名前に入れるほど、ホップを愛する秋田のブルワリーHOPDOG BREWING(ホップドッグブルーイング)。秋田は国内有数のホップの生産地。横手市大雄の「横手産ホップ」はただいまジワジワ売り出し中だ。ドッグはもちろん、秋田原産の秋田犬である。
秋田のりんごでシードルをつくりたくて新ブルワリー設立
ホップドッグブルーイング代表の長谷川信さんが、クラフトビールの世界に足を踏み入れたのは2000年より前。学生時代に、地ビール醸造所として秋田で2番目に古い「あくらビール」でアルバイトしたことだった。大学卒業後にドイツへ醸造と語学を学びに行き、2005年、あくらビールに入社した.それから長らく、ヘッドブルワーとして、国内外の数々のビールアワードを受賞してきた名ブルワーである。
2022年に独立し、ホップドッグブルーイングを設立。あくらビールと同じ秋田市内にブルワリーを構えた。そのまま「あくらビールの顔」でありつづける道もあったが、あえて独立したのは「発泡酒の製造免許がほしい」からだった。地ビール解禁から間もなく、1997年に開業したあくらビールが持っているのはビールの製造免許だ。
ビールの主原料は麦芽、ホップ、酵母、水の4つ。ビールの製造免許ではフルーツやハーブなどの香味系の副原料の使用量は全重量の5%以下と決められている。一方、発泡酒の製造免許には5%以上の使用が認められている。
地ビール時代からビール造りの現場にいる長谷川さんには、原料にもっと秋田県産を取り入れたいという思いがあった。
「秋田には豊かな農産物がある。ビール原料に使うことで広く知ってもらいたい」
秋田でいちばん有名な農産物は米かもしれないが、りんごをはじめ、桃、梨、ブルーベリーなどなど多彩な農産物を生産している。これらを取り入れたビールを造りたい。それにはビールの製造免許の「副原料5%以下」が制約になる。だから発泡酒の製造免許がどうしても必要だったのである。また、長谷川さんはりんごを使った「シードル」を造るために果実酒の製造免許も取得した。
横手産ホップの未来のために、ブルワリーができること
秋田県南東部、横手市の大雄(たいゆう)は、国内有数のホップ生産地である。ほとんどがキリンビールの契約栽培農家で、キリンビールが買い取って自社製品に使用している。2018年ごろからは、その一部がクラフトビールブルワリーにも販売されている。
国産ホップの生産量は減少の一途を辿る。生産者の高齢化、就農者の減少に歯止めがかかっていない。ホップに限った話でも秋田に限った話でもないが、横手産のホップに関して、長谷川さんはこう話す。
「ホップ生産者の平均年齢が70歳くらい。10年後、15年後には、作る人がいなくなってしまうという危機感があります。ぼくたちブルワリーがホップの農家さんたちを支えられるわけではありませんが、地元のホップを使うことで、“横手産ホップ”の名を少しでも広げていきたい。名前が知られているのといないとでは大きく違います」
国産ホップといえば、お隣の岩手県の遠野や北海道のほうが有名だろう。生産量を見れば、横手産はそれらの地域と比べて引けを取らないくらいあるのだが、知名度で負けている。
「ぼくらがビールに使うホップの量は、ほんの少量です。でも、農家さんには“ホップドッグブルーイングのビールに自分たちのホップが入っている”とわかる、それが大事だと思います。ぼくたちのビールが評価されるとしたら、それはぼくたちだけでなく、農家の方たちも評価されているということ。ビールの背景にいる人たちをクローズアップできる」
そんな思いで長谷川さんはビールを造っている。
横手産ホップの主力は、キリンビールが開発したIBUKI(いぶき)というアロマホップだ。2020年からキリンビールと県内のクラフトビールブルワリーの協働で、毎年秋に、穫れたてのIBUKIを使った新作ビールが各ブルワリーからリリースされている。ホップドッグブルーイングも2023年から参加している。
それとは別に、長谷川さんは新規のホップ生産者などとホップ栽培に取り組んでいる。ホップドッグブルーイングのラインナップにはIPAが並ぶ。トロピカルで、華やかな香りのホップがふんだんに使われている。こうしたホップはIBUKIとは方向性が異なる。
