「中山道という補助線」で町の風景が一変する
うららかなゴールデンウイークの日本橋を歩き出しました。
中山道の歩きはじめは、よく知っている町の散歩です。
私が住んでいるのも働いているのも東京で、職場にいたっては、ここから電車で5分くらいのところなのです。
日本橋は、いわずとしれたビジネス街と商店街が混在した町。さらに路地にはいると老舗もあり、伝統を感じさせる街でもあります。
しかしまあ、よく知っている土地なので、あまり感動のない始まりです。
ところが、歩き始めて1キロちょっと行くと、急に展開が変わってきました。視界の先に、なんと見慣れたJR神田駅があるではないですか。
日本橋を歩いて、神田駅に近づいた、ただそれだけです。
ここで呆れる人がいっぱいいるでしょう。地図だって路線図だって日本橋と神田駅はすぐ近くにあります。
そうです、ごもっともです。ですが、なんというか、正直に言うと、これが中山道を歩いてみて最初の「発見」でした。
ふだん東京に住む私たちは、ある場所へ用事があれば、そこまで電車や車で行って、用が済めば戻ってくるという生活です。つまり点と点の往復でしかありません。
しかしそこに、中山道という一本の「補助線」を引いてみるとどうでしょう、あらま、この町とあの町がこんなに近く隣り合っているという、単純な驚きに遭遇します。
ううむ、いい例えが見つからないけど、別々の交友範囲で知り合ったAさんとBさんが、じつは大親友だったことを知るくらいの驚き、ですかね。
おそらくどの街道もそうですけど、日本橋から始めれば、当分都内を歩くわけです。それが生活圏のなかで移動する場合と、歩き旅をする場合とでは、ふだんの町が違って見えるわけです。
東京は町と町のパッチワーク都市
日本橋から1キロちょっと歩くと、JR神田駅にぶつかります。
ビジネス街から、雑駁とした庶民の街に変わりました。
日本橋へは買い物によく行くし、神田駅にも飲みに行くけど、今までこんなに近かったとは知りませんでした。
休日の朝です。神田駅周辺はなんとなく風景も白茶けて、二日酔いでまだ布団から出られない町のようです。しかし平日の夕方になると、居酒屋にはおじさんがたむろして、コスプレした少女たちが道に立って何やら語りかけてくる町です。
こんなふうに町にはそれぞれストーリーや雰囲気があります。これを土地柄というのでしょう。
そして東京は、いろいろな土地柄をもつ町同士がくっつき合っています。
パッチワークのようだと感じます。
この表現が気に入って、歩きながら何度も反芻しました。
都内の街道歩きの楽しさは、そのパッチワークのような町を一本の道で貫いて、雰囲気の変化を感じられること。
ビジネス街の日本橋から繁華街の神田駅周辺にがらりと雰囲気が変化するように。
街道沿いの町の雰囲気がダイナミックに変化していきます。
飲み屋街をへて、アカデミックな町へ
このあとも、こうした土地柄の変化は続きます。
昌平橋を渡って、文京区に入ると、湯島聖堂を経て東大の赤門に至るアカデミックな落ち着いた町に変わります。
そしてさらに進むと、「お婆ちゃんの原宿」こと巣鴨に突入します。
あとで振り返っても中山道で随一、賑わっている町です。
初日の午前中だけで、これだけ目まぐるしく雰囲気の違う街を歩くのです。
中山道という一本の補助線を引くだけで、見慣れた町の風景が新鮮に見えます。
街道歩きの楽しみは東京から。
宮川 勉
中山道のリアル: エッセイのある水彩画集
5年かけてちんたらと中山道を歩き通しました。中山道というのは、東京の日本橋から京都の三条大橋までをつなぐ旧街道です。東海道は有名ですが、中山道はその山道版とでもいうロングトレイルで、信州や美濃といった山がちな場所を歩きます。そのときに心に残った風景を水彩画として描き、まとめたものが本書です。