、公園ゲートの外に何軒か建っているホテルに泊まることもできます。しかし、ビレッジ内に寝場所を確保することには何事にも代えられないメリットがついてきます。それはヨセミテが朝を迎えると同時に行動を開始できることです。
海でも川でも湖でも、「水」がある風景がもっとも美しいのは夜明け前後の数十分です。異論があるかもしれませんが、私はそう強く信じています。
だからキャンプ場での私は普段にもまして早起きになります。まだ暗い時間からテント内で身支度をして、少しでも薄明るくなったら外に飛び出します。
朝シャンもしませんし、朝ごはんも食べません。顔も洗わないし、髭も剃りません。そんなのいつでもできるじゃないですか。もちろんシャトルバスもまだ運行していませんので、だからこそ自転車が威力を発揮するのです。
ビレッジの道路はほぼ平坦ですので、サイクリングそのものの難易度はかなり低いです。舗装されたサイクリングロードもありますが、トレイルに入るとさらに自分だけの景色を見つけることができます。そんなわけで、ヨセミテではロードバイクよりはマウンテンバイクをおススメします。ビレッジ内には貸自転車のスポットもいくつかあります。
ビレッジは屏風のような壁に囲まれていて、夜が明けてから太陽が見えるようになるまでには時間がかかります。10月中旬ともなると朝晩はかなり冷え込み、私はウィンドブレーカーを着込み、手袋をして自転車のハンドルを握りました。太陽が高くなった頃にはTシャツと短パン姿で十分なくらいに暖かくなりましたが、それは私が単に幸運だったためです。私が訪れた翌週には、ヨセミテの最低気温は摂氏零度を下回り、最高気温も5度以下になったそうです。
セオドア・ルーズベルトも感動した絶景を目指すハイキング
ビレッジ周辺にはいくつもの「Trailhead」と呼ばれる登山口があります。ハイキング、トレッキング、登山、どう呼ぶのが相応しいかは分かりませんが、長短さまざまなトレイルが谷底を囲む絶壁の上へ向かって伸びています。どのトレイルもよく整備されているので、登山初心者でも危険は少ないでしょう。
私が今回選んだのは、もっとも人気があるルートのひとつ「Four Mile Trail」です。その名の通り、長さは4マイル(約6.4㎞)、高低差は約950mの山道が向かう先はヨセミテを代表する絶景スポットであるグレイシャー・ポイントです。
この観光ルートと呼べるようなトレイルでも、歩いている人の数はそれほど多くありません。それもそのはずで、グレイシャー・ポイントはわざわざ苦労して山道を歩かなくても、迂回する車道で到達できるのです。大型観光バスが何台も停まれるほどの駐車場もあります。
今から120年以上も昔の1903年、アメリカ合衆国第26代 大統領セオドア・ルーズベルトは自然主義者のジョン・ミューアとヨセミテ山中で3日間のキャンプを行い、ヨセミテの環境を守るために連邦政府の管理下におくことを決めました。その伝説のキャンプが行われた場所こそがグレイシャー・ポイントです。
展望台では多くの人が記念撮影に興じていました。そのインスタ映えする1枚を撮るために、自分の足で3時間ほど大汗をかきながら山道を歩くか、それとも車やバスのシートで寝転びながら行くか、人はそれぞれの価値観に基づいて選ぶことができます。
おまけのハーフドーム・サンセット
最後に、ビレッジ内で泊るメリットをもうひとつ紹介します。
東西に長いヨセミテ峡谷の東端にハーフドームが聳えています。巨大な花崗岩で半球のような形をしています。
そのハーフドームが夕陽を浴びて、黄金色に輝く時間があります。季節や天気など、いくつかの条件が重ならないと見られないそうですし、運よく見られる日も輝いているのは時間にしてぜいぜい10分くらいでしょう。
ビレッジ内のハーフドームを眺められる場所にある道路がなぜか通行止めになっていて、夕方になると、道路に寝転びながら、あるいは車座になって酒盛りをしながら、サンセットを待ち受ける人たちが集まってきます。
切り立った絶壁が刻々と色を変えていき、まるで自らが光を発しているようにも見えます。しかし、その時間は長く続かず、音楽が静かにフェードアウトするように夜がやってきます。
映画『アウトサイダー』のセリフ”Stay Gold”を思い出すのは私だけでしょうか。この10分間に出会うためだけでも、ヨセミテを訪れる価値はあると思いませんか。
ヨセミテ国立公園公式ウェブサイト:
https://www.nps.gov/yose/index.htm