日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポートをお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その1]
あらためて、トレイルって何だろう?
ここ数年、日本各地でも整備が進んでいるトレイルですが、まだまだその知名度、理解度は低いといえます。「トレイルって山を走るやつですよね?」といわれ、「山は走らないですね」と答える——というやり取りを何度繰り返したことか…。
トレイルとは何か?ざっくりですが、下のイメージで考えると分かりやすいかもしれません。
登山・・・・・・・・・・山登り
トレイル・・・・・・・・山歩き
トレイルランニング・・・山走り
登山は山頂を目指します。一方、トレイルは山頂を目指すことが目的ではありません。また、トレイルランニングはトレイルと似たエリアを走るものです。
登山もトレイルランニングも一般的には1日で完結することが多いですが、トレイルは長い道のりなので1日で終わらせることができません。日帰り登山が圧倒的に多い日本において、何日もかけて「トレイルを歩く」「超長距離を歩く」が理解されにくい理由の一つも、このあたりにあるのかもしれません。
もう少し「トレイルって何?」を深堀り
もう少しだけ詳しくお話をすると、トレイルは森林限界線を超えて頂上を目指しません。動植物の生息するエリアを、背負えるだけの必要最小限の荷物を持ち、時には6カ月以上かけて長い道のりを歩きます。
たまに森林限界線を越えて歩くことがありますが、基本的には動植物が生息し、野生動物の危険のあるエリアを長く歩くことになるのがトレイルです。自然の脅威を回避するために、歩く場所の気候を知り、その土地にある動植物のことを知ることからトレイルが始まります。どんな気候帯で、どんな動物がいて、どんな危険があるのか。危険な目に合わないためにはどう対処したらいいかを考えるのです。
ハイカーがトレイルに残していいのは…
動植物が生息するエリアを歩くトレイルには、大原則があります。それが「ハイカーがトレイルに残していいのは足跡だけ」というもの。今回歩くニューイングランドトレイルのガイドマップにも「Leave No Trace」(足跡を残さない)と明記されています。
つまり、ハイカーは自分の都合で自然を荒らしません。自分の次に歩く人が動物の危険に合わないよう、食料の管理もしっかりします。
そんなことから、トレイルを歩く上で必要なこととして、多くのトレイル団体が「Leave No Trace」を提唱しています。トレイルを歩いていると、さまざまな場面で「ハイカーがトレイルに残していいのは足跡だけです!」というスローガンを見聞きします。
本場アメリカに点在する多くのトレイルルート
トレイルの本場は、何といっても北米。特にアメリカで盛んに行われています。全米各地にたくさんのトレイルがあり、その中でも特に人気かつ有名なのが、アパラチアントレイル(AT)。アメリカ東部のアパラチア山脈沿いに伸びる約3,500kmの道のりです。
次が、パシフィッククレストトレイル(PCT)。アメリカ西部のメキシコとの国境付近から、カナダとアメリカの国境までの約4,260kmの道のりです。続いてコンチネンタルディバイドトレイル(CDT)は、アメリカの中央部のロッキー山脈を中心に、アメリカ大陸の分水嶺を歩くトレイル。こちらは、約4,300~5,000kmの道のりです(複数の起点とルートで構成されているので、どのルート選ぶかで距離が変わります)。
この3つのトレイルは「アメリカ3大ロングトレイル」と呼ばれています。そして、3大ロングトレイル全てを歩いた人には「トリプルクラウナー」という称号が与えられます。
一般的に、アメリカのハイカーは最初にアパラチアントレイルを歩きます。次にパシフィッククレストトレイルを、最後に未完のトレイルともいわれるコンチネンタルディバイドトレイルを目指します。
日本人は最初にパシフィッククレストトレイルを目指す人が多い印象です。きっと、ATを歩いた日本人が少なく、PCTより情報量が極端に少ないことが要因なのかもしれません。
アメリカ連邦政府が指定するトレイル
最近、ようやく日本(語)でも3大ロングトレイルの情報を見かけるようになりました。でも、それ以外のトレイルとなると、ジョンミューアトレイルくらいしか情報はないかもしれません。
実は、トレイルの本場アメリカには「トレイル法」という法律があります。そして、アメリカ連邦政府が指定しているトレイルが2種類あるのです。
一つは「ヒストリックトレイル(歴史のトレイル)」。これは、アメリカの開拓の歴史をたどる道のりで、多くの場合は道路になっています。もう一つは「シーニックトレイル(景観のトレイル)」。これは、いわゆる徒歩ルートで、ハイカーが歩く道のりです。
実はこのシーニックトレイル、指定されるにはアメリカ連邦議会の承認が必要になります。なので、全米でわずか11のルートしかありません。全11ルートを歩いたハイカーは、アメリカ人でも相当少ないようです。まして、全踏破した外国人ハイカーとなると、そうした情報すら見つけられません。
僕は2005年にアパラチアントレイルを踏破したのを皮切りに、これまで計4つのシーニックトレイルを歩き終えました。もちろん、簡単な道のりではないことは重々承知しています。それでも、僕はシーニックトレイルの全踏破を目標に設定し、アメリカ各地を歩いているのです。
ポトマックヘリテージトレイルに挑む理由
2024年、僕が狙いを定めたのが、ポトマックヘリテージトレイル。2023年に、コロナウィルスで半分の地点で断念したニューイングランドトレイルの次に短いルートだったからです。
※2023年に挑んだニューイングランドトレイルについては、こちらの記事を参照してください。
なぜ短いトレイルから歩くかというと、ここ数年、半端ない円安が続いていたからです。2023年の滞在で、円安の大変さを痛感しました。当然、日数がかかると金銭面でつらくなるので、今は長い距離のトレイルを歩く気になれません。1日も早く円高に転じ、時間のかかる超長距離トレイルに挑める機会が訪れるのを待っている状態なのです。
とはいえ、シーニックトレイル全ルートの踏破を目標を掲げているので、漫然と指をくわえて待っているわけにはいきません。短いルートのシーニックトレイルから攻めるしかない。そうした考えから、ポトマックヘリテージトレイル挑戦に至ったのです。
偶然ですが、2024年に挑むポトマックヘリテージトレイルと、2023年に途中で断念したニューイングランドトレイルは、さほど遠くありません。とはいっても、アメリカの感覚ではという意味で、実際にはバスや電車の移動で2日かかりますが…。ともかく、ポトマックヘリテージトレイルのついでに、ニューイングランドトレイルの断念した地点から続きを歩くことが可能なのです。
それじゃ長いトレイルと変わらないのでは?と思われるかもしれません。でも、残された他のシーニックトレイルはどれも超長距離なので、それらを歩くより半分くらいの距離で済むのです。他の超長距離シーニックトレイルだと、時間的にビザなしで滞在できる3カ月を越えてしまいますし。
それならば、2023年の思い残しを、2024年に片付けよう、と思った次第です。ということで、今回はポトマックヘリテージトレイルとニューイングラントレイル(の残り半分)の2本立てで歩くことにしました。2カ所分のトレイルの見どころをたっぷり紹介するので、読者のみなさんもぜひ最後までお付き合いください!