文房具好きから「下町の鉛筆屋さん」のニックネームで親しまれている『北星鉛筆』(東京都・葛飾区)を知っているだろうか。
そのホームページには主力の鉛筆の他に、シャープペンシル、絵の具、粘土といった文房具がずらりと並ぶ。が、そこにアウトドア派にとって気になる商品がある。それが「着火薪」という商品だ。これはもしかして…キャンプで使うものでは?
実は鉛筆の製造工程の中で排出される“おが屑”から生まれたのが、この「着火薪」だという。この商品が気になりすぎて、長年こうしたリサイクルに取り組んできた『北星鉛筆』の五代目社長 杉谷龍一さんにインタビューを敢行。お話は、鉛筆を作る材料となる一枚の板から始まった。
優しさとアイディアが詰まった、老舗鉛筆屋さん発のリサイクルアイテム
--この板から鉛筆の軸が作られているのですか?
「スラット」と呼ばれる鉛筆用の加工板です。実は、鉛筆の製造工程の中で、この板の約40%が“おが屑”となって排出されていくんです。昔から鉛筆業界では「この4割で何かできないだろうか」ということをずっと考えていました。そんな中で最初に当社が思いついたのが、おが屑を固めて燃料にすることでした。
--そこから北星鉛筆のリサイクルの取り組みがスタートしたわけですね。
北星鉛筆は、ここ東京・葛飾区で約75年間にわたって鉛筆を作り続けてきた会社なのですが、前身は明治時代の末に北海道で「杉谷木材」という名で開業した加工板の製造会社でした。「これからは鉛筆の時代になるだろう」と、日本で一番最初に鉛筆用の板、スラットを製造し、北海道から全国に出荷していたそうです。
そんな歴史的な背景もあり、「木(スラット)を無駄なく全部使おう」という思いが強く受け継がれてきました。
--おが屑を固めて作った最初のリサイクル商品はなんだったのですか?
35年ほど前に、『ペンシルフレーム』という商品を発売しました。薪の代替品として、各地のキャンプ場や、寒い地方の暖炉のある家などで使ってもらえると思っていたのですが、そういった地域では間伐材が手に入りやすかったので、薪には困っていませんでした。また、『ペンシルフレーム』はよく燃えるけど、火が強すぎるので暖炉を傷めてしまうという声もありました。
一方で、東京などの都会には暖炉のある家などめったにありませんから、売れずに在庫だけが溜まっていきまして、『ペンシルフレーム』の販売をやめることになりました。祖父が社長だった時代の話で、私はまだ小学生くらいだったのですが、そのことを今でもよく覚えています。
その後、父(現・会長)の代になり、「おが屑でさらに鉛筆を作ることはできないだろうか」と、再びリサイクルを考えるようになりました。それで思いついたのが、おが屑を粉末にして他のものと混合しやすくするという方法でした。
機械を導入して、おが屑を微粉末にするところまでは行ったのですが、なかなか納得のいく素材に再生することはできませんでした。ところが、その研究の工程で“粘り気”のあるものができたので、それを粘土にしてはどうだろうか、と。
そうして製品化されたのが、2001年に発売した『もくねんさん』という粘土です。私は、その前年の2000年に入社して、すぐにリサイクルの開発担当に起用されたので、私にとっての最初のリサイクル商品が『もくねんさん』でした。
『もくねんさん』は乾燥すると“素焼き風”に仕上がる粘土なので、“色が欲しい”という声があり、じゃあ、絵の具を作ろうということに。でも、当社には絵の具についての知識がなかったため、アートデザイン科のある玉川大学との産学公連携事業を申請し、大学の専門知識のある方たちと一緒に研究を進めました。2004年におが屑の微粉末で作った絵の具『ウッドペイント』を発売することができました。
左/もくねんさん 手にべとつかず、扱いやすい木製粘土。出来上がった作品を乾燥させる(2日間ほど)と素焼き風に仕上がりに。
右/ウッドペイント 油絵具のように厚みをつけて描くこともできる木彩画絵の具。『もくねんさん』の色付けとしても使うことができる。
どちらも当初は、お子さんに使ってもらうことを意識して発売したのですが、ワークショップやイベントで楽しみ方を説明したことろ、意外なほど多くの大人の方たちが作品作りに夢中になってくださいました。また、エコロジーな商品としてマスコミでも採り上げられるようになりました。
が、まだまだリサイクルを諦めてはいなかった!逆転の発想で生まれた『着火薪』
--本格的にリサイクル商品が歩み出したわけですね