さまざまな品種を試しながら、長谷川さんは「最近、アメリカ産の品種が横手の気候風土に合っているのではないかとわかってきました」と話す。それにしても、新たに苗を植えて育てて、実用に至るには何年もかかるだろうと見ている。5年、10年先の横手産ホップが楽しみだ。
キウイフルーツも黒にんにくもビールにするぞ
りんご、桃、梨、カシス、ブルーベリー。秋田県はフルーツ王国。ホップドッグブルーイングは生産者から、いわゆる規格外品を仕入れて利用する。
「いきなり規格外品を譲ってくださいと言っても手に入るものではありません。そこは本当に人の繋がりに支えられています」(長谷川さん)
規格外の農産物を利用したビールは、クラフトビールでは珍しくない。しかしその調達は決して簡単なわけではない。
昨年はキウイフルーツを仕入れた。秋田県でキウイフルーツはちょっと意外だったが、以前から生産されているそうだ。しかし、ある生産者が高齢になり、たくさん成ったキウイフルーツを収穫しきれない、穫りに来てくれるなら使ってくださいという話になったそうだ。
それにしてもキウイフルーツを使ったビールは珍しいのではないですか? とたずねると、すでに国内で製品化されているという。
「宮崎ひでじビールさんも造っているんですよ。飲んでみたらおいしかった。これは行けそうだと思い、さっそくいろいろ造り方を教えていただきました(長谷川さん)
醸造法もレシピも同業他社と共有するのがクラフトビール業界のいいところだ。
「秋田にはキウイフルーツもあるよって知ってもらえるだけでいいんです」
現在キウイフルーツを加工中。今年の春、新製品がお目見えしそうだ。
もっとビックリするのが、にんにくのビールだ。しかも黒にんにく。こちらはすでに製品化している。
10年ほど前から、秋田県でもにんにくの生産が盛んになってきたという。日本の農政は長いこと、米から、より付加価値の高い作物への転作を推奨してきた。にんにくはその高付加価値品のひとつ。秋田県もにんにくのメガ団地を造ってバックアップしている。
「にんにくは隣の青森のほうが有名ですが、秋田産の知名度が上がればいいなと思って。農作物のブランド化はとても難しいと聞いています。でも、いったんブランド化すれば、経済効果が大きいですからね」と、まるで農家のように話す長谷川さん。なぜこれほど秋田の農産物を推すのか。
実は長谷川さんはお隣、宮城県の出身。秋田とは大学時代からかれこれ30年近くのつきあいになる。そしてそのほとんどを地ビール/クラフトビール造りで過ごしてきた。
「クラフトビールのよさは、ビールの背景にあるものを知ってもらえることだと思うんです」
2025年1月現在、国内のクラフトビールのブルワリーは900か所に近いとも超えるともいわれる。とても飲みきれないが、筆者が飲んだビールの多くはおいしかった。大手ナショナルブランドのビールも、もちろんおいしい。では、これだけ良質のビールがしのぎを削る中、何が選ばれるのか。長谷川さんにたずねると、
「味の質に関してはそれほど大きな差はない。じゃあ何が違うのかというと、ビールの背景にある物語だと思います」
物語のあるビール。クラフトビールの価格は大手のビールよりおおむね200円以上高いが、それは、その物語を読むための代金……と思えなくもない。
ところで、ホップドッグブルーイングの醸造所は、秋田市内の元銭湯「星の湯」をリノベーションしたもの。85年営業しつづけた、秋田市最後の銭湯だった。ブルワリーになった今も「星の湯」の看板を残している。「ここに銭湯があったことを知ってもらいたいから」と長谷川さんは言う。
銭湯が消えれば、「銭湯通い」が当たり前だった時代のこと、その周辺にあった文化も徐々に消えいく。「昔、銭湯だった」というロケーションはホップドッグブルーイングのビールの背景になるのだろう。
月に1回、フロアを開放して、ビールを提供している。近所の人が飲みに来る。遠方からビールマニアが飲みに来る。ビールを通して秋田の農産物を知る人もいるだろう。クラフトビールにはいろんな物語を伝えていってほしいと思う。
HOPDOG BREWING 秋田県秋田市南通みその町6-27
https://hopdogbrewing.jp