次は、売れずに発売を終わらせることになってしまった『ペンシルフレーム』を別の形で製品化できないかと考えました。そこで、薪ではなく着火剤にするのはどうだろう、というアイディアを父が出してくれて、すぐさま開発を始めたんです。
--以前は「火が強すぎて暖炉を傷めてしまう」という声があったとのことですが、なぜ、そんなに強い火力で燃えるのでしょう。
鉛筆の軸の材料となる「スラット」は、生木ではなく、板に加工する段階でいったん蝋の入った液体で煮ています。煮ることで木の細胞を壊しつつ、中に蝋を染み込ませて、水分を吸いにくく曲がりにくい木材にしているのです。併せて、木材の切削性もよくなって綺麗に削れます。
--つまり、蝋を含んで燃えやすい板から削り出されたおが屑だと。
そうです。火着きがよく、火力が強い、というのが特徴なので、だったら薪や炭の着火を手伝う着火剤として売るのが一番いいのでは、と考えたわけです。名前を『着火薪』として販売をスタートさせたのは2008年頃。アウトドアブームはもちろんですが、ナチュラル志向で暖炉のある家に注目が集まる時期でもありました。
--燃え過ぎるという問題点を、逆転の発想で、新たな製品として再生させたのが『着火薪』だったのですね。
着火薪。焚き火やバーペキュー、暖炉の点火に。きれいに燃え、煙が少なく、軽量なので持ち運びも楽。
製造工程はすべて自社内で完結させるというこだわり
--今日お邪魔しているこちらは、鉛筆を製造する工場だそうですが、リサイクル製品の製造はどこで行われているのでしょうか。
うちの工場の中で、おが屑を粉末にもするし、粘土にもする。固めて着火剤にもする。すべての工程をこの鉛筆工場内で行なっています。
一般的にリサイクル製品をつくる場合は、ある工程は専門のリサイクル工場などに依頼するなど、移動させて行っていることが多いのですが、車でガソリンを使って運んでいくわけですから、それではエコの効果が薄くなってしまう。リサイクルを始めたときから、「移動させることなく自社内で行う」ということにも強くこだわってきました。
そしてもうひとつ、生分解性にもこだわりました。おが屑に混合する材料のどれもが、環境にも人体にもやさしく、廃棄の際にも土に還る素材を使っています。
これで自然の絵を描いてみたい! 全く削りカスの出ない水彩色鉛筆
--おが屑のリサイクルの歴史、とても興味深く伺いました。思いの詰まった着火剤、ぜひ使ってみたいです。最後に、読者に文房具でイチオシの商品がありましたら推薦してください。
これまでご紹介した商品は、鉛筆の製造工程の中で出る“おが屑”、つまり“産業廃棄物”のリサイクルでした。それとは逆に、「鉛筆の方をエコにしよう」という発想で生まれた商品、『大人の水彩色鉛筆』をご紹介したいと思います。
--鉛筆自体をエコにする、ということでしょうか?
鉛筆って削って使うわけですから、字を書いたり、絵を描いたりすると、ゴミ(削りカス)を出すことになります。この『大人の水彩色鉛筆』は、鉛筆を使うことで出るはずのゴミが全く出ない色鉛筆なのです。
スライド式の木軸ホルダーに、水彩色鉛筆の芯がセットされています。そのため、軸を削ることなく、芯を繰り出すことで長さを簡単に調節できます。このまま色鉛筆として使うことはもちろん、芯は水で溶けるため、付属の水筆を使って色を取れば水彩絵の具にもなります。
また、芯の先を細くするために削った芯のカスをためておいて、それを水に溶かせば水彩絵の具に。最後に残ってしまう小さな芯も、同様に水で溶かせば、水彩絵の具として100パーセント使い切ることができます。
--これは使うのも楽しそう。キャンプでの新しい趣味として、スケッチを始めたくなります。次はどんな製品が誕生するのか、楽しみです。本日はありがとうございました。
環境に優しい『北星鉛筆』のおすすめ製品!
上/大人の水彩色鉛筆 3.3スターターキット 13色、削った芯も無駄なく使える。
左/ゼロウェイスト つなぐ鉛筆4本組 2B 短くなった鉛筆をつなぐことで、最後まで使えるエコな鉛筆
下/大人の鉛筆(左) 大人の鉛筆(右)日本文具大賞デザイン部門優秀賞(2011年)など、数々の賞を受賞している『北星鉛筆』の代表作。シャープペンと同じ構造でありながら、木製の軸で、鉛筆のような書き心地。軸を削ることもないのでエコ。スケッチやデッサンに使うファンも多い。バリエーションも豊富。
北星鉛筆 http://www.kitaboshi.co.jp
撮影 小倉雄一郎